第3話 夫の登場


 夫は三田! じゃない、見た!


 自宅のリビングルーム、

 妻と妻の母がテーブルの横でフロアに正座して、そして、他人行儀にお茶を飲んでいる姿を、


 だから、リビングのドアを音を立てないように、そっと閉めたのだ。おそらく嫌な予感がしたのだろう。


 夫は危機管理意識が高い。

 高すぎて、すべての危険ゾーンを回避すること神のごとし。

 いわゆる、石橋叩いて渡るタイプだ。


 石橋を叩く前に渡りきる実母のオババ、その息子とは思えない用心深さだ。

 ま、あの姑に育てられたとすれば、数々のいろいろの何ちゃらかんちゃらがあったことは容易に想像できる。


 育ちからくる結果の用心深さ。


 そして、幸いなことに?

 リビングのふたりは夫に気づかなかったようだ。


 夫は母を自分の親より気楽に感じていた。

 私の母は天然。人の言うことを信じて疑うことをしない。


 夫は一人になりたいとき適当に逃げる癖があって、それを姑は許さない。理詰めで追い詰める。しかし、母との会話では……


「今日は宇宙の僕の母星ぼせいと通信したいので、ほっておいてください」

「まあまあ、それは大変なお仕事を」

「では」

「そうそう、おわたしさんもね、今日、吉田近所のひとさんからスーパーでお嫁さんについてのお話をお伺いしたのですよ。なんでもお嫁さんに母性ぼせいが足りないそうで、それはお困りで、お孫さんがかわいそうって」

「ふむ、それは母星に帰らねばなりませんな」

「そうなんですよ、吉田さんもね。母性の問題が大きいんだそうよ」

「では」

「はいはい。ご苦労さまです」


 通じてるのか通じてないのか、奇妙な会話がふたりの間では常に繰り広げられる。

 かたわらで聞いてる私は非常に苛立つ。


 お前たち、会話とは、コミュニケーションとは、お互いの相互理解だ。

 そもそも、お互いに理解しているのか、はなはだ疑問だ。


「母さん、宇宙の母星って、意味わかってんの?」

「おや、アメさん。それは、宇宙にあるんでしょ」

「だから、根本的な問題は、夫になぜ母星があると思ってるのよ。母性とはちがうの」

「あらあらあら」

「あなたもあなたよ」と、夫に向かう「吉田さんのこと知ってるの」

「知らない」

「なんで二人の会話が成り立ってるの」


 夫は笑った。


「問題ない。お母さんとは、お互い気持ちよく会話ができた」


・・・・・・・


 そうして、夫はこの日、危機回避して二階へ向かい、母と私(マチ)はお茶を飲んでいた。


 夫はかろやかに二階への階段を登った。8段目に左足をおいた、まさにその瞬間、母の慌てた声が聞こえてきた。


「ど、どうしたの?」と、慌てふためいた母の大声。


 夫は少し迷った。

 どうしようかと、数秒ほど考えた。


「マチさん!」

 

 母の叫び声がさらに響いた。


 夫は階段を駆け下りると、リビングルームのドアを開けた。

 そして、妻が痙攣けいれんして、白目をいているのを発見したのだった。


(つづく)

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