第2話 黒岩くんは、けっこう鈍感
というのも、いつまでたっても自分の幼馴染
と、思い込んでいるからだ。
今日も不機嫌に大和を突き放した十彩に、集団の中の一人の少女が苦言を呈する。
「といろー。さっきのはさすがにひどくない?平岩くん、めっちゃ震えてたよ」
「知らない。いつまでも私のことを思い出してくれない大和くんが悪いんだもん。あんな他人扱いされたら、私も相応の態度とるしかないでしょ」
そう言って自分の髪の毛をいじいじする十彩は、大和が思っている不機嫌というよりは、はっきりとすねた表情だった。
「そんな素直じゃないと、誰かにとられちゃうかもよー」
横からそう言ってきた別の少女の言葉に、十彩は全力で首を振った。
「やだ!大和くんは私のだもん!私の王子様で婚約者なんだから!!」
「そんな好きならさっさと名乗れや」
そのうちの一人の少年の言葉に、十彩は食らいつく。
「私、すぐに名乗ったもん!ちゃんとフルネームで!その後も、ちょいちょい名前アピールしてるもん!」
十彩の言葉に、一人の少女が首を傾げた。
「いや、九重で十彩なんつー珍奇な名前名乗っといて、マジでなんで幼馴染の『といろちゃん』だって気づいてもらえないのかね?」
少女の言葉に、十彩はうつむいた。
消沈しきった様子で、半泣きの十彩は口を開く。
「……もう、ほんとに、といろのことは忘れちゃったのかも。それか、忘れたことにしたい、とか。大和くんの行った中学、恋愛方面活発だったっぽいし。中学でかわいい彼女できて、今も他校の子と付き合ってるとかで、それで、それで、私にはあんまりなれなれしくして欲しくない、のかも……」
次第に本気泣きになるほど本気でそう思っているらしい十彩に、『いやあいつそこまでモテそうなタイプでもないし、あの中学恋愛方面活発なの、ヤンキーだけでは?』という言葉を、周囲の友人たちは飲み込んだ。
そんなことをすれば、『大和くんを侮辱した』と本気でキレだすくらい、十彩はちょっとアレなのだと、よくよくわかっていたからだ。
「いうて、あいつ明らかにといろのこと意識してるだろー?といろのこと、めっちゃチラ見してるし。といろが目が合うたびに睨むから、すぐに半泣きで目ぇそらすけど」
穏便な言葉を選んだ少年に、すかさずその隣にいた少女が自説を披露する。
「あ、わかった。といろが威嚇するから名乗れない説」
「それだわ」
「ちがいない」
いっせいにうなずいた友人たちに、十彩はようやく顔をあげて反論する。
「い、威嚇なんかしてないもん!私はただ……。……ううう、おっきくなったら結婚するって、約束したのにぃ。それなのに、久しぶりに会えたのに、はじめましてとか言うから、その後もいちいち敬語で『九重さん』だから、それを直してほしいだけなのにぃ」
「それ、本人に言えや」
べそべそと泣き言を漏らした十彩に、一人の少年がすかさず切り返し、もう一人の少年が深くうなずいた。
「ほんそれ。ただ不機嫌の察してアピール一辺倒とか、さすがに平岩くんがかわいそう。あと日直やら当番やらでお前らがいっしょにいられるよう取り計らってる俺らみんなもかわいそう」
【こ】このえと【ひ】らいわは、本来席も遠いしそこまで接点が多くはない。
それをあれこれ工夫して2人が2人きりで話せるチャンスを無数生みだしている友人たちは、苦労のにじむ表情でうなずいた。
「うん、それはありがと!でも、なんかうまく話せないんだもん!だって、それで、もう彼女がいるから幼馴染にはべたべたされたくありませんだったらどうするの!?といろ死んじゃう!」
そこまでされてなお素直になれない十彩のあきらめの悪い言葉に、周囲の友人たちはいっせいにため息を吐くと、思い思いに解散し始めた。
「いやもうさっさと死んで来いよ潔く散れよ。骨は拾ってやっから」
「そうだそうだ。当たって砕けて来い。つかといろなら略奪余裕だって。がんばれがんばれ」
背中を向けてのあからさまにやる気のないなぐさめに、十彩は涙目で叫ぶ。
「み、みんなひどい!」
九重十彩は完璧な美少女であるのに、男女ともに
2人の出会いから幼稚園のときにした結婚の約束から小学校卒業式での涙の別れまでののろけ話。これを十彩の初恋フィルターがバシバシにキマった、やたら大和に関する褒め言葉が多い状態で、内部進学組は耳にタコができるほど、聞かされ続けてきたからである。
そのことを、このクラスの中では、平岩大和当人だけが、知らないのであった。
九重さんは、いつも不機嫌 恵ノ島すず @suzu0203
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