最終話「僕と彼女の本当の再会」


『――――以上をぉ、送辞の言葉にぃさせて頂きますぅ、二年間、二年間もぉ、

おぜわになりまじたぁ~!!』


 登壇し送辞を読んでいる現・生徒会長の吉川は涙を流し最後の方は無理やり原稿を読み切ると霧ちゃん達後輩らに連れられ舞台袖に戻って行った。


「はぁ、吉川は大丈夫か」


「霧華も居るし大丈夫だよ信矢」


「新人共も頑張っていたしな」


 僕と狭霧それにカリンは、今の様子を見ながら小声で話していた。あれから一年の月日が経ち僕らは送られる側になった。つまり今日は僕らの卒業式だ。


「逆に信矢は卒業生の言葉まで完璧過ぎたからね~」


「それはどうも、さて次は理事長のスピーチか」


 そして明らかに見憶えのある二人がスーツ姿で登壇した。二人同時な時点でおかしいが涼月総合学院は普通では無いので諦めよう。


『皆さん!! まずはご卒業おめでとうございます理事長の私、千堂七海と特別専任理事の千堂仁人様です!!』


 実は二人は卒業後すぐ結婚した。仁人先輩からプロポーズしたそうで実家には欠片も未練は無く即婿入りしたらしい。聞く所によるとサブさんと似た境遇で実家を追い出されたらしく意外な過去の接点が有り二人は仲が良いそうだ。


『――――以上で、私達からの言葉とさせて頂きます。このまま付属に上がる生徒の皆さんは引き続きよろしく、外部に行く方はどうぞお達者で~!! 』


 最後は凄いテキトーなことを言って二人は舞台を降りると卒業式は幕を閉じた。正直、拍子抜けだ。そして教室に戻ると工藤先生の最後のホームルームが始まる。


「まずは卒業式お疲れ様、それと改めて卒業おめでとう、皆!!」


 二年、三年と担任は持ち上がりだから自動的に工藤先生が三年の担任も引き継いでいる。僕としては小学校の時の恩師が高校でも担任になるなんて思わなかった。そんな人の最後の授業だ。




「月並みだが以上で、先生の最後のホームルームは終わりだ……みんな、この二年間で本当に立派になって……先生は感動した!!」


 先生は最後の言葉を伝え終えると涙を浮かべ僕ら全員を見て最後にもう一度おめでとうと言った。だがクラスではお別れムードにしては泣いてる生徒は少なかった。実はこの後に涼学主催の卒業パーティーが有るから厳密にはまだ最後の別れでは無い。


「春日井、竹之内、少しいいか?」


「はい、大丈夫です」


 狭霧も頷くと僕らは先生に連れられ空き教室に向かう。廊下ではスマホで写真を撮る生徒と教師、泣いて別れを惜しむ者など正に卒業式の風景だ。そのまま付いて行くと、そこは去年の僕らの教室だった。


「二人とも本当に、本当に卒業おめでとう……俺は君達の卒業を見送ることが出来て本当に特別嬉しいんだ……他の子達には悪いんだがな」


「ありがとうございます」

「ありがとうございま~す」


 先生は満足そう僕らを見ると二人同時に抱き締められた。少し苦しかったけど僕は嬉しかった。この人に卒業を祝ってもらえて卒業させてくれて胸が熱くなる。


「本当は小学校の時にこうしたかった……キチンと二人を卒業させたかった……ああ、済まない今は竹之内はダメだな、セクハラになるか」


「いいですよ、だって先生ですし~」


「そうですよ先生……僕は、僕らは先生の生徒で良かったです!!」


 そう言って今度は二人同時に抱き着いた。だって僕らは二人揃ってこの人に卒業させてもらえて良かったと心から思えるから……大事な恩師だから。


「春日井信矢くん、君の今までの人生は辛かったかも知れない。そしてこれからも苦しい事があるかも知れない。でも竹之内さんと二人で強く生きて欲しい。君を助けられなかった先生だけど、これからも教師として……そして一人の友人として二人の前途を祈っている」


「その言葉って、前に言ってくれた……」


「覚えててくれたか……今回は二人へ贈る言葉だ、俺の本当の初めての卒業生の君達には特別に言葉を贈りたかった、依怙贔屓えこひいきになるから他の子には黙っててくれ」


 それだけ言うと工藤先生は出て行った。狭霧も僕も目から涙がこぼれていた。昔と違い工藤先生とはすぐに会える。今は奥さんの梨香さんとは同じバイト先で今は空見澤に夫婦で住んでもいる。それでも生徒としての時間は今日で終わりだ。


「良かったねシン……先生の生徒で……」


「そうだね狭霧、今日が僕らの本当の意味であの小学校の時からの卒業だね」


 狭霧がコクリと頷くと自然と僕らは唇を重ねる。今日が僕らの本当の卒業だと思うと不思議な感情が支配して僕らはまたキスをしていた。




 そんな事が有った僕らは今、卒業パーティーに来ている。そして梨香さんに介抱され泣いている酔っ払いを見ていた。


「俺はぁ、俺はぁ~やっとぉ、二人をぉ~」


「はいはいアキ君は頑張ったわ……本当に先生になって、ほら生徒が見てるわよ?」


「でもぉ、梨香ぁ……俺はやっとぉ、君との約束をぉ……ううっ」


 先ほど僕らを感動させてくれた恩師は完全に酔っぱらって急遽、梨香さんを呼び出す事態になっていた。今日はバイトが無い日で助かった。


「先生……泣き上戸だったんだ」


「みたいだね……」


「悪いわね二人とも、アキ君ってタガが外れるとこうなるから普段は飲まないのよ、基本は弱いカクテルだけなの」


 そのまま先生は梨香さんと教師数名に運ばれ早々に帰宅させられた。せっかくのパーティーなのに残念だ。そして僕らは他のクラスメイトと合流する。


「今さらだが目はすっかり良くなったな河井」


「もう半年以上前の話だろ春日井」


 河井はユンゲから受けた怪我で去年の今頃は目に眼帯をしたままで完治したのは更に後だった。幸い眼球は無事で出血は多かったものの後遺症は無かった。


「凛なんか部長しながら甲斐甲斐しかったもんね~」


「ほんと、結局また狭霧のクラスに弁当持って行く事になったもんね三年は」


 狭霧と同じバスケ部の元副部長の佐野がからかうと今年の夏まで部長をやっていた井上は顔を真っ赤にして河井の横に並んでいた。今ではすっかりカップルも板に付いている。


「うっさい!! だって啓の怪我、それにタケ、あんたが部に復帰する時の話し合いとかも有って大変だったでしょうが!!」


「その節は一試合だけお世話になりました~」


 ちなみに全員が付属の大学に行くから春からも一緒だ。今パーティーに参加しているクラスメイトは全て進学なので実は代わり映えは無い。むしろ外部受験は特進科くらいだろう。


「でも啓の目が無事で良かった……もう傷も無いし」


「凛には心配をかけたな」


 そんな二人を見ながら横では狭霧のもう一人の親友、佐野優菜は僕らを見て愚痴り出す。割と最近は多い光景だ。


「あ~、いいな狭霧は二年後には春日井くんと結婚だし、凛もこのまま行ったら……ああ、私の運命の人はどこなのよ~」


「まあまあ佐野ちゃん、今日は飲もうや」


 すると後ろからジュースのビンをラッパ飲みしながら出て来たのは椎野と田町で三人でヤケ酒ならぬヤケジュースを始めた。当たり前だが僕らは未成年だからアルコールはNGだ。


「ううっ、ツッチ~、タマちゃん、あんたらだけよ仲間は」


「タマちゃんも止めて優菜……はぁ、確かに私もカレシが欲しくなるわね、大学で良い人いるかな?」


「無理っしょ、ほとんど同じメンツがそのまま上がって上も先輩たちだらけよ?」


 冷静な椎野の言葉に二人は意気消沈していた。そんな三人を河井たちに任せ僕と狭霧は別な人の輪へ向かう。見覚えのある人達を見つけたからだ。




「お? 来たな二人とも!! 待っていた!!」


「カリン、なんで制服からドレスに?」


 そこで待っていたのはサブさんとカリン、さらにレオさんと真莉愛さんに幸一くんというシャイニングと涼学の混合チームだった。そしてカリンは一度家に戻りドレスに着替えていたみたいだ。


「今日は三郎がめでたく出世したからな!! 妻として正装してきた!!」


「何を言っているのであるカリンよ、今日はお前の卒業式であろう?」


 昨年のEUFA事件の裏でサブさんは仁人先輩と大活躍で二人は僕らが通うことになる大学の研究所からEUFAの悪事を世界中に暴いていた。すぐに世界中が動いたのは陰で二人が下準備していたからだった。


「それはそうだが……どうだサブロー似合うか?」


「まあな……昔から黒は似合っていた」


「ふふん、当然だ!!」


 二人は何だかんだで僕らと同じ幼馴染に近い関係だから気心も知れていて波長も合うのだとか、しかも明日には婚姻届けを出すそうだ。


「紙だけはキチンと出せと父も母もお爺様も言っていたからな!!」


「まあ吾輩も年貢の納め時である、それに所長の話では結婚生活も悪く無いと聞く」


 そうは言うけど仁人先輩と七海先輩の結婚生活とはどんな感じなのだろうか? そもそも二人が普段、家で何をしているのかも気になる所だ。


「そういえばコーイチよ、お前は外の大学らしいな」


「ああ、そうだよカリン、一応は国立に合格できたから……」


 幸一くんはあれから更に勉学を頑張っていた。本当は我が国の最高学府に挑戦したかったらしいが先に受けた方が受かって後期を受ける気力は無かったそうだ。ドイツ留学も考えているらしく、その関係でカリンや僕との交流も三年では増えていた。


「本当に、こーくんは姉さんの誇りよ!!」


 真莉愛さんとレオさんも喜んでいて二人で夜食を作ったり予備校への送り迎えなどこの一年は全面的にバックアップをしていたそうで僕も何回か外で会っていた。


「じゃあ幸一くんは春から横浜で一人暮らしを?」


「そうなるね……空見澤からでも通えるけど二人の邪魔しちゃ悪いからね?」


 気にしなくていいのにと言う二人だが幸一くんが気にするんだろう。今は二人のお陰で幸一くんの家は経済的に楽になったから一人暮らしに踏み切ったらしい。


「何かあったら空見澤に戻って来なよ、皆いるからさ」


「もちろん、でも最初は一人で頑張ってみる……かつての君のようにね」


 他の特進科の生徒とも話が有るらしく幸一くんは真莉愛さんと二人で挨拶に行ってしまった。そのまま残されたレオさんが僕らを案内する所が有ると歩き出す。カリンとサブさんは椎野たちに囲まれていたが多分、大丈夫だろう。




「連れて来ましたよ」


「ああ、甲斐さん……すいません」


 案内された奥のテーブルではグッタリしながらラーメンをすする二人がいた。我が校を去年卒業し先ほど登壇した理事長様方だ。


「仁人先輩、七海先輩も何でラーメンを?」


「確かにパーティに変だよねラーメンなんて」


 俺とレオさんが言った瞬間、背後から気配がしてスパンと頭をはたかれる。振り返ると後ろにはラーメン屋の恰好をした愛莉姉さんとアニキ、そして私服姿の竜さんがいた。


「おいおい、シン坊にレオ、そりゃ勇将軒うちのラーメンがダメってことかい?」


「愛莉さんと店長!?」


「よっ、狭霧、実はお嬢からの呼び出しで来たのよ」


 その際にラーメンの注文もされたからアニキと二人で来たそうだ。そして竜さんも別口で呼び出されたらしい。


「じゃあ僕はここまで、引き続きパーティーを楽しむよ、じゃあ後でねシン君、狭霧ちゃん」


 それだけ言うとレオさんは真莉愛さん達を探しに行ってしまった。その間に仁人先輩がラーメンを完食し、やはり塩だなと呟いている。それには同意だ。


「ふぅ、ご馳走様でした……落ち着く味です、春日井くんが暴走していた時を思い出しますねえ、この体育館で第二人格のフリをしていた時が始まりでした」


「しみじみと人の過去の失敗談を語らないで下さい七海先輩」


 あの時の第二人格の俺が覚醒してからが始まりというのは分からないでもない。私が抑えてボクが引きこもる異常な状態、それを俺が打破し最終的に僕に戻れたキッカケの事件が、この体育館で起きた。


「そっか、もう一年か……シンも素直になるのに時間かかったね~?」


「言わないで狭霧……今夜オシオキしたくなる」


「や~ん、いっぱいして~!!」


 今では笑い話に出来るくらいになった。過去は変えられないけどこれからは変えられる。そんな事を思いながらキスしようとしたが愛莉姉さんに止められる。


「はいはいイチャ付くの止めな、そんでお嬢、呼び出した理由は何?」


「今日は暇だったし舎弟の晴れ姿も見れたから俺は良いけどよ」


 二人はコッソリ昼の卒業式も見ていたらしい。その際に母さんや奈央さんに見つかったらしいが家でそんな話は聞かなかった。口止めでもされてたのかな。


「実は皆さんに集まってもらったのは今後のお話のためです」


「待ってくれ四人は分かるが俺はどうしてだ? SHININGとして協力するが勇輝さんの下で動くって話だろ?」


 実は意外と千堂グループとは関係が薄い竜さんが言う。竜さんとレオさんは僕らと違って直接的な協力関係とは言えずアニキを通しての協力がメインだった。


「だからだよ川上竜人さん、俺や七海は有能な人間を欲している、実は既に甲斐さんとは何度か話をしていてね……君達もスカウトしたい」


「そりゃ今や世界規模の千堂グループ様からのお誘いは魅力的だがよ」


「心配しなくても三郎さんみたいに俺の直属でも、ましてや七海の下でもない普通に千堂本社に入って欲しい、君にはそれだけの頭脳と胆力が有る、ただ……」


 ただ有事の際にはSHININGとして戦って欲しいという話だった。言わば千堂本社に在籍させるのはそのための布石というか内部の監視役を頼みたいらしい。


「また嫌な仕事を……」


「最近は俺も七海も足元がおろそかでね、去年も安全だと思っていた涼学ここで不祥事が何度も起きたから守りを固めたい、信頼できる人間だけでね」


 少し考えさせて欲しいと言って竜さんは離れて行った。魅力的だが同時にリスクが有る。何より竜さんは昨年から一年遅れで大学生になり汐里さんとキャンパスライフを楽しんでいる最中だ。


「じゃあ俺と愛莉は今まで通りだろ?」


「そうですね……ただ、今までより呼び出しの頻度とバーの使用が増えると思います、それに伴い三郎さんからの提案で地下室の強化も」


「あの地下室、まだ使うんですか?」


 サブさんがカリンと同棲を始め千堂グループの一員になってから地下は、ほぼ使われていない。機材は残っているがグループから提供されているハイスペックな機材が有るから今さら感は強い。


「万が一の備えさ、建設中の第二研究所が有るのだが予備の予備の拠点として残したいんだ」


 実は今年も千堂グループに関係する事件は多かった。ただし学院や空見澤ではなく世界で起きていた。グループは以前にも増して成長を遂げ世界中に勢力を伸ばし今や大国に迫る勢いとなった。だから敵も多く備えを増やしたいらしい。


「さて、最後は二人のお話ですね、実は良いお話が有ります」


 その七海先輩の提案は僕を悩ませる事になった。




「シン、先輩たちの話は受けるの?」


 卒業パーティーから数日後、大学への準備をしながらデートをしている時だった。狭霧に不意に聞かれ僕は七海先輩の言葉を思い出す。


『私はあなたにも工藤さんや秋津さん同様、千堂グループの私直属のエージェントになって欲しいと考えています』


 そこで僕と狭霧は七海先輩の考えを聞かされた。先輩たちは数年前から千堂グループの掌握を狙って動いていた。そのために必要な人材を探し育成するために涼月総合学院を拠点とし僕や狭霧に目を付けたのだと。


『始まりはあなた達です、二人をこの学院に導いたのも私、そして期待通りの成果を上げてくれました。だから私はあなた達が欲しい』


 ゲームなら全ての黒幕にこんなこと言われたら断るだろう。しかし先輩らには利用され、そして利用し今は協力する不思議な関係だ。正直、凄く悩んでいる。


『天才と認定された俺を騙し切って竹之内を守り切った、その強さを何より買っている。将来、絶対にお前の力と才能が必要な時が来る……だから欲しいんだ』


 仁人先輩にまで熱烈に勧誘され横の七海先輩がピクピクと額に青筋を浮かべたので、その場は保留にし逃げ出したが答えは数日経っても出ていない。メリットは山ほど提示された、まずは僕と狭霧の大学での学費の全額免除および将来への投資だ。


「魅力的……だとは思ってるよ」


「だよね~、母さんもだけどシンママは狂喜乱舞しそう」


 違いない。母さんは相変わらず守銭奴というか節約するのが大好きだ。最近は将来の孫のために節約を開始してるほどで父さんも呆れていた。


「でも……」


 僕達にこれだけ援助するのは将来性を見込んでだ。だがそれは厳しい仕事が待っている事を意味している。僕の将来の夢は昔から変わらず狭霧と結ばれ幸せに生きることだ。


「でも?」


「色々と……リスクが」


 だが僕の選択次第で狭霧をまた事件に巻き込むリスクが増える。狭霧は僕のせいで事件に巻き込まれ命の危機が何度も有った。だからこれ以上、工藤先生やアニキ達と同じ道を選ぶのは危険だ。


「あっ、綾ちゃんから通知だ、ごめん少し返事するから待ってね」


 ちょうど狭霧のスマホに頼野さんから連絡が来たから僕らは近くのベンチで休むことにした。気付かず歩いていたが、ここは狭霧と再会したあの公園だった。


「そうか、いつものジョギングコースをいつの間にか歩いて……」


「ついに本格始動か~!! 名前はTwilight Diva黄昏色の歌姫?」


 ここは狭霧と再会した公園で、ジョギング後に休んだりバスケの練習をしたり他にもデートもしたし色々な思い出が詰まった大事な場所だ。


「頼野さんは何だって?」


「綾ちゃん、去年からお試しで組んでた二人とグループで動くらしいよ、近い内に三人で本格的なデビューだって」


 迷っている僕と違って決断し前に進んだ彼女は立派だ。最後に会った時は泣きながら空見澤を去った彼女も、この一年で成長した。向こうの事務所で素人のような二人と一緒に地下アイドルからやり直していた。


「でも綾ちゃん言ってたよ、私も信矢さんや秋津さんのように強く、私や梨香さんみたいにカッコいい女になりたいって、だから頑張れるって」


 あんなに自分に自信が無くて悩んで弱々しかった女の子が今は成長し立派に頑張っているのに俺は……。


「シンはさ……考え過ぎだと思う」


「でも僕は……」


 狭霧は恐らく僕の本心に気付いている。僕は自分を認めてくれた人達と世界を相手に自分の力がどこまで通じるか試してみたいと思っている。しかし、そのせいで狭霧を巻き込みたくない、そんな思いが頭の中を堂々巡りしている。


「たぶんシンは今、悩んでる。それも私のために」


「そんな事は……無い、よ」


「私はねシンと出会って運命が変わったんだって今でも思ってる」


 出会ったのは幼稚園の時で僕は一瞬で恋に落ちた。可愛くてでも目の前で泣きそうなお姫様……それが狭霧の第一印象で、あの日から僕は君を守りたいと、そう思ったんだ。




「あの日、泣いて世界が全部嫌だった私を、お姫様だって言ってくれた日から私の幸福は始まったんだよ」


「狭霧……」


 偶然にも狭霧は僕と同じく出会った日の事を思い出していたらしい。思わず感慨にふけってしまう。


「それは今も続いてる、私の幸せはシンの傍にずっと居ること、それ以外は何もいらない、だからね……これからもシンに付いて行くよ、どこまでも」


「うん、ありがとう……さぁーちゃん」


 でも、そんな事を言ってくれる狭霧だからこそ僕は決断しなくてはいけない。やはり彼女を守るためには平和な世界で普通に生きるのが一番だ。僕がそう決意しそうになった時だった。


「だから、シンの好きなこと、やりたいことをやって欲しい。私はどこまでも付いて行くから……いつまでも一緒に居るから!!」


「狭霧……」


 僕の内心は隠せていないのは分かってたのに狭霧は更に僕の上を行っていて僕の本当の願望まで理解していた。狭霧も成長してたんだ。


「それに信矢が……ううん、シンは色んな人と出会って大きくなったからカッコよくなったんだよね、あ、昔からカッコ良かったけど!!」


「ありがとう、僕がここまで来れたのは工藤先生の言葉が有ったから、アニキと一緒に戦えたから……ついでに仁人先輩の実験と、多くの人が助けてくれたから」


 狭霧の言葉に苦笑しながら頷くと思い出す。全ては君のために強くなろうと思った。君のために頑張った……それだけだったのを思い出す。


「うん……だから私のために大事な人達との関係を断つのは違うと思う、だって私が好きになったシンは……信矢はそういうとこ含めて全部だから!!」


「狭霧……そうだね、君を言い訳に僕は逃げようとしてた」


 自分に才能も自信も無い器用貧乏だと、でも僕は最初から最後まで竹之内狭霧が大好きなただの普通の春日井信矢だ……あのイジメが有るまでは当たり前だった事を忘れていた。才なんて要らない欲しかったのは狭霧だけだった。


「私もいっぱい逃げて来たから分かるよ……」


「いっぱい泣かせたね、辛い思いも……でも、だからこそ!!」


 だからこそ僕は決めた。


「狭霧……僕は決めた、大事なのは君を危険から遠ざけるだけじゃない僕自身が君をいつまでも守ることだ!! だから、だから、これからも君を守るから、この先も付いて来て欲しい」


「はい……ずっと守ってね、シン」


 舞い散る桜の中で僕と狭霧は本当の再会を果たした。本当の自分を偽り、怒りで我を忘れ、弱くて絶望した昔の僕はもう居ない。多くの人に出会いそれでも君を守るためにが決断し前に突き進むだけの物語が終わっただけだ。



―― これは弱くて悔しくて絶望した「」の物語。


――これは怒りから己の強さを求めた「」の物語。


―― これは臆病で情けない自分を隠すための「」の物語。


―――― そしてその先に進むための二人とその仲間たちの物語。



 そういう物語だった……でもこれからは違う。これからは僕と狭霧の物語だ。僕ら二人で作る当たり前の日々なはずだ。だからこれは、この物語は……。



――――これは僕と彼女の本当の再会までの物語。

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フラれた?秀才は最高の器用貧乏にしかなれない 他津哉 @aekanarukan

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