女の子は治療を受ける

自分の手で人に怪我を負わせたことがないのだろう、自分が傷つけてしまった事実が合わさり、耐え切れなくなって気絶してしまったのかもしれない。


僕の前腕には5本の傷が出来ていて、5本の傷の中でも中心に近い3本が少し深く切れているようで、血が腕を伝って流れ、地面に赤色の模様を作っていく。


『このまま、この子を介抱してしまうと、血で汚してしまう。』


そう考え、持ってきていた水で血を洗い流し、切った服の裾でキツく巻いてから介抱に向かう。


移動させるために抱き上げたが、思っていたより、女の子が軽いことに驚く。

草が盛られている場所に移動させ、足の状態を詳しく確認すると、足全体は赤くなっているが、指先は白く変色し、引きずっていた右足の指には小さな水ぶくれができていた。


『右足は凍傷が進んでる‥‥。雪の中を歩き続けたのが原因だろうな。それに‥‥』


前に見た時よりも、痩せていたのが気になった。


『人間を警戒しているのに、僕の前に現れるぐらいだから、満足に食べれていないんだろうなとは思っていたけど‥』


地面に転がっていた歯形のついたどんぐりを見て、


『この子を探して、無理にでもご飯を食べさせておけば良かった‥‥』


と後悔がつのった。


だけど、後悔してもしょうがないと無理やり意識を変え、治療に取り掛かる。


42°前後のお湯があれば、患部を温めれたのだが、お湯を沸かすための乾いた木も火を起こすような道具も持っていなかった。


『しょうがない。』と覚悟を決め、

女の子の両足を両手で包み、手に熱を集めるイメージを強く持つ。


すると赤色の淡い色に発光し、手にどんどんと熱が集まりだした。


僕のこの力は無から有を作り出すことは出来ない。

いつもなら周りにあるものを利用するのだが、雪が降り、気温が低いこんな日に周りの物で40°近くまで熱を集めることは出来そうにない。


熱を取れるとしたら‥‥僕しか‥‥


——————


『熱を送り始めて、10分は経過しただろうか?』


頭痛で頭がぼーっとする。


「ゔー」


と突然、悲鳴を押し殺したような声と共に女の子が目を覚ました。

そして、今の状況を理解出来ないまま、僕と目が合い


「離せ、離せ、離せ!!!」と叫び始める。

僕の手から逃げようと女の子が身体を捻ろうとした瞬間、患部に強い痛みが走ったようで、


「ゔぅぅ」と歯を食いしばりがら呻き、身体を硬直させた。


「ちょっとだけ我慢してね?また歩けるようになるから」と声をかけようとするが、声が出なかった。


呼吸も最初に比べて乱れてきていたが、


『温める手が止まってしまうと、この子の足が最初より酷くなってしまう』


と気持ちを強く持って、力を行使することを止めない。


中途半端に処置をして、また患部を冷やしてしまうことがあれば、もっと状態が悪くなってしまうのが凍傷の特徴だからだ。


『まだやれる』


そう自分に言い聞かせ、温め続けた。


——————


気合でそこから10分の間、なんとか温め続けた。

そのかいあって、女の子の足の指先に赤みが戻っていた。


「良かった」


音として出ているのかも怪しい声で呟く。


気が緩んだ瞬間、フラッとめまいがした。


最後の力を振り絞り、持ってきていた雪靴を履かせようと足を持ちあ——。


—————


視界に入ったのは土色一色だった。いつのまにやら、倒れてしまったらしい。


起き上がろうと頭を動かすが、バットで頭を殴られたような頭痛が走り、起き上がれない。


頭の痛みを我慢しながら、右に顔を向けると洞窟の出口近くの壁と雪が濃いオレンジ色に染まっているのが見えた。


『え?夕方‥‥?』


朝からこんなにも時間が過ぎているとは、思ってもみていなかったため、驚きよりも信じられないという気持ちが胸いっぱいに広がった。


そして、あの子はどこにいるのだろうか?と気になり、手で地面を押し、なんとか左に顔を向ける。


『いた。』


洞窟の奥で顔を伏せ、体育座りをしている女の子を見つけた。

足には雪靴がしっかりと履かれていた。


『良かった。』


気を失う前に履かせることができたみたいだ。


そこから、なんとか体を起こして、洞窟の壁を背にして座り、


「足は大丈夫?」


と、話しかけてみた。


一瞬、女の子はビクッと体を揺らした後、顔を上げた。


しばらく、無言の時間が続いたが、僕の前腕を見た後、聞き取れるか取れないかぐらいの声で「うん。」と答えた。


「なら、良かったよ。」

と安堵のため息とともに言葉が漏れた。


その言葉を皮切りに2人の間には雪しずりの音が響く時間だけが過ぎていったが、嫌な感じはあまりなかった。


それから、しばらく休むと酷かった頭痛も治まり、立ち上がれるようになった。


「じゃ、僕は行くよ。あ、干し肉を持ってきたから食べておいてね。」


と声をかけて、洞窟を出ると、日も沈み、月明かりだけの世界となっていたが、雪に明かりが反射し、夜にも関わらず、明るかった。


——————


月に照らされながら、村に帰ると、


「あんた、どこに行ってたのさ!心配したんだよ!」

「おめぇが帰ってこないって嫁が騒ぐから、ずっと探してたんだぞ。こんな雪の時に、心配するだろうが!」


僕が帰ってきていないと心配したおばちゃんとおっちゃんが僕を探してくれていたことを知った。


おばちゃんが僕の前腕を見て、

「あんた怪我してるじゃないかい!?手当てしてあげるから、家に行くよ。」

と僕の首根っこを持ち、家に運ばれて、今日という怒涛の1日が終わったということを実感した。










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