女の子に料理を振るまう

『喜んでくれたかな?』


その日の夜、蝋燭の火が照らす家の中で、布団に包まれながら、女の子が食べてくれたかどうか考えていた。


『にんじんと魚を味付けもせず、蒸し焼きにしたけど、あの子の口にあっただろうか?』


不安な気持ちが隙間風に吹かれた蝋燭の火のように揺れる。


『普段から調味料を入れずに焼くか、煮るかしかしないから、僕は普通に食べれたけど‥‥捨てられてないかな‥‥?』


食べ物に無頓着で食べれたらいいという感覚しか僕にはなく、また人にご飯を振る舞ったことがないため、余計に心配になり、布団に包まれながら、左右に転がった。


『明日は美味しいものを食べさせてあげたいな‥‥』


最近は寝ても覚めてもあの子のことばかり思い出す。こんなに誰かに何かをしてあげたいと思ったことがなかったため、今の状況に戸惑う自分もいる。


『明日、おばさんに料理の作り方を教えてもらおうかな?』


そうしよう。と考え、火を消し、目を閉じた。


すると、今まで聞こえていなかった『チリーーン』という鈴の音のように澄んだ鈴虫達の声が聞こえた。


———————


日が出る前に起床し、昨日、汲んできた川の水で顔を洗って、眠気を覚ます。


「う、冷たい」


少しずつ気温も低くなってきているからか、水が冷たい。顔につけた瞬間、一瞬息が止まってしまった。


歯を磨きながら、茶色のくすんだ着物に袖を通し、準備を整えていく。


準備が整ったところで銅貨をテーブルの上の引き出し箱から取り出し、家から出る。


家から出るとちょうど日が出たところだった。

まん丸の太陽はとても綺麗で、今日の天気の良さを伺えた。


日の出の時間にもなると、水汲みのために村人は起きるので、この時間でもチラホラと人影がある。


目的の斜め向かいのおばちゃんの家を確認すると、ちょうどおばちゃんの旦那も水汲みのために家から出てきたところだった。


「お、アキじゃねーか!最近、どうした?全然、叫んでねぇじゃねーか。昨日、まだ日の出には時間があると思って、寝てたら、『水汲みに早く行きな』って、かーちゃんに怒鳴られたわ。」


40歳ぐらいの短髪で身長の高い厳ついおっちゃんは朝から声が大きい。

濃い青色の着物を着崩しているため、厳つさに拍車がかかっている。

知り合いじゃなければ、怖くて声がかけれないだろうと思う。


「最近、彼女ができたからな」


と軽く嘘をつくが、


「まだ起きてねぇのか?顔でも洗って目を覚ましてこい」


夫婦揃って、本当にひどい。


—————-


おっちゃんと別れた後、おばちゃんの家の前まで行き、ドアを叩く。


「おばちゃん、起きてる?」


「ちょっとまってね」という声とともに家の中から木が軋む音が聞こえた後、ガラガラと引き戸が開いた。


「アキじゃないか!どうしたんだい?こんな朝早く」


起きたばかりなのか、寝癖がついた少しぽっちゃりとした薄着のおばちゃんが目を見開き、尋ねる。

普段、おばちゃんの家を尋ねることなどほとんどなかったため、驚きが大きいようだ。


「ちょっと、お願いがあって‥‥。

おばちゃん、料理の仕方教えてくれない?」


誰かにお願いするのは緊張する。


「料理?まぁ、いいけど‥‥。なんでいきなり?

こんなとこで立ち話はなんだから、家にお入り。

ゆっくり話を聞こうじゃないか。」


実は‥‥

おばちゃんに山頂の近くに住む女の子にご飯を作ってあげたいことを獣人という事実は隠して説明した。


「作ってあげたいのは分かった。

料理ならいくらでも教えてあげるよ。」


やった。と少しガッツポーズをしてしまうほど、嬉しかった。

おばちゃんが少し言いにくそうに続けた。


「あんた、山頂ってさっき言ったよね?それってあっちの山じゃないよね?」


おばちゃんがいつも僕が登っている山の方角を指差し、言った。


「あの山は村長が登っていけないと言っててね。なんでも山に何かが住み着いたようなんだよ。

あんたもあの山は登らないようにね。」


心の中でおばちゃんに謝り、


「分かった。気をつけるよ。」


嘘をつく。


「じゃ、一緒に朝ご飯作ってみるかい?」


おばちゃんの提案に大きく頷き、共に台所にいき、朝食を作った。


今日は味噌汁と魚の煮物だった。


——————


おばちゃんと作ったご飯を持って、山の入り口にいき、登る前に周りに誰もいないか確認してから、登った。


いつもの場所に着き、味噌汁と魚の煮物が入った竹でできた器をゆっくりと開ける。


煮物の魚は少し器を揺らすと魚の端が少し崩れ、崩れた身の内側も汁をよく吸っているのが伺えた。

ニンジンもすごく柔らかそうで、とても美味しそうだ。

まだ冷めていないため、器を開けた瞬間、フワッと煮魚の生姜と醤油と味噌汁の匂いが立ちこめる。


そこから数分待ったが、今日はなかなか来ない。


『いつもならすぐにくるのに。どうしたんだろう?』


気づいていないだけかもしれないので、匂いを伝えようと考えた。


風に匂いが乗って周りに拡散するイメージをする。


『広がれ』


緑色に淡く発光し、フワッと優しい風が弁当を中心に広がった。


すると、遠くからタッタッタッと軽い足音が近づいてきて、いつも草薮が揺れる。


顔を出したのは、あの女の子だ。


いつものように岩の上に置き、その場から離れる。


見慣れない竹の器に警戒しているのか、全く近寄る気配がない。


「それはご飯の器だよ。それごと持っていっても大丈夫だよ。」


返事は一切ないが、理解はしているのだろう。女の子は弁当にゆっくりと近づいていく。


弁当までたどり着くと中を覗き込み、匂いを嗅いでいる。


すると、今まで見たことがないほど、耳と尻尾がピンと立ち、女の子が笑顔となった。


そのまま、大切な宝物を持つように器を両手に持ち、味噌汁が溢れないように慎重に歩いていく。

その姿がたまらないぐらい可愛く感じた。


そこから時間をしっかりかけ、草薮の奥に消えていった。








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