雷獣と電線の上の秘密
電線の上を、動物が歩いているのを見た。
最近、そんな話をよく聞く。
ぼくはまだ見たことがないんだけど、コウキくんはサッカークラブの帰り道で、クラブの友達といっしょに見たらしい。
「どんなやつ?」
「んー、猫みたいなかんじ? でもさー、しっぽがもっと太かったから、猫じゃないのかも」
コウキくんは猫を飼っているわけじゃないけど、タマさんを知っている。だから、猫のしっぽがもっと細長いことをわかってるんだ。
まあ、猫だっていろんな種類があるから、ふさふさしっぽの猫だってきっといるし、それにタマさんのしっぽはじつは二本あるんだよね。もちろんコウキくんにはないしょだけど。
「タケちゃん、まだ見たことないの?」
「うん。クラスでも、ちゃんと見たことある子はいないみたい。コウキくん、ラッキーだよ」
□
電線をするする移動している猫みたいなやつの存在は、学校中の噂になった。目撃情報があるのは通学路だから、先生たちも知っている。
タマさんにもきいてみたんだけど、「アタシは知らないね」だって。猫又の仲間じゃないみたい。
学校からもらったプリントには、もしも見かけても近づかないようにって書いてあった。電線の近くはあぶないからだ。
あの黒い線のなかには電気が通っていて、ぼくたちの家で使う電気になっている。あれがなくなると、電気が使えなくなっちゃうからすごくタイヘン。
電気がなくなると冷蔵庫が使えなくなるから、アイスクリームは溶けちゃうし冷たいジュースも飲めなくなっちゃう。それはすっごくこまる。
とうぜん、夜もぜんぶまっくらだ。
ソーラー電池のライトとか、充電式のライトがあるから、ちょっとのあいだはだいじょうぶかもだけど。もしものときのために、家には防災グッズがあるんだよ。
家の中が暗くても、タマさんならへいきかも。猫は暗いところでも見えるっていうし。黄色い目がキランってして、夜のタマさんはちょっとこわい。
ぜんぶの学年に向けたお知らせのプリントによれば、電線の上を歩いている動物はハクビシンらしい。おんなじようなものが、自治会館の掲示板にも貼ってあったし、回覧板にもチラシが入ってた。捕まえないとわからないけど、その可能性が高いんだって。
あれ? でもたしかハクビシンって――
「
「あー、それ聞いたことある。でもらいじゅーって、空想のキャラクターでしょ?」
カミルくんの言葉に、ドレミちゃんがくちをとがらせている。コックリさんは信じるのに、雷獣のことは信じないなんて、ヘンなの。
「それを言えば、他の妖怪だってそうだよ。現実にいる動物を、空想上の生き物に当てはめてるんだ」
「雷獣は、江戸時代からいるんだよね」
「えー、クサナギくんもそんなの信じてるの?」
「う、うん。まあね」
信じてるっていうか、知ってるんだけど。
「へえ。子どもっぽーい」
そう言って、ケラケラとドレミちゃんは笑った。
なんだよ。雷獣っていうのはちゃんとこの世界にいるのに。
ぼくはちょっとだけムッとした。
妖怪のことは秘密だけど、うそみたいに言われるのはシンガイだ。
すると、本を読みながらアリサちゃんがくちをはさむ。
「妖怪としての雷獣と、ハクビシンは別物でしょ。人魚だってそうだし」
「人魚姫?」
「昔のヨーロッパで、ジュゴンを見たひとたちが、これが人魚にちがいないって言ったとか」
すかさず、カミルくんがうんちくを語る。
さすが、ものしりカミルくん。いろんなことを知っている。
「それも知ってるけどー、人魚はもっとかわいい女の子なの!」
「なんだよ、そっちのが空想じゃんか」
人魚姫の絵本や、アニメ映画を思い出す。あっちのほうが、よっぽどつくりものだ。
ぼくが言うと、ものすごく不機嫌そうな顔をして、ドレミちゃんがぼくをにらむ。
「クサナギくんって夢がないよね。そんなんだからダメなんだよ」
ダメって、なにがだよ。
むー。あいかわらず女の子ってよくわからないなあ。
□
夕方。おかあさんにたのまれて、『まるとみ』まで買いものに出かけた。クサナギ2号を走らせて、ぼくは田んぼ道をすすむ。
大きい海苔と、ツナ缶。
今日は、手巻き寿司の日だ。うれしい。
帰り道は、まっくらじゃないけどだいぶ暗くなってきて、自転車のライトがついた。秋になると、夕焼け空はあっというまに灰色になる。
空には大きな丸い月。いつものお月さまとはちがって、すごく明るくて、なんだかまぶしい。
雲もたくさんあって、ときどきそのなかに隠れながら、お月さまの白い光がキラキラしているのがきれいだった。
そういえば、明日の天気はあんまりよくないんだっけ? 降水確率も高かったし。
寒くなってきたせいか、カエルの声もぜんぜんしなくなった。おかげでケロさんもあんまり出てこない。いまの季節に鳴いてるとヘンに思われちゃうからだって。めんどうだね。
暗くなると視界がせまくなるから、自転車もスピードを出しすぎないようにしなさいって、おとうさんにいわれているから、ぼくはゆっくりと、それでもちょびっとだけ急いでペダルをこぐ。
まっくらになるまえに帰らないと。
はやく、はやく!
並んでいる電柱と、それをつなぐ電線。地面に映っている細い影の部分をぼくは走る。
直接じゃないけど、ぼくも電線の上を走れるんだ。
白い線の上だけを歩くのとおなじように、この影の線のところだけを走るゲームだよ。
地面の影を見ながら自転車を走らせていると、線の先に動物のかたちをした影があらわれて、ぼくは急ブレーキをかけた。
ギュギュギュって音がして、前カゴに入れてあったビニール袋がガサガサと音を立てる。中身が落っこちそうになったけど、ギリギリセーフ。
はー、ビックリした。
車は急に止まれないって、交通安全教室でおまわりさんが言ってたけど、ほんとだよ。
ぼくは心臓をドキドキさせながら地面の影を見つめて、そうして上を見た。
そこにいたのは知らない動物だった。
大きさは猫――タマさんとおなじぐらいかな。でもしっぽがちがってる。コウキくんが言ってたとおりだ。
――じゃあ、あれがハクビシンってやつ?
ぼくが見ていると、それに気がついたのかどうかわからないけど、すすすすーって電線の上を移動して、あっというまにどこかに行ってしまった。
すごいや。サーカスの綱渡りみたいだ。でも、
「なんだあ。雷獣だっていうから、てっきりハクさんだと思ったのに」
ザンネンだ。さいきん会ってないから、ひさしぶりにおはなしできるかなって、楽しみにしてたのに。
ぼくがため息をついたとき。
「俺様がどうかしたのか」
まるでぼくの言葉が聞こえたみたいに、別の声が――聞いたことのある、ちょっと偉そうなかんじの声がして、ぼくはまた上を見た。
さっきの動物がいた場所からすこしはなれた電柱の上に、あたらしい動物がいた。
てっぺんにちょこんと座っている。お月さまの光がうしろにあって、影になっているから顔が見えない。
ちいさい頭とまるっこい耳。
そして、ゆらゆらと揺れるふさふさのしっぽが二本。
うれしくなって、呼びかける。
「ハクさん!」
「もう暗くなるではないか。ちびはなぜ、このようなところにひとりでおるのか。ちびのくせに。犬はどうした、眷属であろうが」
ふわり。
月の光をあびて、銀色にピカピカ光るハクさんが降りてきて、自転車カゴのところにピッタリおさまった。近くで見ると灰色の毛並みは、光を浴びるととってもきれいな銀色になるんだよ。すごくかっこいいよね。
「ぼくは買いものの帰りだよ。クーはたぶん影の中で寝てると思う。ハクさんは? 明日はやっぱり雨が降るの?」
「雨が降るのはもう少し先の地である。ここは通りすがっただけなのである」
「そっかー。あのさ、ハクさん。最近ね、このあたりに雷獣が出るって噂になってるんだよ」
「ほう、俺様の威光が轟いておるとは。
ふふんと鼻を鳴らして、ハクさんが腕組みをしてうなずく。
だからぼくは、もっとくわしく教えてあげた。
「電線の上をね、走ってるんだって」
「そ、それは全然違う生き物ではないかっ!」
「ハクビシンだろうって言ってるけど、捕まえてみないとわからなくてさ。で、ハクビシンって、ふつうは雷獣のことでしょう?」
だから、にわかに雷獣人気がたかまっているのだ。
そう言うと、ピーと悲鳴みたいな音をあげて、ハクさんが怒りはじめた。
「違うのである! まったく、まーっったくもって、違うのである!!」
ぽすぽす足踏みをして、ハクさんが毛を逆立てている。
カゴに入っている買い物袋がガサガサ音を立てて、ついでにハクさんもキラキラ光っている。
「すごい、ハクさん光ってるよ」
「む。これはつまり、雷気なのである。ちび、俺様に近寄るでないぞ」
「うん、わかった。あぶないんだよね」
「そ、そうではなく! そもそも、いと気高き存在である俺様に対して、不用意に触れるでないということであって!」
「感電ってすっごくこわいんだよね。ぼく、動画で見たことあるし、手がピリッとしたこともあるから知ってるよ」
ぼくがそう言うと、ハクさんはぐぐっとくちごもって、もそもそなにかをつぶやいて、そっぽを向いてから小声で「……気をつけるのである」と言った。
ハクさんはいつも偉そうだけど、ほんとうはとってもやさしい妖怪さんなのだ。
「うん、ありがとうハクさん。そうだ、急いでないならうちに寄っていってよ。今日はね、手巻きの日なんだー。ハクさん、お寿司食べる?」
「喰わぬことはないのである」
「ハクさん用に、ちいさいやつ作ってあげるね」
おとうさんも、姿が見えるハクさんに会えたら、きっとよろこんでくれるはずだ。お菓子もはずんでくれるかもしれない。
ハクさんはふたたび空にあがった。地面に映る電線の影に、ハクさんのかたちが重なる。
地面に見えるハクさんの影と一緒に、自転車を走らせる。
ぼくのうちまで競争だね。
よーい、ドン!
ぼくとタマさんと秘密のノート 彩瀬あいり @ayase24
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