これを愛と呼ばずして、なんと呼ぶ。

 まさに傑作。
 この一言に尽きます。

 わずか4,000字。
 読まなくては損です。
 それも、時間に急かされて読むのではあまりに勿体ない。秋の夜に、ゆっくりと時間をかけて読んでほしい作品です。

 主人公の男は、川の近くで女性から声をかけられます。
 どうやら人違いらしいということがわかりますが、女性の反応はどこか要領を得ず、様子が気になった男はそっと後をついてゆきます。

 この作品は少し古風な文体で書かれていますが、それがこの物語にとてもよく合っています。
 物語の舞台は、少し古い時代の日本とも、現代の日本ともとることができます。そういった仕組みもまた面白く、一度目は古い時代の日本を思い浮かべながら、二度目は現代の風景を思い浮かべながら読む、という楽しみ方もできます。

 二人が歩いている光景がとても美しく表現され、心のなかに秋の爽やかな空気が満ち、井の頭公園の豊かな自然が広がり、日が沈む寸前の強い一瞬のきらめきといった光の変化さえ感じることができます。
 また、比喩表現が巧みで、「大事なものを落とした子どものような」など、女性の表情をうまく表しています。
 感情の演出もおそろしいほど豊かで、たとえば、玉川上水の忌まわしい過去の話を丁寧に紹介したあと、橋の上で女性が佇む場面を持ってくることにより不安を表現していたり、示唆的なようでいてつかみどころのない遠野物語の話も、男性の戸惑いをよく表現しています。

 物語の起伏はゆるやかで、一見するとただ男と女が歩いているだけの話に見えるかもしれません。しかし、終盤にあっと思わせる事実が書かれており、その途端に物語は深い意味を持って鮮やかに色付きます。まさに「その瞬間」を、多くの方に味わってほしい作品です。

 最後まで読み終え、もう一度はじめから作品を読み返すと、これはあまりにも深い愛の物語だということに気付きます。特に序盤の一文一文があまりにも尊く、男のしぐさのひとつひとつに、言葉のひとつひとつに、どれほどの思いが込められているのかと想像するたび、心が震えます。

 不安を抱えながら、突き放すでもなく、手を引くでもなく、見守るだけというのが、どれほど辛いことか。しかし彼には「そうせざるを得ない事情」がある。その事情というものが、あまりにも愛おしいのです。

 おそらくは二人まだ道の途中にいて、行き先はおぼろげなのでしょう。
 きっと何かが欠けていて、それが何かはわからなくて。でも、それを手に入れられたとき、二人は今以上にかけがえのない存在になるんだろうなと思いますが、道の先はきっとまだ霧の中。

 物語が終わりに近づくにつれ、主人公の葛藤が滲みます。
 しかし、その根底にあるものは――これを愛と呼ばずして、なんと呼ぶべきか。
 そんな思いに駆られます。

 そして、最後の一文を読み終えたあと改めてタイトルの意味を考えたとき、やはりそこにも愛が込められているように思わずにはいられません。

 これを傑作と呼ばずして、なんと呼ぶ。
 そう叫びたくなる素晴らしい作品です。

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