人間の男を拒絶する(リュナ視点)

『お母さん、お父さん‥‥』


今までは食べるものがなく生きるのに必死だったが、食事を取れる日が続くと、空腹感が和らぎ、ひどい孤独感に苛まれた。


さらに追い討ちをかけたのが、昨日に食べた味噌汁と煮魚だった。


久しぶりに暖かい料理を口にしたことで、家族と過ごした楽しかった日々を思い出すようになり、様々なシーンが浮かんでは消えるを繰り返す。

そして消える度、この日々はもう戻ってこないと言われているように思えた。


「もう一人は嫌だよ。」


呟きが洞窟に静かに反響し、1人きりという現実をさらに強く突きつけられる。


途端に涙が溢れて、視界が歪み、

この場所にいることさえが辛くなり、まだ日も明けていない時間に外へ走り出た。


—————


「ハァ、ハァ、ハァ‥‥」


膝を手で押し、乱れた呼吸を整える。

どこまで来たのだろうか?

空は全てを忘れたい一心で全力で走っている間にうっすらと白んでいた。


薄暗い中、周りを見渡すと、少し先に土と砂利の道があるのが見えた。


歩き近づくと、道の端に何か丸いものが落ちているのが偶然、目に入り、確認してみると、


それは人間が使っている銅貨だった。



その瞬間、


『金になるいいのがいるじゃねぇーか。』


頭の中に声がこだました。


耳を塞ぎ、しゃがみ込むが声は止まらない。


『どこにいくだい?嬢ちゃん。追いかけっこならおじさん得意だよ。』


「いや、こないで、いや、ぃゃ」


『みーつけた。』


その瞬間、顔に傷がある人間のにやけ顔が視界いっぱいにフラッシュバックした。


「ーーーー。」


—————-


気がつけば、目の前には地面が広がっていた。


水でも被ったかのように幾重もの水滴が顔をなぞり、顎から落ちて地面を濡らす。


心を落ち着かせるために、土を巻き込んで跳ねる水滴を無心で眺めた。


荒かった息もだいぶ落ち着きを取り戻し始め、深く深呼吸をする。


そして、足元にあった石を手に持ち、あの男を連想させた銅貨に向かって、石で力いっぱい打ち付けた。


『壊れろ!』


掌が切れ、石に血が流れるが、銅貨に向かって打ち付け続けた。

何回も何十回も。


だけど、銅貨は原形を保ったまま、壊れてくれない。


その現実に

『お前の力では何も出来ない』

と言われているように感じた。


『壊れろ、壊れろ、壊れろ!


壊れてよ‥‥。』


それを否定したいがため、力の限り打ち付けるが、それでも銅貨は壊れてくれなかった。


目の前が涙でぼやけて、前が見えない。


石を捨てた後、踵で銅貨ごと地面に擦り付け、目から溢れる涙を拭いながら、洞窟に向かって歩いた。


—————


気がつくと洞窟についていた。


どうやって自分が帰ったすらも覚えていない。


そのまま、洞窟の奥までふらつく足取りで進むと、目の前が真っ暗になり、そこで記憶が途絶えた—-。


かすかに鼻をくすぐる香ばしい匂いを感じながら。


————


虚無感が心に広がる。


『自分は何のために生きているのだろうか?』


『生きる意味はあるのだろうか?』


そんな答えの出ない問が頭の中に出続ける。


その日から空腹感を感じなくなり、食べることをやめた。


食事を摂らないまま、3日、4日と経っていくと、頭はぼーっとし始め、何も考えれなくなった。


6日が経つと力が入りづらくなり、立つことさえもしなくなった。


—————


そして、10日が経ったある日、目を覚ますと、洞窟の外が真っ白となっていた。


—————


遠くにお父さんとお母さんが立っているのが見える。


「お父さん!お母さん!」


掠れた声で叫び、


「待って!私もいく!」


力が入りづらい体をなんとか動かし、ふらつきながら白い道を走り続けた。


だけど、お父さんとお母さんとの距離は縮まってはくれない。


「待ってよ。お願いだから待ってよ。」


そして、再び走り出そうと足を上げた瞬間、足に痛みが走り、足元を見ると、膝から下が雪に埋まっていることに気づいた。


再び前を見ると、


お父さんとお母さんの姿は消えてなくなっていた。


「ア゛ーーー」


雪に膝をつき、声が出なくなるまで、ひたすら泣き叫んだ。


視点が定まらない状態で痛む足を引きずりながら、洞窟に帰った。



——————


「ゔぅ、右足が痛い。」


さきほどまでは死ぬことなど怖くもなんとも思ってなかったが、足の痛みに明確な死を感じさせられ、死にたくないと強く思ってしまった。


「助けてよ‥。」


死から少しでも逃げようと歯を食いしばり、右足を抱った。


「大丈夫!?」


その時、突然、声が聞こえ、洞窟の外を見ると、いつも頂上付近で会う人間の男がいた。


顔に傷のあるにやけた男が脳裏に浮かぶ。


「こっちに来るな!近寄るな」


と拒絶するが、男は私の足の方を見て、何かを言いかける。それを遮り、叫んだ。


「人間は信じない!

お前らはあんな石ころのために‥‥私たちを捕まえに‥‥。お前ら人間がいなければ、あんなことも起らずに済んだはずなのに!」


脳裏にはあのにやけた男が別の人間に私を引き渡す時に金を受け取っていた場面が浮ぶ。


この人間の男は何を言っても止まってくれない。


徐々に詰まる距離に恐怖を感じ、腕だけを使い、逃げようとするが、逃げる場所がなく、あっけなく手を伸ばせば届く距離にまで詰められてしまった。


男はしゃがみ込み、


「大丈夫、僕は君に何も悪いことはしないから。」


と言葉にするが、そんな言葉、信じられない。


「人間は信じない!」


と叫ぶが、恐怖で声が震える。


「けど、このまま凍傷が進めば足が使い物にならなくなるよ。歩けなくなるよ。」


足が動かなくなる?え?ここで死ぬ?


いやだ‥‥


「いや、いや、いや!」


死という言葉が頭に浮かんだ後、他のことが考えられなくなり、自分が今、何をしているのかも分からなくなった。


それからどれぐらい時間が経ったのかもわからなかったが、顔に何かが付いたことで、正気を取り戻し、視界が戻る。


目の前にあったのは血で汚れた腕だった。

人間の男の腕がパックリと割れ、血が滴り落ちる。


それを見た瞬間、血を流した仲間がフラッシュバックする。


「あ‥‥。え?私がやった?え?え?」


私が傷つけた?あの男達と同じように?


いきなり、目の前が真っ暗になった。


——————


頭がぼんやりとする。はっきりしないまま、周りを見渡すと


視界の端に何かが映った。


『え‥何?誰‥‥?』


ぼやける視界がはっきりとし始める。


視界の先には人間の男が自分の足を掴んでいるのが見えた。

『怖い、逃げたい』という気持ちが強く現れ、男から逃げるために逃避行動をとろうと体を捻った瞬間、足に激痛が走り、身体がすくんだ。


少し時間が経過すると、痛みが治まると共に動転していた気持ちが落ち着き、足の温かさと足の指の感覚が少し戻ってきていることに気づいた。


恐る恐る人間の男を見てみると、男は今にも倒れそうなほど顔色が悪いように見えた。


「————。」


男の口元を見たが、何を言っているのかは全く分からない。その後、ぎこちない笑顔を浮かべるが、やっぱり、何も読み取れなかった。


そこから男は何も言わず、白くなっていた私の指先が赤くなるまで私の足を温め続け、私に靴を履かせた直後、吸い込まれるかのように地面へと倒れた。


突然のことで思わず、体が跳ねる。


どうしたらいいのか分からず、洞窟の奥で膝を抱えて、目を閉じた。


—————


地面が擦れるような音で目が覚め、目を開けると足の隙間にオレンジ色の明かりが入り込んでいるのが見えた。


「足は大丈夫?」


声をかけられるとは思っても見なかったので、体が跳る。


顔を上げると、洞窟の壁を背に座っている男と目が合ってしまい、急いで目線を下げてそらした。


目線をそらした先で目に映ったのは血で滲み、真っ赤になった布が巻かれている腕だった。その瞬間、罪悪感が胸から溢れ出し始める。


「‥‥ぅん」


罪悪感を紛らわしたい一心で返事をしようとするが、喉が何かでつまって、自分のものとは思えないようなかぼそい声しか出すことしかできなかった。


罪悪感は払拭できず、それから無言の時間が続いたが、この男と一緒にいる空間は何故だか嫌だとは感じなかった。


——————


それからしばらく時間が経ち、日が完全に落ちた時間にゆっくりと男は立ち上がり、私に挨拶をした後、足取り重く月に照らされながら、洞窟から離れていく。


徐々に小さくなるその後ろ姿を私は目を離すことができなかった。


そして、今日は空腹感を満たしても、


虚無感に襲われることはないのだろうと理由もわからずそう思った。










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山で女の子に出会ったのだが、めっちゃ警戒されてる!? のんびりお兄さん @yuto-2

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