第ニ話 おしまい


「……まさかヴァルナルが姫の命を狙っていたとは。目的は姫が持っていた真実の魔石でしょう。余罪が増えましたね」

「あの時、姫のケーキだけが無くなっておったのは、魔王が処分してくれたからだったのか。わしはてっきり、姫が早食いしたからだと」

「あなた」

「うおっほん! な、なんにせよ、改めてヴァルナルの悪事を見抜くことが出来なかった自分が許せん」


 イグニスくんとお父様たちが、それはそれは重いため息を吐く。無理もない。もしもジェラが来なかったら、私はケーキを美味しく食べてそのまま死んでしまっていたのだから。

 やり方は強引で、問題でしかなかったものの。結果的には、ジェラのおかげで助かったのだ。

 と、人族の皆はスルーしているのだが。


「なるほど、だからやたらとネモフィラ姫のことを気にかけていたのですね」

「やっぱりね、アタシの思っていた通りだったわ!」

「よく考えたら、オレたちを護衛にするっていうのも大げさだしな」

「そして護衛にしたわりには、姫と二人で行動することも多かった」


 魔族の皆は、ここぞとばかりに食いついていた。


「あー!! もう帰る! 俺は帰る!」

「ジェラ、待って待って」


 ニヤニヤと生温い視線に耐えられないのか、ジェラが王笏を振り回す。このままでは本当に帰ってしまいそうなので、慌てて王笏を掴んで止めた。

 よく見たら、ジェラの顔が真っ赤だ。多分、私も。


「えっと……まあ、やり方はどうかと思うけど。私、ジェラに何度も助けてもらったのね。改めて、お礼を言わせて。ありがとう。でも、それなら言ってくれればよかったのに。私、あんたのこと今までずっとただの人さらいだと思ってたわよ」

「い、言えるわけないだろう。話がしたいから、お前をさらっただなんて……」


 うぅ、と顔を手で隠してしまう。いや、私はヴァルナルのことを言ったのだが。

 ジェラとしては、ヴァルナルから保護するよりもそちらの目的の方が強かったようだ。


「ふふっ、あはは!」

「わ、笑うな!! いくら俺でもそろそろ心が折れるぞ!」

「ご、ごめんごめん。だって……ふふっ、駄目、止まらない」


 止めようとしても、止められない。だって、仕方がない。口を押えても、ふへへと笑ってしまうのだ。

 今のジェラに魔王の威厳など全くないが、そんな彼がなんだかとても可愛い。目の前で猫ちゃんがゴロゴロしてる時と同じか、それ以上かもしれない。


「くそ……で、どうなんだ」

「どうって、何が?」

「先ほど聞きそびれてしまったことだ。その……ネモは、あいつと……勇者と、結婚するのか?」

「あ……忘れてた」


 そうだ、すっかり忘れてた。私はイグニスくんの方を振り向いて、彼の様子を窺う。


「イグニス……すまなかった。お前の父が、まさかあのような仕打ちを受けていたとは」

「あ、頭を上げてください。陛下が悪いのではありません」

「わたくしたちはリディア、そしてゲルハルトの分まであなたを愛そうと誓っていたの。それなのに、こんなことになるなんて……ごめんなさいね」

「カトレア様まで、そんな……ありがとうございます、僕は幸せです」


 三人とも、涙を流しながら笑ってる。ヴァルナルの悪事を乗り越えた美しい絆は胸にくるものがあるが、このままだとすぐに結婚式が再開してしまいそうだ。

 私はジェラの方を向いて、ジェラのマントを脱ぐ。


「ねえ、ジェラ。このドレス……ちょっと汚れちゃったけど、私に似合ってる? 可愛い?」


 お父様、お母様、イグニスくん。使用人たちだけでなく、ライカやキナコちゃんまでもが綺麗だと言ってくれた。

 でも、私はそう思わない。


「……ドレスは見事だが、ネモには似合ってない」


 上から足元までじっくりと見て、ジェラははっきりと断言した。普通ならば怒るところかもしれないが、私は飛び跳ねるくらい嬉しかった。

 ジェラだけだ。彼はいつでも、私が一番欲しい言葉をくれるのだ!


「そうよね、そうよね! じゃあ、この結婚は無しね!」

「だが、お前の両親と勇者はあちらで盛り上がっているぞ」

「仕方ないわね、だってドレスが似合ってないんだもの。でも、このまま人族領に居たら、この似合わないドレスで似合わない結婚をさせられちゃうわ。助かるには、人族領の外まで行かないと駄目よね?」

「……まさか」

「それに、人族領だと物語が書けなくなっちゃうし。私、まだまだ書き足りないわ。ジェラだって、まだまだ読み足りないでしょ?」


 ジェラに向かって手を差し出す。さっきは振り払われてしまった手。差し出すのは、結構勇気がいる。でも、信じることにした。

 思い通りの選択をするには、時には苦痛を覚悟することも必要だと知ったから。それに、私は知っている。

 ジェラは私が欲しいもの、やりたいこと、そして私の物語を面白いと言ってくれる一番のファンなのだから。


「……ふふ、ふははは! そうだな、その通りだ!」


 大きくて温かい手が、私の手を力強く握ってくれた。


「ライカ、行くぞ!」

「りょーかい!」

「ネモフィラ姫!?」


 ジェラと一緒にライカに飛び乗る。真っ先にイグニスくんが駆けつけてきたが、思わぬ存在が私とイグニスくんの間に割り込んだ。


「ふわぁ……それにしても、今日は天気がよいな。このまましばらく昼寝でもしようか」

「王竜!? 一体何のつもりですか!」

「む? おお、悪いな勇者。邪魔をするつもりではなかったのだが、ここは狭くてな」


 猫のように伸びる王竜に行く手を阻まれるイグニスくん。その隙に私とジェラを乗せたライカが翼を広げて、地上から飛び立った。

 こうなれば、イグニスくんでも追いかけて来られない。


「パパ、ボクたちもう行くね! 元気でね!」

「うむ、達者でな我が子よ。魔王も無茶をするでないぞ。汝の治世は面白い、まだまだ見ていたいからな」

「言われるまでもない」

「そして、ネモフィラ姫よ」

「え、私?」


 王竜に名前を呼ばれて、無意識に背筋を伸ばす。奔放に振る舞っているが、その言葉一つ一つはずっしりと重い。


「汝が綴ったトゥルーエンド、見事であった。これこそ、我が待ち望んだものである」

「あ、ありがとう……って、どうしてトゥルーエンドのことを知っているの!?」

「我は全てを見て、全てを知っている。汝が綴った物語も、汝自身のことも」


 含みのある言い方だ。私自身というと、もしかして転生したことさえも知ってたりするのかしら?

 ……そんな、まさかね。


「だが、我は未来のことはわからない。だからこそ、汝が綴る物語は面白い。そして結末エンドと銘打っているが、汝の物語はまだまだ終わらないだろう?」

「……ええ、もちろんよ。ジェラも巻き込んで、これからもどんどん物語を生み出していくし、どんどん生み出される世界にするわ! 楽しみにしててね、王竜」

「ならば、楽しませて貰おう。我はいつでも、汝たちのことを見守っている」


 王竜と別れを告げて、私たちは魔族領を目指す。風で荒ぶる髪とドレスの裾を押さえつけながら後ろを振り向くと、ハトリさんたちもそれぞれの騎獣に乗り込んだのが見えた。

 皆で無事に魔王城へ帰る。明日からはまた、物語でいっぱいの毎日を送れるのだ!


「ねえねえジェラ、さっきの続きなんだけど、今度の物語はどうする?」

「そうだな……とりあえず、復讐モノは無しだな。もっと明るくて笑えるものがいい」

「そう? それじゃあ……」


 寄り添いながら、二人で新しい物語を考える。なんて楽しくて、なんて充実しているのだろう。そしてこれからは、この時間を世界中に広めていく。

 ジェラとなら出来る。頼れる仲間たちも居る。きっと、いや、必ずお父様やイグニスくんたちにも届く物語を作ってみせる。


 人族、魔族など関係なく。種族の壁など吹き飛ばすくらいの物語を、たくさん作るのだ!


 


 

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姫と魔王のトゥルーエンド 風嵐むげん @m_kazarashi

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