第5話

 霊能力者、倉下彼岸花は知っていた。この現象が、決して良いモノで無いことを。金村の考えは当たっている。現象を引き起こしているのは、恐らく元妻の生き霊である。この山は俗に言う心霊スポットで、怪奇現象の目撃例も見受けられた。霊の類の影響を受けやすい場所であるのだろう。加えて、心霊現象は閉鎖空間で色濃く顕在化する。山中のトンネルや森の洋館での目撃例が多いのはその為である。この山で閉鎖空間と呼べるような建物はこの家くらいしかない為、生き霊と化した元妻の思いがここまで強く反映されてしまっているのだろう。そして、この生き霊は、現在に至るまで金村の生命力―寿命と言い換えてもいい―を貪り、消耗させている。


 しかし、倉下はそれを金村に説かなかった。



「そういうことでしたら、私の出る幕ではありませんね、それでは失礼します」


 ぎしり。


「もう、お帰りですか、よろしければお茶くらい飲んでいきませんか」


「いえ、大丈夫です。これ以上私がお力になれることもなさそうですし」


 ぎしり、ぎしり。


 入ってきたときは気にならなかった廊下が軋む音が、やけに耳に残るのを感じながら、倉下は屋敷を後にした。


 もし、彼女が振り返っていれば、家が大きく揺らぐのを目にしたかもしれない。



 金村の家を出た倉下は、いくつかの観光名所に立ち寄り、名産品を食べ、満足して帰宅した。



 倉下は、何も怪現象の放置を決め込んだ訳ではない。むしろ真逆とも言える。


 倉下が霊能力者として生を受けながら、今日こんにちまで、曲がりなりにも平穏に生きてこられたのには、単純な理由がある。倉下の霊能力者としての力は、常軌を逸して強靭だったのである。中学時代に言い寄って来た先輩の霊は人睨みで数キロ先まで吹っ飛んでいったし、修学旅行に現れた蠅の大群の霊は舌打ち1つで全滅した。

 そんな倉下である。具現化する力も持たない金村の元妻の生き霊など、瞬き1つで雲散霧消してしまった。


 もっとも、生き霊を祓うことができなかったとしても、倉下の行動は何も変わらなかったであろう。

 酒、煙草、勉学、恋愛、遊び、労働、育児。人は誰しも何かをすり減らして何かを得ているのである。金村が生き霊との同居生活に満足している以上、倉下には口出しはできなかったし、更に言うなら倉下に金村に対する、そこまでの興味は無かった。





 数日後。金村は死んだ。屋敷中に溜まった、己の生き霊さびしさに押し潰されて。



「ふうん」


 金村の屋敷が倒壊したニュースを片耳で聞いていた倉下は、携帯ゲームの電源を入れながら呟いた。



「猫でも飼うように言っとけば良かったか」

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笑う水道 もくたん @mokutan

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