Chapter 7 混迷の森

「ふむ……、これは一方的にされているように見えるが?」


 『金鱗の大蛇』の隊長ノイマンをあきれ顔で見つめながらヴァルドールは呟く。しかし、そのノイマンはピクリとも表情を変えず、その辛辣な物言いに答えた。


「いや……予定通りだ」

「隊員が何人か死んでいるが?」

「貴方には理解が出来ないだろうが……、部隊の者はいわば私の作戦を確実に遂行する”駒”でしかない。必要なら死ぬことも彼らの仕事なのですよ」

「ほう……それは。先の戦いで、犠牲者を出さずに勝利した指揮官の物言いには聞こえないが」

「フフ……相手が相手故に……な」


 そのノイマンの言葉にヴァルドールは眉を顰める。


「相手はそこまでの者だと?」

「ええ……。先ほどの森を突き抜けてきた暴風が何か理解していますか?」


 ノイマンは心底嬉しそうにそう問いかけてくる。それにヴァルドールは鼻を鳴らして答える。


「暴風の魔法……。魔女信仰においてそういった類は『ベルネイア』か『アシュトヴァール』と言ったところか?」

「その通りだが……、かの魔法は正式には魔女の魔法ではないのですよ」

「? 魔女の魔法が魔女のものではないと?」


 そのヴァルドールの言葉に満足そうにノイマンは笑う。


「魔法使い様は魔法を自分たちのものだと考えているようだが。戦士の世界にも魔法を使いこなす者はいるのです」

「戦士の魔法……、ほう」

「そう……おそらく今回の敵であろう”騎狼猟兵”が扱う”奉神錬技グランドアーツ”それがあの魔法の正体です」


 ヴァルドールは眉をひそめながらノイマンに問う。


「”奉神錬技グランドアーツ”……ね、それはどれほど通常の魔法と違いがあると?」

「かの技は、卓越した”騎狼猟兵”の戦闘技術を、さらに拡張するために編み出された魔法形態です。普通の魔法とは違い、明確に戦闘……殺傷行為に限定して発展した存在なのです」

「ならば……」

「ええ……、少なくとも”騎狼猟兵”は通常の騎兵の10倍の戦闘能力を持つとされますが、”奉神錬技グランドアーツ”を扱える”騎狼猟兵”はそのさらに10倍の戦闘能力を発揮するとされています」

「……」

「敵の”騎狼猟兵”が一騎だと仮定しても……、今我々は強力な軍団を相手にしているのと同等なのです」


 ヴァルドールは眉をひそめてノイマンを見つめる。ノイマンの物言いが焦っているように見えなかったからだ。

 これは逆に……。


(戦士としての本能か? 殺し合いを楽しんでいる……)


 ヴァルドールはあきれてため息をついた。


「それで? その強力な軍団相手に何か手立ては?」

「すでに進めている……。もうそろそろ包囲が完了する」


 ノイマンは残忍に笑う。そう……、これまでの犠牲は、これを……敵への包囲を完成させるための必要コストに過ぎない。たとえ相手に強力な”騎狼猟兵”がいたとしても勝利する自身が彼にはあった。


(なんとも嬉しいことだ……。ここにきて精鋭とは名ばかりの引き籠りエルフどもに飽き飽きしていたからな)


 ノイマンは指揮官であるとともに冷酷な殺人狂でもあった。その対象は敵だけでなく、部下に対しても……である。まさになるべくしてなった『特殊戦術技能兵Special Tactics Skill Soldier』だった。

 戦いが時を経るにつれてアスト達を包囲し追い詰める形へと変化していく。その間にアスト達は何とか数人の敵兵を屠ることに成功するがそれはノイマンにとっても予想の範囲でしかない。


「もうそろそろか?」


 それまで後方で戦況を眺めていたノイマンは、自身の手にする武器を構えつつ戦場へと歩み進んでいく。ヴァルドールはそれを見て言葉で制した。


「まさかお前も前線に行くつもりか?」

「当然ですよ……。強敵はこの手で始末しないと」

「ふむ……」

「安心してください、貴方の手は煩わせません。そこで我々の勝利を見ていてください」


 ヴァルドールはノイマンのその笑顔を見て、ここに来て初めて彼に恐ろしい何かを感じ取った。


(……ち、殺人マニアか)


 戦場である森には暗雲が立ち込めはじめ。アスト達はノイマン率いる『特殊戦術技能兵』の包囲を受け戦況が逆転しつつある。

 果たしてこの戦いを制するものは――、


 アストか? ノイマンか?

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機龍世紀3rdC:暗黒時代~黒髪の騎狼猟兵 武無由乃 @takenashiyuno00

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