lost and found
「何かを探すということは、何かを探さないということでもあるんです」
フレームが太めの野暮ったい黒縁眼鏡を掛けた彼女は、キョンシーのように両手を前に差し出し「眼鏡、眼鏡……」の傍らにそう言った。
部屋の中央にはおそらく量販店で買ったと思われる、これといった特徴のない薄茶色の絨毯が敷かれていて、その上に置かれた卓袱台はテレビのリモコンやコンタクトレンズの箱などで埋め尽くされている。ワンルームのご多分に漏れず、ベランダへと続く掃き出し窓の斜向かいの壁際には、折り畳み式のベッドが陣取っていた――ただし、畳まれずに。
「時間は有限ですから、一生のうちに探せる物も限られているということですね。だから、本当に探したい物は何なのか、それを知ることが大事になると言えます」
今まさに、その有限な時間を無駄にしていると気付いていないのか――あ、気付いた。彼女は少し頬を染めながら、こちらへ照れたような笑みを向ける。かと思えば「あ!」なんて大きな瞳を見開き、何事かと身構えたぼくを尻目に、「携帯、携帯」なんて、右手に持った携帯を探し始める。
「……携帯なら、今持ってますよね」
「え。あ、本当です」
言って、彼女は立ったまま携帯を操作すると、一段落ついたところでようやく卓袱台の前に腰を下ろした。どうぞ、と促されるままにぼくも対面に正座する。
彼女は笑みを苦笑いに変え、弁解するように口を開いた。
「すみません。ちょっと講義の課題を忘れたもので、友人に訊いていたんです」
マジか、この子。
この短時間に三つも忘れやがった。
「さて、それでは本題に入りましょうか」
居住まいを正すと、彼女は真剣な瞳をこちらへ向ける。
やや色素の抜けた長い髪は真っ直ぐ肩まで下りていて、前髪から覗く色白の面立ちはどこか幼く、柔和だ。だから真剣な表情を向けられても緊張するより先に、子犬か何かと相対しているような印象しか浮かんでこない。失礼な話なのだけど。
ややあって、彼女は口にする。
まるで常套句のように。
「探しものは、何ですか?」
どうしよう。
君には頼みたくない、というのが本音だった。
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