第33話【最終話】あたしはウソしかつかなーい!!
「んもー!! トケルンってば! あんたがナザリベスちゃんを挑発するから……」
「俺は挑発してないぞ! 謎々に答えているだけだ……」
「まあ……そうなんだけど。トケルンさん、最後くらい責任取ってよね……」
深田池マリサ、しゃがんで両手を頭で隠すのに必死だ。
その怯えている姿を見て、杉原ムツキは覆い込むかの勢いで自分の潔白を叫んでいる。
そんな2人の押し問答を傍にある木箱で身を庇いながら、佐倉川カナンは客観視していた。
「……トケルンって、そんな言い訳もういいから、早くこれ何とかしてよ!」
辺りは暴風である――
まるで日本海の荒波から吹き込む、
つまり風だけじゃない……その中で飛びまくている物がいくつもあって、かなり危険なのだ。
「早くって、これが謎々の第3問なんだから……しょうがないんだ」
「何がしょうがないんだ! ……って、トケルン格好付けても大したことないんだから!」
どさくさ紛れに深田池マリサが、意外と男心にグサッとくるセリフを吐き捨てる……。
――何故に暴風なのかと聞かれれば、このナザリベスシリーズを最初から御愛読してくださった方は……すぐ理解できる。
まだ全章を読んだことがない方は……読んでくださったら幸いである。
話を戻して、何故にと聞かれれば、その解答は『ナザリベスのゴーレム』である。
更に解説を付けようと……、
「トケルンさん! そんなしょーもない苦言も何もかもいらないから……早く第3問の解答を答えなさい! あんた、何でも解けるトケルンって言われてるんだから……」
木箱の間からヒョイと顔を上げては……杉原ムツキに対して、またも男心にグサリとくるセリフ――
言い放つや、佐倉川カナンは暴風から身を隠すために頭を下げる。
『ナザリベスのゴレーム』とは、7歳の幽霊の女の子が操るこじんまりとした、それでいて殺風景な人形である。
そのゴーレム、今まで2回登場している。
1回目は初回の中盤に出てくる『トランプカード』の場面、2回目は本栖湖ミカミちゃんの病床でナザリベスが操って回復を願った。
ナザリベスといえばゴーレム、ゴーレムといえばナザリベス――
「チウネルとカナッチよ! どーして、そこまでして俺に何もかもを任せようとする? 俺は純粋にナザリベスが出してくる謎々を解いているだけだぞ! どーして??」
「いやいや……、トケルンって、あんたが何でも解ける! って威勢良く胸張って言うからじゃない……」
彼の居直りぶりに……思わず頭を覆っていた両手を下げて、そんでもって右手であいつを指差して反論したのは深田池マリサで……。
これも幼馴染故なのか? 条件反射で彼にツッコんでしまった……のもつかの間、地下室の暴風はまるで洗濯機の中の渦である(中に入って体験したことはないけれど……)。
部屋の隅にでもあったのか? 木箱の中身――ワインセラーのワイン、その破片、つまりガラスの破片が空中を飛びまくっているのだ!
「だから、俺のせいにしないでくれないか?」
「ぜーったいにトケルン! あんたのせいだからね……きゃ!」
あれ、刺さったらヤバくね? ――御名答である。
ツッコミに更にツッコミを入れて、もうやぶれかぶれ……。
その表現の如く深田池マリサは、斜め向かいから飛んでくるガラスの破片が目に入ったのだ。
これは正真正銘の条件反射――考える間もなく彼女は身を低く伏せながら、両手で傍らに置いてあったリュックで自分をガード。
……そのリュックに、この暴風渦状態を作り出した張本人がずっと入っていたのだっけ。
ビュンビュン――
コーヒーカップにお湯を注いで、スプーンで混ぜ続けると渦潮状態になるように……それは空気中でも同じである。
ゴーレムがグルグル、グルグルと何を考えているのか、たぶんナザリベスが魔法で操っているだけだから、何も考えてはいないのだろう。
さっきから、ずっと地下室の中を回り続けているのである――
――ナザリベスといえばゴーレム、ゴーレムといえばナザリベスの解説を。
大体、ナザリベスってエリザベスを文字っているよね? と聞かれれば「はい、そうです」である。
ではどうして『ナザリ』なのか……。これは、イスラエルのナザレから拝借した。
世界地図を見れば分かると思うが、エルサレムに近い場所にある。
そもそもナザリベスシリーズは『ユダヤ教』の話をベースにして書いてきた……、それは何なのかと聞かれれば「物語を読んでください」としか作者からは言えません。
だって、それ自体も謎々の要素として、物語の中に注入させたものがナザリベスシリーズなのだから――
ではどうして『ゴーレム』なのか? それは、ナザリベスといえば……というくらユダヤ教とゴーレムには深い関係性があるから――
旧約聖書を読んでみましょう。
*
「もうって! トケルンさん!! これ、どうするのよ?」
髪を抑えながら、佐倉川カナンがモグラ叩きのモグラが巣穴から見せるように、木箱の向こうから頭を出して叫んだ。
「……って、どうするもさ、こうするも……謎々に答えればいいんだから」
どーして俺のせいになる? 俺は純粋にナザリベスと謎々対決をしていただけなのに……。
ここ最後にきて、何でも解くことができるトケルンと異名を持つ――杉原ムツキが少しイジケル。
「答えればいいって……、じゃ答えなさいな!」
だから、何で怒られなきゃいけないんだ?
杉原ムツキは、さっきから木箱の向こうで巣穴から頭を出しては下げる……出しては下げるを繰り返して自分を睨み付けてくる佐倉川カナンに、
「そういうお前は、何なんだ!!」
ほとんど逆ギレである――
「だったら、さっきみたいに自分でナザリベスの謎々に解答すればいいじゃんか! 天才数学少女なんだろ? 様々だぜ――」
「……あんたねえ? ナザリベスちゃんは、あんたを御指名してくださっているんだから、私は潔く身を引きまーす」
こちらも逆ギレだった……。
『身を引きまーす』と言うなり、本当に頭を下げては木箱の向こうに身を引いちゃった……。
「……………」
その姿を目撃するなり、杉原ムツキはポカンと開いた口が塞がらずに呆れる。
佐倉川カナン、逃げちゃったの??
――実は、そうじゃないのだよ!
佐倉川カナンには見えていた……何をか? ガラスの破片が自分目掛けて飛んで来るのを。
要するに、緊急避難しただけだ。
「ちょ、ちょっと! 2人共、この状況でケンカしないでよ……。ほんと、よくこんな『白鯨』モードでケンカできるよね……」
書いたはずだ……白鯨の
目の前に巨大な白クジラがいて全員で槍を持って戦わなきゃいけない場面なのに、どうしてこの2人は仲間割れする。
否か――責任転嫁だ……。
「白鯨と言うな、チウネル! それを言ったら俺は思い出すんだよ……大ケガをした自分の不甲斐無さをな」
「あーそれってさ! トケルンが滑り台の上から落っこちちゃったことは奇麗な思い出にして、大ケガは忘れてくれって……」
頭を両手で覆い隠しながら、身の安全第一に暴風から隠れキャラの如く現れては飛んでくる未確認飛行物体……確認できたから回避モード取れるんだったね……の“飛翔体”に戦々恐々しながら、
「トケルンの大ケガの話って、あれ何処かの山奥の町のあんたが小さかった時の恋愛話だったよね……」
「……
ここ最終話にてまだ惚けるのか……、だったら思い出させてやろうぞ。
チュー した話を――
「だから、その話は止めてくれ……チウネルさん?」
「トケルンって格好悪いんだ――」
舌を出して『べ~』して見せる深田池マリサさん。
その女子から男子へのセリフは、フルボッコものだと思う。
「……………」
「ちょっと! 無言突っ張るくらいなら、早くナザリベスちゃんの謎々に解答しろってばね!」
とうとう黙秘権を――違う無言で抵抗する杉原ムツキ――
それを、彼女は命令形でさっさと解いて、この暴風を止めてくれと指示してきた。
ここでおさらい、
ナザリベスの謎々――『あたしは、どーして怒っているのでしょう?』
言い放つや“▽+△”の呪文を連呼して、そんでもって飛び出してきたのが――
ところで、この記号って何ですかとよく質問されます――ウソです。
これもナザリベスシリーズの謎々の要素の一つであることは、教えておこうと思う。
ヒントは、ユダヤ教です。
「んもう!! トケルンって……私ゴーレムもう嫌だって……」
深田池マリサの頭の中に蘇るのは、勿論、初回の悪夢――家の中でゴーレムに追い掛け回されたそれだった。
それから……、今そこに身を下げて自分と押し問答、カナッチとも押し問答してくる彼、杉原ムツキに一方的にトンズラされて。
トランプカードをいくつか拾ってきてから俺の所まで来い! とかなんとか命令されて――
……という怒りも同じく蘇っていた。
「まあ、落ち着けって……要するに第3問の謎々――『あたしは、どーして怒っているのでしょう?』を当てればいいだけだから」
ビュンビュン様々な飛翔体――とくに危険な物はガラスの破片だけれど、その中でもトケルンは平常心を保ってナザリベスの謎々の解を深田池マリサに説いてくる。
「だったら……早く!」
「……って、分かってるから」
その刹那、
グォーーン…… グィーーン……
暴風の中で、今までとは違う飛翔体が飛んでくる音が聞こえてきた。
縦横無尽に飛び回っているゴーレム――それが深田池マリサ目掛けて、狙い撃ちの様に彼女に向って突っ込んで――
「うわー! 来た……って来るな!!」
絶対にぶつかりたく無い――ここでゴーレムとぶつかったら死ぬ……
死に物狂いで深田池マリサが地下室の床に這い蹲った!
間一髪……彼女目掛けて飛び込んできたゴーレムが、床上数十センチの高さを低空飛行――ほんと咄嗟の判断で這い蹲っていなかったら確実にボディーブローもの。
ぶつかったら死ぬ……。
もしかしたら本当に死んでいたかもしれない……と思える勢いであったことは確かだった。
「……もう! 教授ってば、子供のお土産はゴーレムしか知らんのかい!!」
独り大声を床に吐き捨てる勢いで、ツッコミを入れて深田池マリサは自身に気合を入れて乗り切ろうと。
「……ねえ! トケルンって、『分かってるから』って言ったよね?」
「ああ、そう言った……」
さっきより膝を床に付いて姿勢を屈めながら、
「ねえトケルンってば! ゴーレムを止める方法って確か1つしか無かったよね?」
ここで深田池マリサは何でも解けるトケルンの幼馴染――傍から見れば良き相棒のチウネルらしく、核心的な発言を放ってくれた。
「ああ、そうだ。その通りだ……」
ガラスの破片も刺さると痛いけれど、ゴーレムの玉砕モードの如く突っ込んで来るそれも重傷ものだぞ。
暴風は継続しており、姿勢をほぼ床と平行している杉原ムツキが淡々と返す。
「じゃ~早くそれを……トケルンって、持ってきてるのかな?」
「……チウネルさん! それって何のこと?」
木箱の上に……じゃなく今度は横から顔を出して、佐倉川カナンが彼女に大声を出した。
「……あのね、カナッチ! ……ゴーレムの額にね、トランプの『♡5』を当てればゴーレムの動きを止めることができるんだ」
「♡5って?」
無論、一度もゴーレムが動き回っているところを目撃したことがない佐倉川カナンは、知る由もない話である。
「……もう、説明は帰ってからにするから!」
天敵のゴーレムも嫌だけれど、飛翔体に当たって命を尽きるのも嫌だ……。
こんなことになるならば、いっその事、脱出ゲームで密室状態の中で窒息死した方がマシだった……。
深田池マリサは『ゴーレム退治』と『脱出失敗』を頭の中で、両天秤を使ってその2つを皿に乗せる。
「トケルンってば!! 私……もしも時間を遡ることができちゃったら、密室の地下室で命尽きちゃうから」
意味不明な深田池マリサの発言は、地下室内の暴風という“非日常”を体験しているがために吐いてしまった必然的暴言だろう――
結果、重きを与えたのは『脱出失敗』なのね――
*
「ねえ? ナザリベスちゃんは何に怒っているの! トケルン! もう解けているんでしょ??」
「……ああ勿論! 俺にはすでに解けているぞ」
ビュンビュン状態の地下室である――
会話を交わすこと自体も難しい状態なのだけれど、それでも杉原ムツキは深田池マリサにちゃんとそう返事した。
「じゃあ……ナザリベスちゃんは何に怒っているの?」
率直に彼に尋ねると、
「……ナザリベスは、自分に怒っているんだ!!!」
吐き捨てるように大声で彼女にそう言い放ったのである。
「トケルンさん! それって……つまり何に対して?」
所々で暴風により大声が
「それはなあ~! カナッチよ! それにチウネルも! それはなあ!!」
スゥーー
「さあ! お兄ちゃん!! もう、ここいらが年貢の納め時じゃない??」
木箱の上に堂々と立ち3人を見下ろしていたナザリベス――
突然、トケルンの目の前に姿を現してきた!
不思議なもので、自分達が暴風からガラスやらの破片から、ゴーレムから身を守っているのだけれど、当の本人はというと……なんと全く影響を受けずに直立しているのだ。
「さあ! 年貢を早く収めて……そいでからゲームオーバーになっちゃいなよ、お兄ちゃん??」
飛翔体もナザリベスの身体を抜けて飛び去って行く――
だけれど……その容姿、フランス人形が着ているドレスは暴風に対して激しく靡いていた。
一体どういう原理なのか説明がつかないこの状況を、木箱の横から見てしまったのは佐倉川カナンだ。
「……ナザリベスちゃん? あなた本当に……幽霊だったんだ」
無意識に呟いた彼女の言葉は、目の前の非論理的現象に天才数学少女と名乗られる日々を送ってきた者にとって、屈辱的な気持ちから出てしまった発言なのだと思える。
「……ナ、ナザリベスちゃん。もう、そろそろ止めてくれないかな? お姉ちゃんのお願いだよ」
その有り得ない現象を見ても、それ自体に気が付かなかった成績不振で赤点続きの深田池マリサが……何故だか恐る恐るナザリベスに懇願する。
幽霊が目の前にいることを恐れているのか、それとも暴風に対してか、はたまた彼女の天敵であるゴーレムにか?
全部だろうね……
「7歳の幽霊から年貢を収めろってな! ……こいつは滑稽だな」
笑える。杉原ムツキは床スレスレに姿勢を低くしている状態のままで、対照的に堂々と立っているナザリベスを見上げて。
「お兄ちゃん……。さあ! この最後の最期の難解な謎々を、どう答えるのかな??」
彼の目をしっかりと見つめながらそう聞いてきたナザリベス――
両手を大きく開いているその姿は、今の今まで自分の謎々対決に付き合ってきてくれてありがとう……という感謝の気持ちから見せた受容。
それとも、暴風にゴーレム攻撃に苦しんでいる“生きている”杉原ムツキへ、助けてあげたいんだけどね……というある意味いやらしい謎々か?
「残念だけどな……ナザリベス。俺には、お前の謎々は……すでに頭の中で解けているから」
「……お兄ちゃん。じゃあ解答は何かな?」
広げていた両手を下げて、ナザリベスはまだ彼から答えも聞いていないのに、
「教えてくれる? お兄ちゃん解答を!!」
なんていうか……、満足し切った表情を見せたのである。
真顔でも真剣でもない、かといって笑ってもいない……微笑んでも、少し口角が上がっていることは確かで、例えるなら『ホッとした……』の時に見せる表情の近い。
何でも解くことができるトケルン――杉原ムツキと出逢えたことに、ナザリベスは感謝しているように……なのだろう。という表情である――
「勿論だ。ちゃんと答えるぞ……。これでな!!」
ポケットにサッと手を突っ込んだ杉原ムツキ――
ゴソゴソと
♡5
である――
「あ……。またまただ……お兄ちゃん。 それ持ってきてたんだね。ほんと呆れるお兄ちゃん……」
トランプカードの『♡5』を見るなり、ナザリベスの表情が一気に明るくなっていくのが分かる。
頬を緩ませ口をニンマリと広げて、7歳の幽霊の女の子が見せるその表情――笑顔はとても可愛くて魅力的だ。
「ああ……、瑞槍邸に来るんだからな。……俺とナザリベスが出会った場所に。だから、持ってきて良かった……」
「普通は持ってくるかな……」
ナザリベスがそう聞いてくると、
「……だって、俺は何でも解けるトケルンなんだからな」
トケルン――杉原ムツキも一気に気を許して表情を柔らかくした。
謎々対決を純粋に楽しんできた彼は、ここ最後の場面でもナザリベスの謎々を解くことができて。
その安堵からか、口を開けて笑顔を見せる。
「トケルン……持ってきてたんだ。本当に凄いよ……」
まさかトランプカードの『♡5』を持ってきているって事実に、深田池マリサがビックリしたのか大きく呟いた。
言葉で発することで謎々を解いたんじゃなくて、物質で謎々を解いた杉原ムツキに感服したのだ。
「じゃ! 行くぞ!!」
暴風の中、杉原ムツキは立ち上がる。
「トケルン! ゴ……ゴーレムはすばしっこいから、気を付けて退治しちゃてね」
深田池マリサは依然と両手で頭を庇いながらだった。
「トケルンさん! ……気を付けて」
佐倉川カナンも木箱に身を下げた状態のままで、ナザリベスの風に靡いているドレスと飛翔体にはぶつからない矛盾現象を脳裏に思いつつ。
ゴーレムと『♡5』と――正直、どういう原理意味なのかは分からない彼女だったのだけれど、こんな暴風状態は俯瞰的に見つめ思っても、やっぱり嫌だから早く静まってほしいと願う気持ちが強かった。
ここは、兎にも角にもトケルンに任せようと――
「チウネル――、カナッチ――。いや~、俺もモテたもんだね」
何故かここで照れ笑いして頭を掻く杉原ムツキである。
第3問の最初から男のプライドを踏んずけ
いや……立った状態でそれだと、今度こそ暴風でボコボコに病院行きになっちゃうから……。
「もうバカか! トケルンって、そんな冗談はこの暴風を治めて休み休みでいいからね……」
「そうよ! このゴーレムを止めるには、あんたのその手で掴んでいる『♡5』をゴーレムの額に当てなければいけないんでしょ? だったら……早く!」
「……あれれ? 俺はいつゴーレムの額にこのカードを当てて……なこと言ったっけ??」
「……えっ? トケルン、だってそうだよね?」
「はぁ? ……トケルンさん」
深田池マリサと佐倉川カナンが同時にトケルンにツッコミを入れた……ダブルツッコミという大技だ?
「俺は……うん、言ってないぞ!」
――しかし、彼は彼女達2人から貰ったそれを、何食わぬ顔でスルーする。
スタスタと……暴風は荒れ狂っている地下室の状況ではあった。
……んでも、自称モテている男トケルン――杉原ムツキは気にしない。
彼が向かった先は当然の流れでゴーレム……ではなかった!
なんと、ナザリベスだった――
「ナザリベス……、今日は来ているんだろ? お前のママが……」
突然のその発言内容は、ナザリベス――田中トモミの生みの母親であるママ。
エルサスさんと離婚した女性、その離婚理由は……初回を読んでください。
(今更それをここで書くことは止めよう……)
「うん。……でも、なんで知ってるの? お兄ちゃん……」
「俺は、お前の墓石を見たんだぞ。そしたら……、お供物と同じく供えてあった紙に書かれていたのも読んでやった」
「お兄ちゃんって、勝手に見たんだ……。ま、でも……お墓のお供え物なんて誰でも見ていいか?」
ちなみに、ず~とナザリベスシリーズを読んでくれた方だったら、ある程度の確率で分かっているだろうけれど。
無人駅から見える神社の境内の後ろにあるお墓場には、ナザリベスの墓石が建ってある。
その墓石に刻まれている名前は――佐倉トモミ。
この佐倉という苗字は、本栖湖ミカンさんが言っていた『佐倉兄さん』の発言から理解できると思うけれど、エルサスさんの苗字である――
しかし、初回でトケルンは、この佐倉トモミを『旧姓』と言っている。
別に夫婦がどちらの姓を名乗ろうが構わないが、一応、正式には旧姓ではない――
では、『田中トモミ』の苗字である『田中』とは……そう、これこそが旧姓だ。
ということは――ナザリベスのママの苗字である。
ここで、大きな謎々があることに気が付いた人は凄いよ!
トケルンが初回の物語の最終話で、田中をナザリベスにとって『生』の象徴と語っている。
彼はそれを、瑞槍邸の部屋のあらゆる個所から推理したのだった。
どういうことか分かりますか?
どうしてエルサスさん――佐倉兄さんの自宅、瑞槍邸の部屋に旧姓の『田中』のヒントがあったのか?
これ以上書くと頭が混乱してしまうから、あっさりとネタバレしましょうね。
7歳という若さで病床で息絶えたナザリベス――佐倉トモミは亡くなり、墓石には当然に佐倉姓を記す。
自宅には田中トモミ――
ナザリベスのパパとママは、愛娘の死を……認めたくなかったのでした。
「俺は墓石に供えてあった紙を読んで……そこには、『毎年来ますから。あなたへ』と書かれてあった」
「あたしも読んだよ……」
「逢いたいんだろ? 『生』の象徴である田中トモミとして、生き返ってママと逢いたい――」
「――これが、お前が自分自身に怒っている理由だ」
「……うん。お兄ちゃん、だいせいかい!! やっぱ……お兄ちゃんにはかなわないや」
コクリと大きく1回、首を縦に振って頷いたナザリベスだった。
それは、4月4日の命日にしか成し得る事ができないだろう――ナザリベス最大のチャレンジ。
何でも解けるトケルンの力を借りて、生き返ってママに逢いたい。
「じゃ、俺が逢わせてやる……」
右手に持っているトランプカード『♡5』をゆっくりと、
「こうして欲しかったんだろ……俺に」
ゆっくりと……ナザリベスの額へとかざした。
「優しいね……。お兄ちゃんは……こんなの、あたしのわがままなのに」
「わがままでいいじゃないか……。まだ7歳の女の子なんだから……いっぱいわがままでさ」
ナザリベスの頬が赤らめてくる。なんだか恥ずかしい?
わがままな自分が? 違う、トケルン――杉原ムツキに『――いいじゃないか』と言われたことをだった。
照れているナザリベスに気が付いた彼も、なんだか微笑まずにはいられない――
2人はお互いの目を見入り、それをしばらく静止させた。
同じタイミングで、更に、微笑みを大きくしたのだった。
ぺたん
杉原ムツキはナザリベスの額に『♡5』を貼り付けた。
「これで、お前は……」
「あたしは、これで……生き返れるんだね!」
「ああ……」
「逢ってこい……。ママとパパと――」
*
――私達は無事にナザリベスちゃんからの3つの謎々を解いて、無事に地下室から脱出することができました。
それから、私達は2階にあるナザリベスちゃんの部屋へと行きました。
正確には、部屋の前から覗いていました。
ナザリベスちゃんの部屋には、ママとパパがいて、
ナザリベスちゃんがいて、
トケルンが言っていた、生き返ったナザリベスちゃんです。
「トモミ……」
「……ママ」
「トモミ……」
「……パパ」
天井にはいっぱいの左右対称に飾られた天体――
トケルンはこれを、エルサスさんのナザリベスちゃんへの想いを形にしたと言ったっけ?
“はとこ”の本栖湖ミカミちゃんに、自分の娘を重ねて飾った天体の数々です。
「ママ……。パパ……。あたし、生き返ったんだよ!」
「うん。……トモミちゃん」
「トモミ……。本当にトモミなんだな……」
――もう、感動ものの場面ですよね。
生き返った娘と再会することができたなんて、どんだけファンタジーなんだって話ですよね?
でもですね……。
よく考えてみたら、私達ってただのお邪魔虫?
「ねえ……。トケルン……、カナッチ……。もう私達さ、
私はトケルンの袖をグイグイと引っ張って、そしたら……。
「ああ……、ここの電車って4時間待ちだしな。今帰れば新山口駅まで丁度いい頃合いか?」
後ろを振り向いて、トケルンが小声でナザリベスちゃん達に気付かれない様に言いました。
「そ……そだよね。今度こそあの無人駅で時間キッカリに電車に乗れるよね?」
うんうんと……頷く私です。
「……それにしても、本当に生き返っちゃうなんて。……だとしたら、ナザリベスって本当に幽霊だったのかな?」
「何? 藪から棒に言っちゃって……カナッチって」
これも小声です。
「言うじゃない? 幽霊の正体見たり枯れ尾花って……」
佐倉川カナンが顔を少し上にあげて考えています……。
「いやいや、あいつはずっと幽霊だったって!」
だって、トケルンって三途の川でナザリベスちゃんと謎々対決したんですから……、
「そうよ……カナッチ。私だって、ゴーレムに追い掛け回されて酷い目にあったんだから。幽霊だったんだって……」
私達チウネルとトケルンは、こう言った後でお互いの目を見つめてから、
「……だよね?」
「……だよな?」
と、結論納得したのでした――
『逢いたかったよ! トモミちゃん!!』
「おんどりゃーーーー!!!!」
深田池マリサは攻撃を選択! 会心の一撃出たーーーー!!!!
「お前さ……、やっぱストレスが溜まってんじゃね……」
杉原ムツキは両手でお腹を押さえて、今にも失神倒れそうだった。
すでに記憶も遠く、何十発か……今目の前にいるラスボス? 怒りモード全開の深田池マリサが鬼の如くな表情で仁王立ちして、彼を睨み続けて。
「ほらほら……。やっぱ乗り遅れたじゃないって! トケルンさん? ……あんた、これから4時間待ちだよ。どーするのこれ??」
「どーするのって……。そんなの、待つしかないじゃんか」
「おんどりゃーーーー!!!!」
深田池マリサは杉原ムツキに対して、続けて攻撃を選択! またまた、会心の一撃出たーーーー!!!!
「ま、まあ……チウネルさんそれくらいにしてあげて、今度はナザリベスちゃんの代わりにトケルンさんが死んじゃうから……」
おどおどと滅多に見ることができない(できたくもない!)怒りモードの深田池マリサを、なんとか落ち着かせよと佐倉川カナンが2人の間に入って仲裁している。
「はあ……、はあ……」
息切れする深田池マリサ、本気で彼に怒っていた。
「……だからさ、待つしかないんじゃない。私もそう思うよ。……だって、どう足掻いたって電車は4時間後にしか来ないんだから」
「カナッチ……、私もそれくらい分かってるからさ」
「……そ、そう。よかった」
諫めるためにスタミナ使い切り、佐倉川カナンがヘタヘタとベンチに座り込む。
「チウネルさん。……私ね、計算したんだけれど。この無人駅で4時間待って鈍行電車に乗って、2時間揺られていたら、新山口駅に最終で午後11時24分に到着することができるから……、心配しなくても大丈夫だよ」
「ほ、ほんとに……カナッチ」
「ええ。駅前のホテルには確実に辿り着くことできるから……」
「よかった……」
それを聞いて、深田池マリサも怒りモードを収めてヘタヘタとベンチに座る。
「あーあ……。田舎の電車ってのは……まあ平和だよな」
杉原ムツキはいつの間にか座っていた。
彼はここに来た時と同じように天を――満天の星々を見上げていた。
「んもー!! トケルンって……」
と言おうとしたけれど、
「……ほんとだ。綺麗な星空だよね。トケルン」
深田池マリサも彼と同じく見上げた。
「ほんとに……。この2人って、いつもいつも……」
佐倉川カナンも星空を、
すると――
「お兄ちゃんも! お姉ちゃんも! カナッチお姉ちゃんも! 皆さん、たまには都会では絶対に見ることができない星空を眺めようね……」
いつの間にか、ベンチに座っている人物――
ナザリベス!!
3人が一斉に声を揃えてびっくり仰天である!
「ナ、ナザリベスちゃん? ……どうして、ここにいるの??」
「えへへ。お姉ちゃん、それはね~」
自分の頭をナデナデして、何故だか喜びを隠せない様子のナザリベス――
「皆まで言うな……。ナザリベス、俺が恋しくなったんだろ?」
「恋しく?」
ナザリベスが首を傾けた――
「ちょっとトケルンさん! 7歳に『恋しく』なんて、分かる訳無いでしょう……」
「えへへ。カナッチお姉ちゃん! あたし、分かるよ~! 恋しくってのはさ、トケルンお兄ちゃんとチウネルお姉ちゃんの関係のことでしょう♡」
「は? ……何言ってるんだナザリベス??」
「はい? ナ、ナザリベスちゃん……ごめん、ちょっと何言ってるのか分かんない」
「はい出ました! あたし――ナザリベスが一番最初に出した謎々の答えがこれだよ! ……最後まで読んでくれた方には分かったよね! ……えっ? 分からないって?? じゃあ、あたしが答えを教えるから……やっぱり、や~めた! 答えは次回作で教えるからね~♡」
ナザリベスよ、もう勘弁してくれ……
「じゃあ、最後のサイゴに読者様全員にもんだーい!! どうしてナザリベスは、今ここにいるのでしょうか? ……えっ? これも分からないって?? しょーがないね……、それじゃヒントをあげる。ヒントはね――」
あたしはウソしかつかなーい!!
終わり
この物語は、フィクションです。
じゃじゃーん!! ナザリベスだよ。あたしはウソしかつかなーい!!! 橙ともん @daidaitomon
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