星新一の『暑さ』という短編を思い出しました。かいつまんで書くと、毎年夏の暑さへの苛立ちをなんとかして解消しようとする男の話──それは〝生き物を殺す〟ことなのですが、こちらの短編でも、語り部の少年は同じように夏に煩わされ、更にはその苛立ちを解消するために殺そうとします。ただしそれは生き物ではない。夏という概念。大人からしたら一種の誇大妄想とでも呼ぶべき犯行動機は、繊細で危うい思春期の少年にとってはこれ以上ないくらいにリアルな問題であり、それだけに不明瞭にならざるを得ない言葉が暑い部屋の中でこもっていくような描写が、語り部の少年の心中を兎角やるせないものとして、読者の心に余韻を残します。少なくとも自分はそうでした。
〝他者にとっては些末でも自分にとっては重要な問題〟を押しつけずに表現することは大変に難しいです。読んでみて、上斗春さんは物語の総和として表現される主張の塩梅を決めるための言葉の精査が、人によってはもどかしいほどに為されていると感じました。めちゃくちゃいいです。
この作品を読み、☆3をつけたのは数日前だったような気がしますが、その後、身体のどこかしらにずっとこの作品と「夏を殺す」という言葉が引っかかっていて、いてもたってもいられなく、レビューを書きに再度参りました。
まず構成力の高さもそうですが、なにより一つ一つの言葉のパワーに衝撃を受けました。人生ただ生きてるだけじゃ思いつくことのないような珍ワードの数々。しかし、それらの言葉のもつ違和感を使いこなし、そして、その言葉たちが全て歯車として噛み合って動くことで、この作品が強烈なインパクトを持っています。違和感を反芻するたびにそれらがまた深みを増していくようで、何度読んでも飽きというものがさっぱりきません。
次に、主人公について。いや本当に狂っている。本文では一度も「自分は狂っている」なんて書かれていませんが、それでも100人読めば100人が主人公のことを「狂っている」とわかる狂気、それを様々な要素を通じて間接的かつ整然と伝える上斗春さんの文章力も良い意味で狂っています。
4000字以内という字数制限があるにもかかわらず、とにかく濃く、素晴らしい作品になっていると思います。
噛めば噛むほど味が、面白味がどっと押し寄せてくる感覚を、みなさんにも是非体感して欲しいです。
すんごい。ひと言で言うとこれ。今年のカクヨム甲子園を語るならこの物語に目を通しておかなきゃダメ、まである。『夏を殺す』という、不条理ものとさえ思える文言が、不気味さを引きずりつつこちらの興味を強く引きつけていて、飽きることなく一気に読める。この題材って、普通に描けばふわふわと曖昧にゴールにたどり着いてしまい、なんだかわからない物語になりがちだと思うのだけど、作者さんの筆が乗り過ぎていて、また、『よくわからなかったもの』を『ちゃんと納得できるもの』として共感させる展開運びが巧み過ぎて、読んでいる最中とにかく「すっげえ」「すっげえ」と頭の中でずっと言っていました。部屋に散乱する夏の残骸を描いた部分がとりわけ好き。この人へ向けては二の次の賛辞になってしまうけども、蛇足ですが、文章も頭抜けている。
推します。