ミ・シル


 天空宮殿の南門。颯爽と歩く黒の全身鎧をまとった女性。後ろには屈強な武人が数十人も付き従う。彼らを見た上級貴族たちは道を譲り深く頭を下げる。そんな中、黒髪の魔法使いと蒼髪の魔法使い――ヘーゼンとラスベルが、真っ向から彼女に対峙した。


「無礼であろう!」


 後ろの武人が叫ぶが、ヘーゼンは動じない。やがて、対峙した女性が黒色の兜を脱ぐと、獅子のような金髪をたなびく。黄色肌だが日焼けし褐色に見える。顔立ちは凛々しく、その細身の身体には鎧越しでもしなやかさを感じる。


 ミ・シル。猛き華ソファンと呼ばれる四伯の一人である。


 緊迫した雰囲気が漂う。後方の武人たちは、剣に手をかけ、魔法使いたちは魔杖を出す。少しの間、二人は見つめ合っていたが、やがてヘーゼンがフッと微笑み、深々とお辞儀をする。ミ・シルも表情を柔らかくして微笑んだ。


「ミ・シル伯。お久しぶりでございます。ダルフォニア族討伐以来でしょうか?」

「ヘーゼン大師ダオスー。久しぶりですね」


 身分としては4位の伯と10位の大師ダオスーは、大きく離れている。しかし位の開きより、格・功績・家柄などの開きは遥かに大きい。通常、そこまで差のあるにもかかわらず、対峙するのは明らかな非礼である。


「ヘーゼン大師ダオスー。どういうおつもりかな?」


 同じく大師ダオスーの位を持つ、ミ・シルの副官フェザが隣で尋ねる。互いに武人同士である。上下関係を示さぬのは、ミ・シル


「ファゾ、やめなさい、ヘーゼン大師ダオスーも不満が溜まっているのだ。戦場へ行くのもままならないのはお辛いでしょう」

「……申し訳ありません。ミ・シル様のご活躍を聞き、つい猛り喜びが勝ってしまい引き留めてしまいました。若輩者の私をどうか許してくださいませ」


 ヘーゼンは横にずれて、改めてミ・シルにお辞儀をする。「フフフ、やはりそうでしたか」と彼女が笑った瞬間、緊迫した雰囲気が和らぐ。後ろの武人も、魔法使いも各々の武器を納める。


「……いつか、あなたと手合わせがしたいな」

「そんな、恐れ多いです。と呼ばれ、幾多の戦場を駆け巡る猛き華ソファンにはとてもではないがかないません」


 ミ・シルからは素直にでた言葉だった。ヘーゼンのような強力な魔法使いは滅多にいない。無骨な彼女は天空宮殿での生活より、戦場の方が合っていた。同じ四伯と同じ戦場になることはそうそうない。彼女ほどの強さの魔法使いはこの帝国にも滅多にいない。


 互いに挨拶を済ませ、ミ・シルは再び廊下を歩き始める。隣に控える副官のフェザは去って行くヘーゼンを視線で追いながらつぶやく。


「本心でしょうか?」

「さあ。しかし、戦場に出れぬ武人ほど哀しいものはいないな。彼には運がない」


 ミ・シルはつぶやき、歩く。ヘーゼンの出自は下級貴族である。突如として天才は生まれるものだが、彼の経歴は殊更に特異だ。この2年間で生み出した数多くの功績。大師ダオスー以上に華々しいものだが、これ以上の出世は厳しいだろう。


「せめて、我らと同じ派閥に入っていればな」

「……それでも、猛き華ソファンミ・シル様には及びません」


 フェザがつぶやく。同じ大師の位を持つ彼には対抗心があるのだろう。

 そんな副官の言葉に応えず、ミ・シルは黙って廊下を歩く。彼女は推測を嫌う。答えは戦えばわかることだ。

 しかし、複数回の戦闘を共にして互いの実力はすでにわかっている。どんなに挑発したとしても、彼からは決して挑んで来ないだろう。

 ヘーゼンはミ・シルには及ばない。それが彼女の見解だった。


 ミ・シルは自室に入り、鎧を脱ぐ。そのまま、下着を脱いで水浴を始めた。天空宮殿での戦果報告は彼女にとってはいささか苦痛だった。堅苦しい挨拶。白々しい社交。マナー。むしろ、先ほどのヘーゼンぐらいの非礼がちょうどいいのだが。ミ・シルは浴室から執事に尋ねる。


「フェザ、留守中に変わったことは?」

「はっ、イルナス皇子が行方不明です」

「……なに?」


 すぐさま、自身の派閥の主であるエヴィルダースの顔が浮かぶ。イルナスには何回か挨拶をしたことがあったが、驚くぐらいに聡明だった。十分に皇帝の素質があると考えるが、皇位継承権が低いので刺客などには縁がないと思っていたが。


「今日は、エヴィルダース皇太子殿下との会談だったな」

「ええ。もう、間もなく参らなくてはいけません」


 浴室から出たミ・シルはすぐに着替え始めた。派閥争いは仕方ないと思うが、皇位継承権の低い5歳の子どもを誘拐するなどは許せない。回りくどいのは苦手だ。一刻も早くエヴィルダースに問いかけようと心に決めた。





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5歳で成長が止まった皇子が婚約破棄され、童子好きの美少女と亡命して下克上する物語 花音小坂(旧ペンネーム はな) @hatatai

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