第32話 ナザリベスといえばウソ、ウソといえばナザリベス――
ガチャーン
――それは扉が閉まる音であった。
「ああ、これ俺達、閉じ込められたな……」
ボソっと杉原ムツキが呟く。
「えっ? ウソ」
慌てて、深田池マリサが後ろを……閉められた扉へと振り向いた。
彼女はドアノブを握ると、上下にガチャガチャと動かしてみる……けれど、当然ドアノブはうんともすんとも動かなかった。
「もう……、これってヤバいんじゃ? トケルン?」
また後ろを――今度は杉原ムツキが立つ方へ身体を向けると。
「どうしよう? これもナザリベスちゃんの悪戯かな?」
ようやく身体の震えが収まってきたところだったのに、それもナザリベスの声を何度も何度もスマホを通して聞いたから、恐怖心も何処かへと吹き去って行ったのだ。
両手で胸元を覆うと、深田池マリサはまた身震いがしてくる感じで――
「ヤバいって……俺達が最初に来た時にも、閉じ込められたな……って? 何でチウネルは震えているの? 武者震いか」
「……もう変な冗談は、止めてくれる?」
「じゃあ、ここ地階1階だから、……ああ冷え性ってやつ?」
要するに、深田池マリサは怖がりなだけなのだと思うけれど――
一方の杉原ムツキというと、仁王立ちの様に両手を腰に当てて堂々と立っている。
例え、扉を閉めたのがナザリベスであろうとも――まあ、推測でそうなのだけれど……。
彼は地獄を一度は見て生死を彷徨った男である。三途の川で鬼も見た。
「チウネルさん――あんた薄着じゃね? だから冷えるんだよ。もう1枚羽織ってくればよかったのに……」
「それも、違います! だって閉じ込められているんだよ……」
そこへ、
「チウネルさん? よかったら私が羽織っているシャツを貸してあげようか?」
「カナッチ……それはそれで嬉しいんだけれど、私はこの地下室が寒くて震えているんじゃ……」
「……まあ、地下室で閉じ込められて、なんだか脱出ゲームみたいね? ……それともホラー映画?」
頭の中が論理構造いっぱいでできているのだろう……佐倉川カナンは対照的に怯えてはおらず、1階ロビーのシャンデリアを見上げていた様に、この密室となった地下室をぐるりと見回している。
「……あのさ、チウネルよ。1階ロビーの玄関も今さっきと同じように扉を閉められただろ? 思い出せよ、あのパータンと同じで」
「そうだけど……。でもさ、それは、あの時は1階の玄関だったから問題なかったのよ……私は」
あの時とは、初回の瑞槍邸の最初の場面だ――
杉原ムツキと深田池マリサがロビーに入るなり、後ろでガシャーンと大きな音を立てて扉を閉められて――勿論のことナザリベスの仕業であった。
「地上と地下じゃ……その、恐怖感が雲泥の差だもん」
「1階でもさ、地下でも、同じじゃないのかね?」
彼がこの時、心の中に思っていたことは、『……大体、これってチウネルの赤点のお仕置きなんだけどな……』という、お約束の彼女へ対する呆れた気持ちだ。
「同じじゃないのかね? ……って、トケルンさん!」
深田池マリサがその怖さのあまり、その場に
全く同情心の欠片も(ついでに優しさも)見せてはくれない彼に、思わずカチンと……一気に背筋を伸ばして直立して、
「だって! ……この地下室の酸素濃度って絶対ヤバいよ! 見渡すと……」
深田池マリサがキョロキョロと地下室の壁々を見渡して、
「空調設備も無いみたいだし……。あると言ってもさ、あの換気扇くらいだけれど……」
彼女が指差した先に見える空調設備だろう……ごく普通の大きさの換気扇――
「あの……換気扇って回ってないよね? チウネルさん……」
同じくぐるりと見回していた佐倉川カナンも、彼女同様に換気扇を発見していた……のだけれど。
その換気扇は全然動いてはおらず――
「うん。カナッチ……。あれ回っていないでしょ。これ絶対にヤバいパターンだよ……」
「……脱出ゲームだったら、あの換気扇に次への進路に繋がるアイテムが隠されているんだけど……」
そう言うと、佐倉川カナンは換気扇をじっと見つめて、
「でも、これがホラー映画だったら、そろそろ三輪車を漕ぎながらストーリーテラーのサングラスを掛けた不気味なオジサンが登場するパターン……だよね」
「もう! 脱出ゲームで例えるまでにしてよ……カナッチ! ホラー映画の例えはいらないってば」
ハローチウネル……さあ、ゲームをしようか?
君はこれまで、大学のテストで数々の赤点を取ってきたね……それは罪だ! 罰だ!
留年ものだぞ……。
さあ! 死にたくなければ――
*
「じゃじゃーん!! お兄ちゃん! お姉ちゃん! カナッチお姉ちゃん!!」
「う、うわーわわ……。出たよ、ストーリーテラーが……」
その声は、ここ地下室ついでに密室状態の中では、とてもよく響き通った――
いつものように、『雄叫び』をあげて登場したのはナザリベスだ。
「私、死にたくないよ……カナッチ」
「お、落ち着いてねチウネルさん……。って、大丈夫よね?」
ナザリベスの雄叫びに思わず条件反射で身体中の神経がビクン! ……と電気が走った深田池マリサ。
反動で背中を反らして、いや反らし過ぎてのイナバウアー状態に……なり掛けた。
……これもとっさの判断、脳の無意識による生命維持活動は凄まじい。
彼女は右足を半歩後ろに下げたのだ!
ど素人のスケーターがイナバウアーをやったら、頭打って危ないよね?
半歩後ろに下げた右足は、それすらも勢いを失うことなくズズ……っと地下室の床を擦る。
……けれど止まった。
今のチウネル――深田池マリサは、1人プロレスごっこみたいに海老固めの技を掛けられた女子プロレスラーである。
「――この地下室へようこそ! お兄ちゃん……あたし達って、この地下の部屋で初対面したんだよね?」
「ああ、覚えているぞ……」
「……あと、お姉ちゃん? そこで何やってんの……そのへんてこりんなポーズ」
「ナザリベスよ――それ以上言わないでくれ。チウネルにも色々と事情ってもんが……」
感慨深げに初対面の話題に入ろうとしていたナザリベスだったけれど、見ると深田池マリサがこの感動的なシーンを自らの変なポーズによって台無しにしていることに気が付いた。
杉原ムツキはあえて後ろを振り向こうとはしない――
彼なりの幼馴染に対する思いやりなのか? いやいや、そうじゃない。
では、振り返って見てしまうと100年の恋も冷めてしまう? それも否、彼女とは1秒たりともそのような大恋愛感情を持ったことは――
じゃあ、なんで振り向かなかったのか?
それは、見ると爆笑してしまうからが……半分正解で、もう半分の正解というのは、深田池マリサが見せた恐怖心と同じで、後ろに得体の知れないモンスターがいることに……あえて気付きたくなかったのだった。
杉原ムツキ! 後ろ!! 後ろ!!
「――っていうか、ナザリベス。さっさとこの地下室から出してくれ」
話題を本筋へと戻す杉原ムツキ。
「……お兄ちゃん! あたしが嫌だって言っただどう思う?」
「まあ……、素直に扉を開けてここから出してくれるなら、始めから密室状態なんて作らないよな」
頭を掻く杉原ムツキは思わず吐息を漏らす。
この後にくるであろう展開を、何でも解けるトケルン――はすでに理解していたからだ。
「だ、大丈夫……チウネルさん」
「うん、ありがと。……って、もう!! ナザリベスちゃん……こんな悪ふざけは止めようね」
背中を佐倉川カナンに支えられながら、深田池マリサは背筋を戻してなんとか平常へ帰ってきた。
「……悪ふざけじゃないよ、お姉ちゃん」
しかし、地下室の密室状態は継続中なのであり、彼女にとっては一難去ってまた一難……すでにもう一難という具合に不安要素を払拭できずにいる。
「ナザリベス! あんた子供なんだから、もっと子供らしく私達と接することができないの!」
佐倉川カナンの尖った声が壁々に木霊して――世話焼きのお姉ちゃんみたいに、やれやれ……という感じでナザリベスを見上げていた。
見上げていた――
初回を読んでくれた読者だったら分かるだろう。
そう! ここは初回で杉原ムツキと深田池マリサがナザリベスと対峙した、あのワインセラーの倉庫である。
ナザリベスは3人の頭上高く積み上げられているワインの木箱の上に、腰を下ろして足をバタバタさせていた。
「じゃあ、どうして私達を地下室に閉じ込めるの?」
「それはね、カナッチお姉ちゃん! あたしが生き返るための生け贄だからだよ♡」
少し冷めた視線を見上げながら、ナザリベスに向けている佐倉川カナン。
なんて言うか、猿蟹合戦の蟹さんがお猿さんを見上げる気持ちに似ているのだと思う……。
「生け贄って……、もう、ナザリベスちゃん! そんなこと言っちゃあダメだからね」
遠くの山に向かってヤッホーする様に、深田池マリサは両手を口元に充てて筒状態にしてナザリベスを説得する。
「じゃじゃーん!! あたしはウソしかつかなーい!!」
出たね!
ナザリベスといえばウソ、ウソといえばナザリベス――
残り少ないナザリベスシリーズの最終章。
7歳の幽霊の女の子の茶目っ気たっぷりと、笑顔も見せて大きな声を出し言うこのお決まりのセリフも……、聞き納めだ。
この『あたしはウソしかつかなーい!!』というセリフは、自己言及のパラドックスである。
自分で自分にウソをつくとどうなるか? ……という数学や物理で取り上げられる自己の論理矛盾を簡単に表現した言葉。
つまりは、ウソかホントか分かりませんよと、自ら発言していることになる……。
*
「お姉ちゃん……、カナッチお姉ちゃん。……んで、お兄ちゃん! あたしは今から3つの謎々を出すから、それに答えられないと永遠にこの地下の部屋に閉じ込められて、最悪死んじゃうからねー!」
なんとも軽快に言い切ったナザリベス――
幽霊であるのだから、自ら『死んじゃうからねー!』という発言に抵抗感はないのだろう。
けれど、3人がその発言を聞いた率直な思いというのは、幼い女の子がそういう物騒な言葉を使うものじゃありませんよ……という様な躾で我が子を戒める親のような気持ちだ。
また、実際に幽霊であるナザリベスから、最悪の場合には死に至りますと教えられて、こりゃ本格的に脱出ゲーム……そして、ホラー映画の様相が増してきたとビックリする場面である。
「死んじゃうからって、ナザリベスちゃん? それって本当なの……」
深田池マリサが真顔でナザリベスに話し掛けた。
もはや、恐怖を通り越した絶望感を抱いたような心中である。
「……まあ、あたしはウソしかつかなーい!! ……から、お姉ちゃん」
その彼女の表情を見下げながら目撃したナザリベスは心配して、気を使ってか? 自己言及のパラドックスでなんとか誤魔化した。
「……落ち着けって、チウネルよ。ってか、あんた無人駅の頃から今までずっと慌てふためいているな」
「そうよ、チウネルさん。1階ロビーのシャンデリアの明かりを見たでしょ? あれが点灯しているということは、エルサスさんがこの瑞槍邸に在宅している証拠じゃない」
杉原ムツキは借りてきた猫の如くビビりまくっている彼女を、横目を細めて気持ちドン引きしまくっていた。
一方、オドオドして再び両手で胸を覆ってしまった深田池マリサに、佐倉川カナンがゆっくりと歩み寄り……そっと彼女の腕に手を当てる。
感情に左右されることなく論理的に――しかも、そのロジックが1階ロビーのシャンデリアの明かりによる説明で。
「そっか……。そだよね? ……最悪の場合には、この地下室で大声を上げれば、なんとかなるかも……」
「じゃあ! 早速、第1問の謎々を出すよ~」
木箱で足をバタバタさせながら、目下の3人の心境を顧みることも無く……ナザリベスが冷酷に謎々対決を告げる。
「よし! 受けて立とうぞ、ナザリベス!! さあ、掛かってきなさい」
「もう! ナザリベスちゃんって、もう謎々なんかさ……。それに、トケルンも調子に乗って対決なんかしないでよね」
両眼をウルウルさせている深田池マリサは、すでに半泣き状態の一歩手前まできていた。
「だってさ謎々に答えられないと、どっちみちこの地下室から出られないんだぜ……。だから!」
右手の親指をグーと突き立てて、今の自分達が置かれている状況も忘れているのか?
杉原ムツキは自信満々に彼女に対して『心配するなって!』と返したのだ。
まあ、何でも解けるのがトケルンなのだから大丈夫か――
「トケルンさん? いい、ちゃんと全問正解するのよ……じゃないと」
そう言いながら、佐倉川カナンは手を差し伸べている彼女――深田池マリサの横顔を見つめて、
「……早くこの地下室から脱出しないと、チウネルさん……本当にあの世行きになっちゃうかもしれないから」
眉を下げて、蒼白な表情になっている深田池マリサを心配した。
「ああ、任せとけ! 俺に解けない謎々は無いから――」
「そうだったわね……」
兎に角、地下室から早く脱出しなければ……、佐倉川カナンの視線の先に見えるのは微動だにしていない換気扇――つまり、空調設備らしきそれだ。
このままだと地下室に二酸化炭素が充満してしまい、窒息死してしまうのだから――
かもしれない状況なのだと、……作者は付け書いておこう。
最終章で登場人物が地下室でゲームオーバーというバッドエンドは、このナザリベスシリーズには似合わないのだから。
冥途の土産話で、楽しい思い出話を語るのは――7歳の幽霊であるナザリベス1人で十分なのだ!
「もんだーい!! どうして、あたしは4月4日に死んじゃったのかな?」
それが第1問の謎々だった――
「え……。そ、それが謎々なの? ねえ、ナザリベスちゃん」
深田池マリサが、もはや横に寝て濡れタオルを
「……そんなの分かる訳ないじゃ……ねえ? トケルン??」
「いや、俺には分かるぞ」
何でも解けるのがトケルンである――
彼には『その日にナザリベスが死んだ理由』すらも、容易に解答できてしまうのだった。
ニヤリと口を緩ませて微笑むトケルン――杉原ムツキである。
「んじゃ。答えてよ……お兄ちゃん!」
ナザリベスは指名するかの様に、杉原ムツキに人差し指を向けて答えを尋ねてくる。
相変わらず足をバタバタとさせているのは、謎々を出している時がこの7歳の幽霊にとっては、一番嬉しくて楽しい気持ちになることができる時間だからだ――
至福の時間――そりゃ幼くして不治の病で亡くなってしまった自分自身にとって、一番周囲の人々とじゃれ合い遊びたかった時にそれを死が奪って行ったのだから。
心の底から、謎々をコミュニケーションツールと思っているのだよ。
でも、それに付き合わされる大人達……杉原ムツキ達にとっては、自らの存命を掛けた、まさしく命懸けの終活試験問題なのだけれど……
「簡単だぞ……ナザリベス」
言い切ったトケルン――
「
「だから……?」
聞き慣れない仏教用語が彼の口から出たのにも関わらず、ナザリベスはあっさりと理由を尋ねる。
「お前の命日の4日後が釈迦の誕生日になるよな? お前は、その4日前に死ぬことを決めたのだろ……」
両腕を組んだ杉原ムツキ、積み重なった木箱の上に座っているナザリベスを見上げながら、
「トケルン……、それ、どういうこと? なんで御釈迦様の誕生日が出てくる訳?」
その見上げている彼の顔を、斜め後ろからヒョイと顔を覗かせて尋ねるのは深田池マリサだ。
どうやら彼女の蒼白感は、今は収まっている様子で――
それも、ナザリベスが謎々で自分達にコミュニケーションしてきているお陰なのだろう……。
「どーして、御釈迦様が生まれた日の4日前に、あたしが死んじゃったのかな? それじゃあ、お兄ちゃん! 答えになってないよ……」
木箱に腰を下ろしているナザリベスは、悠々と何でも解けるトケルン――の解答の問題点を当てて述べた。
いまだ足をバタバタとしているのも、自分の謎々に(それも自分自身の)彼が戸惑っていることを面白く感じたから。
――しかし、
「ナザリベス、お前は自分の墓石に刻まれてある『自分の名前』を覚えているか?」
淡々と謎々の解説を述べ始める杉原ムツキ――
「うん! 佐倉トモミ――だよ」
大きく頷いて返したナザリベス、その声もここ地下室では反響して一層響いた。
「そして、お前の本当の名前が田中トモミ――だよな」
「そだよ! お兄ちゃん」
「――そして、お前は生き返りたいんだったよな?」
そうである!
ナザリベスが“ここにいる理由”は何だったか?
……それは、7歳の幽霊が新しく人間として生きていくことだ。
どういう形で生き返るのかは、前回に書いている――
「……ナザリベスちゃん。それって」
深田池マリサは心の中で、最初にナザリベスと出逢った瑞槍邸のエピソードの……とある場面を思い出した。
それは――
『生と死は同一 死は生の裏返し』
である。
『私達は死から生まれて死へと帰って行くのか、生を授かって死へと死んで行くのか?』
『私達の生と死というものには、始まりとか終わりがあるのか無いのか?』
チウネルは1人公園で座って、こういうことを心の中で呟いていた――
「ナザリベスが生き返りたいという理由って、私始めから分かっていたんだ……。それから……4という数字にこだわっている理由も、分かっちゃった……」
ポカーンとした表情で、ナザリベスを見上げている深田池マリサが独り言を喋る。
「……ねえ? チウネルさん。何が分かったの?」
支えていた手をゆっくり放しながら、佐倉川カナンが彼女に尋ねる。
「……あのね、カナッチ。私達生きている人間がキツイ時や辛い時に、『もう死にたい……』て思うことあるじゃない? それと同じで、幽霊のナザリベスちゃんにとっては、私達とは正反対で『もう生き返りたい……』って思うってことよ。――4という数字にこだわっている、つまり4月4日がナザリベスの命日なのは、『死』を意味する数字だからなんだよ……。不治の病で亡くなった7歳の女の子が生きている時に、最後にこだわったのが死だったの……」
「チウネルさん……。それ、数学でいうところの虚数と実数、あるいはマイナスを掛けるとプラスはマイナスになるということと同じなんじゃ」
「うん……。カナッチ、そうだと思うよ」
深田池マリサが顔を横に向けると、佐倉川カナンは彼女の目を見つめて――
2人は……息を合わせたかのように同時の大きく頷いたのであった。
「――お前の中にいる2人の自分と、エルサスさんと……離婚した母親と、その4人を、お前はずっと4という数字を思って……こだわって、そして死んでいった。ナザリベス……、お前は自ら積極的に病死することを選択したことで、生きることの意味(あるいは意義)、生きることの価値(あるいは尊さ)を、死をもって両親に伝えようとしていたんだろう。――そして死んだ4日後に釈迦の誕生日を持ってくることで、生まれたことの感謝(あるいは感動)を表現したかったんだな?」
「……せいかいだよ。凄いね、お兄ちゃん」
だけれど、ナザリベスは少し顔を逸らしながらそう言ったのだった。
誰でも(幽霊でも)、自分の心境をここまで当てられたら、それは恥ずかしい――
(――ああ、そうなんだ人って。私達は死ぬ日を選ぶって本当なんだ)
チウネルはこう思いました。
人は自分が死にたい時を選ぶという話を、私は誰からか教えてもらったことがあったからです。
臨終間際の病床に寝る人には、無意識の中で自分が死ぬ日を何時にするかを決めると……
*
「じゃじゃーん!! 気を取り直そうっか、お兄ちゃん? 第2問の謎々を言うよ~」
「……ああ、そうしようナザリベス。俺達もさっさとこの地下室から脱出したいからな」
両手を大きく広げて、ナザリベスが大きな声で次の謎々を言おうとすると、杉原ムツキは口角を上げて微笑んだ。
これは謎々対決なんだから……ナザリベスの本心を問いただすことは本筋ではない。
何でも解けるトケルン――は、気持ちを切り替えて。
「もんだーい!! この世界ってさ、ぶっちゃけ……何なのだろうね? お兄ちゃん……」
ナザリベスが出してきた第2問は……これ謎々なのか? と思ってしまうくらいに哲学的な難問だった。
「ナザリベスちゃん……。それ、もはや謎々じゃないんじゃないの?」
思わず一歩前に足を出して、オイオイ! ……ツッコんだのは深田池マリサである。
「いーえ! お姉ちゃん……ちゃんとした謎々だよ。だって、あたしの幽霊の存在理由そのものが、この問題なんだから……」
バタバタさせていた足を止めると、ナザリベスが木箱の上に立つ。
「幽霊の存在理由って?」
「じゃーヒントを出そうか? いつもお世話を掛けっぱなしで、苦労させてしまっているお姉ちゃんのためにね♡」
そう思っているのであれば、もう少しは大人しい幽霊になってよ……
深田池マリサの率直な気持ちである。
「ヒントはね……カナッチお姉ちゃんだよ。思い出してね!」
ナザリベスはそう言うと、スカートの端を両手で摘まんで『カーテシー』で挨拶して見せた――
そういえば初回のナザリベスでも、カーテシーをしてくれた可愛いシーンがあったよね?
……でも、積み重なっている最上層の木箱の上でそれをするとね、見えるから良い子は止めましょう。
勿論、ナザリベスは良い子(良い幽霊?)なんだけれどさ。
「それ……、それって、どういうことなの? ……ねえ、カナッチ??」
二度見して驚くかの様に、二度聞きして驚いた深田池マリサは、隣に立つカナッチ――佐倉川カナンを見つめて、
「RPGでしょ? ナザリベスちゃん!!」
すると、彼女は意外にあっさりと答えを言ってみせたのだった……。
「カナッチ? RPG?? どういう……」
チンプンカンプンで唖然とした深田池マリサは、何がなんやら意味不明だった。
「カナッチお姉ちゃん……どうしてRPGなの?」
摘まんでいたスカートから指を離すと、ナザリベスは今度は腕を組んで聞いてくる。
「だって、RPGってプログラマーとかシナリオライターとか、制作者が創らなければ存在すらできないもの! ……まさに『ポワンカレ予想』と同じね。私達から知るこの世界――ゲームキャラクターから思う雄大で幻想的なフィールド――」
「ぽわんかれ?」
首を傾けるナザリベスの様相は可愛い――
「ポワンカレ予想――ロシアの天才数学者グリゴリー・ペレルマン、私よりも大天才。その彼が見つけたの……この宇宙を俯瞰すること無く、その大きさを知る術をね。――4次元から3次元を見ることで、その内部を知ることは簡単だけれど、それが3次元の内側からでは難しいの……、でも、彼はそれを解いた。世紀の難問を――」
「……あの、カナッチ? どういう??」
赤点続きで補修補修の連続である深田池マリサには、佐倉川カナンの解説に付いていくIQを持っていない。
いないのだから……、天才数学少女の彼女に教えてもらったところで、意味不明なのは明確だろうに。
「――つまり、こう言うことだ」
突如、2人に歩みを寄せて話に入ってきたのは、杉原ムツキだ。
「この閉じ込められた地下室は、例えるならRPGみたいなもので、……ナザリベスという絶対的な支配者が密室を作っている。……けれど、その密室は外部から見れば、つまり瑞槍邸の外から見ればただのハリボテに過ぎないってことだ。――要するに、ナザリベスは俺達に『シュレーディンガーの猫』の気持ちを教えたかったんだよ。この地下室の密室を作り出すことで」
「ええ! トケルンさんの仰る通りよ。それが、さっきナザリベスちゃんが言っていた『幽霊の存在理由』だってこと……。チウネルさんに私言ったじゃない! 私達は実験体の猫の気持ちを、少しは考えてほしいって」
「ああ、そういえば1階のロビーで……」
「そういうことよ!」
にぱっ! っと笑顔で答えを教えてくれた佐倉川カナン。
すると、彼女は自分のポケットからある物を取り出した――それは、
テッテレー!! (← 自分で効果音を付けています)
「スマートフォン!!」
だった。
「……ああ、良かった! 幸いこの地下室は電波も通じているし……ね!」
それは、このまま密室状態が続いたとしても、電話一本で緊急連絡先に掛ければ救助に来てくれることを意味していた。
「……うん、せいかいだね。カナッチお姉ちゃん!!」
うんうんと、何度も首を上下に振って頷いているナザリベス。
だけど、刹那――それはやってきた?
「だけどさ……。最後の謎々は無理ですよ~みんな!」
「もうって! ナザリベスちゃんってば、いい加減に……」
ガックリと肩の力を落としている深田池マリサの姿は、RPGで例えるならばトリック・オア・トリート……墓場で徘徊しているゾンビである。
もうヘトヘトだよ……、という魂の叫びが聞こえてきそうだ。
「……いい加減にはしたくないんだよ。お姉ちゃん!」
トリック・オア・トリート!
パンプキンの
「どうしてなの? ナザリベスちゃん??」
「……だって、あたしのたった7歳で死んだ人生を、いい加減にされたらさ……幽霊になっている今の自分が自分で許せないんだよね!」
ナザリベスに魔法使いのとんがり帽子とマントを着せたら……逆に人気が出るのかな?
赤ずきんのような格好で登場する『なんとかクエスト』の魔法使いと、キャラが被ってしまうかもしれないけれど、いい勝負にはなるだろう――
そんな話をしている場合じゃない――
「それがホンネなんだな! ナザリベスよ!!」
杉原ムツキが顔を上げて、木箱の上に立っているナザリベスに言い放つ!
「うん! そだよ……お兄ちゃん!!」
「それでいいと思うぞ! 最後のサイゴの俺達の物語なんだから、存分に本音を言ってやれ!」
「分かった! お兄ちゃん!!」
トケルンは笑っていた――
ナザリベスも頬を緩ませ笑顔になっている――
「じゃあ最後の謎々だよ。あたしは、どーして怒っているのでしょう?」
刹那――
「▽+△ ▽+△ ▽+△ ▽+△」
ああ……、これってナザリベスが呪文を唱えて。
ということは……またしても、あの悪夢が再来するのですね。
ゴソゴソと……、
チウネルのリュックから何やら『とてつもなく、恐ろしい者を呼び出してしまった!』が非常に似合うあれが飛び出てきたのでした――読者様、お分かりで?
ゴーレムですよ……
続く
この物語は、フィクションです。
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