人間と遭遇(女の子視点)

「かの‥‥が‥い」


遠くから声が断片的に聞こえ、その声と共に日の光が木々の間を通り抜け、洞窟にかすかに入り込んできた。


『もう朝か』


10日前、この山で初めて日の出を迎えた際にこの声を聞いた時は、家族や仲間が私を探しにきてくれたのだと思って、「ここだよ!私はここだよ!」と返していたが、数日も経てば、この声が日の出の時間に定期的に聞こえてくるものだと気づいて、私を探しに来てくれた声ではないと知った。


家族達の声ではないと知った数日間はこの声が聞こえる度に悲しく感じていたが、今ではこの声は目覚まし代わりとして日常の一部になっている。


「う〜」


固まった身体を伸ばしながら、立ち上がるが、


「寒い‥‥」


あまりの寒さに自分の両手で体を抱きしめて、しゃがみこんでしまう。


『今日はいつもより、寒いような気がする。』


洞窟の外を見てみると、すりガラス越しに景色を見ていると錯覚するほど、霧が立ち込め、太陽の光が霞んで見えた。


ぐ〜とお腹がなり、この10日間、満足に食べれていないことを思い出す。


動物を狩っても火を起こす手段を知らないため、食べることが出来ず、主食はどんぐりや栗などの木の実となっていたが、どんぐりや栗は生で食べると苦いものが多く、あまり量を食べれていない。


『この霧の中、木の実を見つけるのも無理かも‥‥。お腹減ったな‥‥。』


空腹感を紛らわすすべもないため、そのまま立ち上がることはせず、草をひいて作った簡易ベットに身体を丸くして再び、寝に入った。


—————


少し焦げ臭い匂いが鼻をつき、意識が覚醒していく。


『何か燃えてる?』


洞窟の外を見ると、いつの間にか日も高くなっていて、立ち込めていた霧が晴れていた。


『森が燃えてる訳じゃないみたい。』


「誰かいるのかな?」


期待感から思っていることが口に出る。

洞窟を出て、一歩踏み出すと、湿った土が足の指の間に滑り込み、地面が少女の足の形に変わるが、そんなことも気にせず走った。


走りながら、大きく息を吸うと匂いは山頂付近から漂ることに気づいた。


『いつも水を飲みにいく場所かな?』


水飲み場に近づくにつれ、木が燃える匂いに混じって魚が焼ける匂いが鼻を刺激した。


匂いを嗅いだ瞬間、ヨダレとお腹の音が止まらなり、思考力が著しく落ちていく。


その状態のまま、警戒も忘れ、水飲み場とを隔てる草薮に勢いよく飛び込んだはいいものの、草や枝を踏む音で正気を取り戻し、緊張で体が硬直した。


草と草の間から見えたのは自分よりも1回りは体が大きく、くすんだ茶色の着物を着て、わらぐつを履いた人間の男だった。


ナイフなどの武器は持っていないみたいだが、こちらを警戒している。


『どうしよう‥‥』


少し考えたが、こちらの位置はすでにバレているし、それよりも空腹感にもう我慢の限界を迎えていた。


そして、ゆっくりと人間の男がいる方へと出て、男をはっきり視界に入れると、焼いた魚を手に持っていることに気づいた。


それもかなりの大きさだ。


『美味しそう。食べたい。食べたい。食べたい。食べたい。食べたい。』


と、私の頭の中が焼き魚を食べたい気持ちでいっぱいになっていた時、人間の男が


「欲しいならあげる。だけど、僕も腹が減ってるから、半分ならあげるよ。」


と言い、魚を半分にして岩の上に置き、離れていった。


『けど、近づくと何かされるかもしれない。』


食欲と理性の狭間で思考が揺れ動き、しばらく私はその場から動けなかったが、焼いた魚から漂う匂いには抗えず、魚に向けて、1歩を踏み出した。



2歩目、3歩目と足が進み、あと魚まであとの5歩というところで、人間の男の手が動いた。


何かされると体が一瞬、固まってしまったが、急いで後ろに下がった。


「ごめん、怖がらないでも大丈夫だよ。」


と人間の男が言うが、


『そんなの無理だ。』と心で呟き、男を観察するが、動く気配がないため、警戒しながら、少しずつ焼き魚まで近づき、たどり着いて掴んだ瞬間に全力で後ろに跳び、草薮に逃げこんだ後、急いで洞窟に向かった。


男が追ってくる気配はない。


洞窟についた途端、緊張感から解放され、地面に座り込んでしまった。

魚を見てみると持っていた部分が他の部分に比べ、一回り小さくなっているように見えるほど、凹んでいた。


必死に逃げていた時に忘れていた空腹感が焼き魚の匂いで刺激され、お腹をぐーと鳴す。


両手で持ち、ほんのり温かい焼いた魚の胴体を大きく頬張った。

その瞬間、口全体に魚の油が溢れ、その後に身の甘さが広がる。


無我夢中で食べ進め、ある程度、空腹感が収まると仲間とともにご飯を食べていた頃をふいに思い出してしまった。


「ぅぐっ、ぅん、お母さん、お父さん、みんな。」


その途端に涙が溢れて止まらなくなり、、嗚咽をあげながら、食べ続ける。


まぶたの裏には、捻れた大きな角を持つ5メートルほどの体格の魔物から私を逃すためにお父さんとお母さんが戦っている姿が蘇り、


『リュナ、逃げなさい!』


最後に聞いたお母さんの声が耳の奥に響く。


『お母さん、お父さん、みんなに会いたいよ』


空腹感から解放されると心の虚無感が大きくなり、その日、泣いて泣いて泣き続けた。


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