第50話(第一部エピローグ) 春を待ちながら

 村から離れた森。そこで向き合うのは、フレッドの荒い息遣いだ。最近の彼は自己鍛錬だけでは飽き足らず、サシでの訓練も希望するようになっていた。


「どうした、そろそろ終いにするか?」


「いや、もう一本!」


 腕輪のナイフが煌めく。真っ直ぐな打ち込み。それをオレは棒切れで弾き、次の攻撃を待った。


 ちなみに流儀は無い。お互いが型を知らないので、基本的にはケンカ殺法だ。武器を力いっぱいに振り抜き、たまに足技を織り交ぜ、砂を投げつけたりもする。玄人から見ればお遊びみたいな稽古だが、それもブラッシュアップすれば立派なものに昇華すると思う。そう感じさせるだけの熱意が、この少年にはある。


 それでもまだ幼い。狙いや誘いは素人のオレから見ても明確で、最後は抜き胴の一撃が炸裂して終わった。

  

「はいお疲れさん。大丈夫か?」


「だい、じょうぶ。ありがとうございましたぁ」


「そんじゃ腹を見せろ、治してやるから」


「回復魔法はいらないよ。シリアンナさんが言ってたんだけど、訓練の傷は自力で治したほうが良いって。その方が強くなるんだってさ」


「へぇ。そりゃ知らなかった」


 願掛けに近い発想だが、有り得そうな気がした。魔力が想いの強さに影響を受けるのだから、そんな成長プロセスも一般的なのかもしれない。


 フレッドはしばらく休むと言うので、オレは1人マンションまで戻った。エントランスが見えると、少女たちのさえずる楽し気な声色が出迎えてくれた。


「シンペイ様ぁーーおかえんなさい!」


 絶叫を響かせながら飛びついてきたのはシャーリィだ。さすがは腕輪の所有者。子供とはいえど、オレをよろめかせる程の圧力を自在に操りやがる。


 それからはシャーリィを抱っこした状態で庭に向かう。そこでは、柔らかで温かい笑みが待っていた。


「おかえりなさい、稽古はどうでした?」


「いい感じだったよ。フレッドの成長が早くて驚くよ」


「あまり無理はしないでくださいね。怪我でもしたら大変ですから」


「回復魔法があるじゃん」


「そういう話じゃありません」


 クロエが少しむくれる。このささやかな怒り、そして心配気な視線が心地よく感じられた。なんというか、凄く良い。


 ちなみにだが、つい先日までクロエは酷く沈んでいた。理由は巨人討伐の時に脇を嗅いだ件だ。彼女の助けで一発逆転という展開を迎えたのだが、クロエはそう捉えなかったらしい。


――私の脇が臭過ぎたから、あれだけの力が出たんですね。


 そう言っては塞ぎこんだ。見当違いも甚だしい。オレはクロエの薫りが甘美すぎて、とろけるような快感を与えてくれたから、全力以上の攻撃を放てたんだと繰り返し繰り返し説得した。するとようやくクロエは、清々しい笑みを浮かべながら囁いた。


――じゃあもう、それで良いです。


 その日以来、もとの明るさが戻った。たまに嫉妬や不機嫌な表情も見られるようになったので、より人間味が増したと言えるだろうか。


「シンペイ様、花壇ですよ花壇!」


 シャーリィが叫びながらオレの袖を引き、手入れされた花壇へと誘った。縁はオシャレにも赤いレンガで、土も存分に耕されたらしいが、何かの芽生えまでは拝めなかった。今の季節は冬。ここが命の煌めきで彩られるのは、次の季節を待つ必要があった。


「良い感じだよ、お疲れさん」


「クロエちゃんが頑張りました。でもシャーリィはもっと頑張りました!」


「そうね、シャーリィちゃんは張り切ってたもんね」


「えへへ。今日の一番はいただきました!」


 シャーリィは意外にもクロエに懐いている。いがみ合う事なんか一切無く、小さなキッカケから馴染むようになり、今では姉妹のように仲睦まじい。だから、この微笑ましい光景だって、もはや珍しいものではなかった。


 まぁ夜の監視は相変わらずなので、クロエとの進展が無いのは辛い所だ。


「春が楽しみだな」


 時間が物事を解決してくれる事は多い。暖かくなれば花は咲き始めるし、子供達も成長する。その頃にはクロエとも更に親密さを増し、裸の付き合いくらいは出来るようになっているかもしれない。


「そうですね。待ち遠しいです」


 クロエが眼を細めて花壇を見つめた。ところどころが窪んでいるのは、何かの種を植えたんだろう。


「そういえばさ、これから何を育てるつもりなんだ?」


「それは内緒ですよ。ねぇ、シャーリィちゃん」


「そうなのです。おっきくなってからのお楽しみです」


「教えてくれよ。気になるじゃん」


 その時腕輪がポンッと鳴った。そしてアドミーナによる横槍が入る。


「クロエ様、シャーリィ様のお二方が植えたのはマーグレットの種です。花言葉は奇跡の到来。この世界ではありふれた品種ですが、かつては王家の姫君が寵愛したとも言われる……」


 アッサリ告げ口しやがった。しかもふんだんな雑学とともに。おかげでクロエたちが反応に困って苦笑いしてるじゃないか、アドミーナこの野郎。


「ともかくだ。植えたからにはキチンと育てような」


「はいはーい! シャーリィが立派に育ててみせます!」


 そう言うなり、小さなジョウロで水をまき始めた。


 このひたむきさ。ついつい頬が綻んでしまい、動き回る小さな背を眺め続けた。クロエもそうなのか、オレの傍に寄り添いながら同じ方を見た。満ち足りている。オレは確かにそう感じた。孤独な日々はもはや過去のもの。今は愛する人、信頼しあえる人に囲まれているのだから。


 ふと空を見上げてみる。抜けるような青空は、どこまでも透き通っており、心を洗ってくれるようだった。


「春も楽しみだが、このままでも良いな」


 未来の展望は明るいが、現状もたまらなく幸せだ。いっそ時間を止めてしまいたいくらいに。そんなオレの呟きは、誰に届けるでもなく宙を舞い、一面の青に溶けていった。


 こうしてオレの慌ただしすぎる転生劇は、わずか数ヶ月でひとつの区切りを迎えた。1人で始めたちっぽけな生活は、今や遠い過去と思えるほど賑やかになり、そして充実感までも授かっていた。まさに幸福の絶頂とも言うべき隆盛期を迎えているのだ。


 ちなみにこれから春を待たずして、キノチトを中心とした大規模な反乱が起こる。その熱気は大陸全土にまで及び、やがて各地で国が乱立。一応の秩序が定められていた世界は、大きく激しく揺るがされてしまうのだが、それはまた別の話なのである。


<タワマン転生 第一部 完> 



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タワマン転生 〜異世界でも上質な暮らしを〜 おもちさん @Omotty

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