女の子はどこにいった?

味噌汁を溢さないように慎重に歩く女の子の姿を思い出すと、頬が緩む。


「なんだい?ニヤニヤして気持ち悪い。いいことでもあったのかい?」


いきなり、おばちゃんに声をかけられ、驚きと共に意識が現実に戻る。

知らないうちに家の近くまで帰ってきていたようだ。


「え?あ、いや、おばちゃんと一緒に作ったご飯を例の子に持っていったんだけど、すごく喜んでくれて。あ、そうだ!おばちゃん!」


朝、おばちゃんに銅貨を渡し忘れていたことを思い出し、ポケットを探す。


「あれ?銅貨をポケットに入れておいたんだけど‥‥」


全てのポケットをひっくり返しても入れておいたはずの銅貨がどこにも見当たらない。


「お金なんていらないよ。朝ご飯を作るのも手伝ってもらったし、そんなこと気にしなさんな。

それより‥‥もっとおばちゃんをこき使う気持ちで頼っていいんだよ?あんた、いつまでたっても他人行儀なんだから」


少し悲しそうに声をかけてくれるおばちゃんに僕は

「分かった、これからおばちゃんを頼りまくるよ!」といつもの作った笑顔で返事を返すことしかできなかった。


—————


『ポケットから落ちるとしたら、山道だろうな‥‥』


今すぐにでも探しに行きたいが、3日後までに雪靴を3足分、作成しないといけないため、探しにいく時間がない。


毎日、山に登るようになったことで、製作時間が減り、納期ぎりぎりになってしまったのだ。


『明日、探しながら山に登ろう』と気持ちを切り替えて、納期に間に合わすため、脇目も振らず、この日、ひたすらワラを編み続けた。


——————


次の日、おばちゃんにもらったいくつかの調味料と大きな葉っぱをいつものセットと一緒にバケツに入れ、山の入り口に向かった。


山の入り口から中腹まで探しながら登ったが銅貨はどこにも見当たらない。


『どこかに転がって行ってしまったのかな‥‥』


そう諦める気持ちが出てきて、ふと目線を上げると、土と小さな砂利が混ざったような山道の真ん中に掌に収まるぐらいの大きさの石が2つ転がっているのが目に入った。


『こんなのあったっけ?』と疑問に思いながら、近づいてみると、石の表面には石と石をぶつけてできた白く砕けた跡があり、片方の石の表面は少し赤黒くなっているのが見えた。


疑問に思いながら、2歩ほど通り過ぎると地面に何かを擦り付けてできたような小さな丸い凹みがあった。


よく見てみると、その凹みに何か埋まっているのに気がつき、取り出して見ると、所々、赤黒く変色し、形が変形した銅貨だった。


銅貨は見つかったが、喜びよりも『どうしてこんなことに?』という疑問が頭の中に残ったが、使えないほど変形しているわけではないので、銅貨をポケットに入れ、いつもの場所を目指した。


—————


いつもの場所ににつき、少し休んだ後、いつものように準備を整え、釣った魚を焼く。


少しすると、魚の表面が少しコゲてめくれ、そこから溢れた脂で火から『パチッパチッ』という音が聞こえ始めたので、魚を大きな1枚の葉っぱの上に移した。


焼き魚の乗った葉っぱの両端を地面と垂直になるように折込んだ後、醤油と刻んだ生姜をかけると、あたり一面に醤油と生姜のいい匂いが拡散した。

だが、いつものように草薮を揺らし、女の子が来る気配がない。

その後も匂いを風で遠くに拡散させてみたがいっこうに現れない。


『まだ寝てるのかな?』


と思って、しばらく待ったが、その日、結局、女の子は現れなかった。


—————


この日から女の子には出会えない日が続き、10日が過ぎたある日、住人が寝静まった時間に『シンシン』と雪が静かに降り始めた。


—————


目が覚め、外を見ると、一面が銀世界となっていた。


「綺麗だ」


思わず呟いてしまうほど、日の出のオレンジ色と雪が作り出した銀世界は美しかった。


そして、同時にあの女の子のことが頭をよぎる。

だが、あの日から女の子とは出会えていないので、もしかしたら、山を降りたのかもしれないと考えたが、降りたことを確認していないので、気になるものは気になる。


「今日、出会えなかったから、山に登るのはやめよう。」


会えないのなら、雪の中、無理をして登る意味がないため、ずるずる引きずる気持ちに区切りをつけるために決心する。


雪が降ると、火を起こすのも難しくなるため、今日は柿の葉で包んだ干し肉と水、小さな雪靴を手に持ち、山へ向うことにした。


もう村人が水汲みに行っているのか、山の入り口の地面には下流に向かう足跡が複数残っている。


それらの足跡とは違う方へ、足を踏み出し、新たに足跡をつけながら、あの場所に向かって歩を進めた。


中腹を過ぎたあたりを歩いていると、少し先の山道に雪が沈んでいる場所があるのを見つけた。


『動物でも通ったのかな?』と思い、近づいてみると、


それは片方だけの小さな足跡とその横に何かを引きずったような跡だった。

その跡から片足を引きずっているのだと容易に読み取れた。


『これはあの子の足跡に違いない』


と考え、足跡を辿る。


それから10分ほど歩き続けると大きな岩にできた洞窟にたどり着き、中を覗き込んでみると、洞窟の奥の方に両手で右足を押さえ、苦しんでいる女の子がいた。


「大丈夫!?」


と急いで駆け寄ろうとするが、女の子が僕の存在に気づき、「こっちに来るな!近寄るな」と睨みつけくる。


「でも、足が、」


と僕が言葉を続けようとするのを遮って、息を荒くしながら


「人間は信じない!

お前らはあんな石ころのために‥‥私たちを捕まえに‥‥。お前ら人間がいなければ、あんなことも起らずに済んだはずなのに!」


激昂し、鋭い眼光で睨む目には涙が流れている。


あまりに鋭い眼光に思わず立ちすくんでしまったが、女の子の手当てをしないとと気合をいれ、さらに女の子に一歩近づく。


女の子は僕を睨みつつ、上半身を使い、這いずって距離を取ろうとするが、それ以上奥に行けないらしく、徐々に2人の距離は縮まっていく。


手が届く距離になったところで、しゃがみ込み、


「大丈夫、僕は君に何も悪いことはしないから。」


となるべく優しく声をかけることを意識して伝えるが、


女の子は「人間は信じない」と叫ぶのをとめなかった。

だが、距離が近くなったことで恐怖が大きくなったのだろう、最初のような迫力はなく、声が震えていた。


「けど、このまま凍傷が進めば足が使い物にならなくなるよ。歩けなくなるよ。」


女の子は足が赤く腫れている。凍傷がすすめば、足が腐ってしまうかもしれない。


すると、

女の子の様子がおかしくなり


「いや‥‥!いや!いや!」とかすれた声で最初は小さく呟いていたが、徐々に大きな声となり、金切り声のような声で叫びはじめた。


僕が近くにいるというだけでもストレスが大きいのに、足が使えなくなるという言葉が精神の許容をオーバーさせてしまったようで、女の子が手を振り回し錯乱し始めてしまった。


『やってしまった』と思った瞬間、女の子の振り回している手が僕の腕にあたった。


獣人の力は子供でも人間の大人の男性と同じぐらいの力がある上に、種族の特徴を引き継いでいる。


この子は猫科の獣人のため、爪の切れ味がとても良かった。


手が当たった瞬間、僕の腕から血が滴り落ち、それを見た女の子が


「あ‥‥。え?私がやった?え?え?」


と呟き、電池が切れたおもちゃのように地面に倒れ、気を失った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る