最5話最終話 孤独な神の癒しのために


 膨大な意識が収斂しゅうれんしながら、再び、ひとつの意識へと戻っていく。

 それは、私のひとり、私はアメであり、マチであり……

 時のない一つの意識に囚われる神だった。


 私は時の囚人であることに、かすかな温もりと幸せを感じる。


 リビングルームでは、母と夫が大騒ぎしていた。

 これも私。

 私が私にむかって心配している。


 私はその姿を眺めながら起き上がった。


「もう、大丈夫」

「マチさん」


 マチとアメと私は微笑み、心配顔で私はマチとアメと私を見つめる。


「お母さん、大丈夫よ」

「そうなの、良かった。いきなりお倒れになったときは、どうしようかと思いましたよ、心配しましたよ」


 夫が私の様子をみて、スマホで救急隊員とコンタクトしている。


「いえ、大丈夫のようです。意識が回復しました。はい、はい……、後ほど病院に。はい…」


 私は起き上がり、夫に向かって微笑む。まだ、意識は広大な虚無にかすかに残っている。


 救急隊員である私は軽く舌打ちして電話を切る。今日は妻との結婚記念日で定時に帰る予定だった。この約束を反故にすると妻の機嫌が悪くなる。これで大丈夫だとほっとする自分には苦笑しかない。


 私は出発の準備をする仲間の救急隊員に「もう、いいそうだ」と声をかける。


 私はアメとマチに縮んでいく。


「どうしたんだ、アメ」

「いえ、この人は娘じゃなくて、マチさんなんです」

「お義母さん、これはアメですよ」

「まあ、そうなの?」


 私は私に微笑む。


「あなた、やっぱりアメちゃんなの」


 膨大の記憶は少しづつ消え、時は一定に収まり、私はマチの記憶にもどっていく。

 孤独は少しづつ癒され、私は自分に向かって静かに微笑む。


「お母さん、アメは……、すぐ戻ってくる」

「いったい何を言っているんだ。アメ、どうした…、いったいなにを泣いてる。どこか痛いのか」


 涙がほほを伝っていた。

 私は自分が何者かを理解してしまった。


 私の孤独は永遠に癒されない。多くの私の孤独が癒されないように。


 私たちの孤独は未来永劫、けっして癒されることはない。


 私たちは、どれほど愛されても、どれほど満たされても、いつも心の角に孤独を抱える。なぜなら私はひとりぼっちだから。


     だから、


   私はただ静かに微笑む。


           たった一人で、


        静かに、


 宇宙に存在する孤独な神に、自分に、

 

     ただ涙する。

       涙している……


   ・・・


     ・・・

    

  ・・・



 あ!


 なに、このデカイ男は。

 マチは驚いて大きな男と、人の良さそうな女の顔を見た。


「あんた誰!」

「なにを言ってるんだ、アメ。椅子を抱えて歩いていた時より、さらにおかしいぞ」


 いったい何、アメって!

 この人たち、頭がおかしいの?


「病院に行こう。アメ」

「触らないで!」


 マチは差し出された夫の手を思いっきり、力の限り拒否した。

 そして、なぜか、理由もなく、幸福な気持ちに満たされた。


 

       ー 了 ー

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