5
裕美がスマートフォンをポケットにでも入れていたら起こしてしまうな、と思ったが、置いてきたらしい。あの四階の部屋に。
裕美の電話番号宛てに、メッセージで送っておいた。
顕生の部屋の温度変化を夏休みの始まりから記録してある学校のパソコンを開くためのアドレスと、パスワードと、それから、顕生の知っているかぎりの、この近くで気温を自動計測して公開しているところのアドレスと。
それをつきあわせれば、裕美が計測できなかった室温の記録をでっち上げることができるはずだ。いや、もし、ちゃんとやれば、かなり正確なところまで推定して再現できるかも知れない。
そして、この美女ならやるだろう。
全校あこがれの美人優等生なのだ。そして、自分でも、優等生として全校から見られていることをきちんと知っている。
けっして、だらけ美女の正体なんかさらしたりしない。
顕生と二人きりの場所以外では。
運命が共同している顕生といっしょにいるとき以外には……。
さて、どうしよう。
だらけ美女は、まだ寝ている。
そうだ。さっきの夢で、最後のほうで何か影がすっと近寄ってきたと感じたのは、あれは、こいつの影だったのだ。
起きて、スケッチブックにちゃっちゃっとスケッチして、スケッチブックを机に置いて、またベッドに横になる。その動きがあんなふうに映ったのだ。
じゃあ、自分が同じことをしたら、この美女はどう感じるだろう。
いまどんな夢を見ているのだろう、この美女は。
顕生は、そっとベッドに上がり、そっと裕美の体をまたぎ、そして、またそっと横になる。
扇風機の風が吹き抜ける。相変わらず、これまでと同じように。
真昼が過ぎて、少しは涼しくなってくるところだろうか、それとも暑さはこれからが本番だろうか。
どっちでもいい。
顕生はそっと目を閉じた。裕美と二人、並んでお昼寝だ。
目が覚めたときには、二人とも、少しだけ時間を重ねて、少しだけ大人になっている。
もっといっぱい自由に遊べるようになるための大人に、裕美といっしょに近づくんだ、と、顕生は思った。
裕美も、いま、同じことを同じように感じているんだ……。
(終)
シエスタ(お試し版) 清瀬 六朗 @r_kiyose
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