ツンデレ探偵と芥川龍之介の読書感想文
lachs ヤケザケ
ツンデレ探偵と芥川龍之介の読書感想文
「たりぃ」
(何で高校生にもなって読書感想文なんだよ)
芥川龍之介の文庫本を、彼はぱらぱらとめくる。なぜそれかというと、課題図書の中でそれがとりわけ薄かったからだ。図書室での争奪戦(図書室に至るまでの徒競走も含む)を勝ち抜いて人気の本を獲得したのにかかわらず、彼は少し分厚い方がよかったかと思い始めていた。
薄い本は読むのは簡単だが、感想文で書くネタもそれに応じ少ない。厚い本は読むのが一苦労だが、あらすじや登場人物の説明で適当に文字数を埋めることができる。しかも、この人物のこういうところに共感した、と場面や状況を詳しく書き入れれば大分書くことができる。
(もういいや。ネットにある感想をちょっと変えればいいや)
彼は早々に諦め、コーヒーを飲み始めた。勉強している人が多いからといって、マックではなくスタバやドトールのようなカフェの方が集中できると思ったのは、ただの思いすごしだったようだ。
(四百円、他のことに使えば良かった)
四百円あれば、マンガ本一冊買える。コーヒーを見つめながらそんなことを考えていると、
「この椅子、使ってもいい?」
声が上から降ってきた。
「あ、ああ。俺、一人なんでいいっすよ」
彼が見上げると、長い黒髪のストレートに黒縁メガネ、黒いスーツの秘書みたいな女の人がいた。
「ありがとう」
軽く会釈して、彼女は椅子を隣にずらし、男を呼ぶ。来た男は金髪にピアス、ところどころ破けたジーンズ生地の服であり、彼女とは対照的だった。
(まさか、カップルじゃねえよな)
好奇心は猫をも殺す。いらぬ邪推から彼らの会話に聞き耳を立てたのが、彼にとっての失敗だった。
「先生、さっそく来月の話となりますが――」
先生?こんな金髪にぼろぼろ服の奴が先生?
「次は萌え系で行きましょう」
何を言っているんだ、この女は。
「担当さん。萌え系ってなんだ?俺はそういうのは興味ないんだ。こう猫耳とかツインテールとかメイドとか巫女とかツンデレとか妹くらいしか知らん」
いや、それでいいんだよ。てか、担当と先生って、マンガ書いてる人か?まあ、やっぱりカップルじゃなかったな。
「わかりました。それでは、次の探偵は猫耳にツインテール、メイドにして巫女、ツンデレ妹にしましょう!!」
詰め込み過ぎだ!!メイドにして巫女なんて、どうするつもりだ。
先生、断れ、断るんだ。
「よし、OK!」
あっさり受けた。書くのかそれを。おいおい。
「にしても、担当さん。突然、萌え系とかどうしたんだ?」
「悠長なことを言っていますね、先生。今の時代、本は売れてないのに、本屋には本が溢れています。推理小説も山ほどあります。読者はもう自分で良い本を見つけようという気をなくしてしまっているのですよ。売れているのは賞をとったのやら、雑誌で紹介された本ばかり。超大作や感動物を書けない先生のようなほどほどの作品は埋もれる運命にあるのです!正直言って、売れません」
「ううう」
……。不景気というけど、どこの業界でも大変なんだな。
「ですから、萌え系の探偵で差別化を図るのです。また、軟体生物みたいになって、テーブルの下に入り込もうとしないでください。この前、スカートの中を覗き見しようとしたと勘違いされたでしょうが」
「ううう」
……。大丈夫か、この作家。
ちらりと覗き見ると、担当者が作家の襟をマジックハンドで掴んでいた。力なくぶらりぶらりと吊られる作家。
……。本当に大丈夫か。
「ほら、一緒に考えましょう。先生の作品を待ち望んでいる読者もいますから」
「ほんと?」
「本当です。ファンレターが来ているので、読みますよ。『大好きですべての作品を読んでいます。駄目だと思っても、ついつい夜更かしして読んでしまう面白さ。作者さんはすごいですよね』」
いや、さ。それ、簡単な縦読みじゃね。聞いててもわかるんだけど。頭文字を繋げたら『大駄作』じゃねえか!担当さん、他のファンレターはなかったんかい!
「そうだとも!読者が待っているなら、しょうがないなあ」
いや、気づけよ。作家だろ。曲がりなりにも、文章書きだろ。
「では、おおよその構想を練っていただきましょうか」
「う~ん。猫耳、ツインテール、メイド、巫女、ツンデレ、妹か。ツンデレが一番文章で表現しないといけないところかぁ」
「そうですね。見た目ではなく性格ですからね。萌え系の要素の中でも、ツンデレを強くだしましょう。ツンデレ探偵とタイトルにもデカデカと出して」
「ツンデレ探偵。いいねそれ」
碌なことにならない気がしてきた。
「ツンデレ、ツンデレ、ツンデレ……。う~ツンデレ。最初はツンツンしていて、でも本当は……というところがミソか」
「そうですね」
「雪が降りしきる日、山荘に集められる一癖も二癖もある人々。ゴスロリ、執事、ナース、眼鏡男子、花魁、神父、そして、猫耳にツインテールをしたメイドにして巫女なツンデレ探偵。それぞれの思惑が交錯する中、連続殺人事件の幕が上がる」
「ちょっと待ってください」
「へ?担当さん、何?」
「妹が抜けてます」
「あ、そうだ」
つっこむところはそこか!
「雪が降りしきる日、山荘に集められる一癖も二癖もある人々。ゴスロリ、執事、ナース、眼鏡男子、花魁、神父、そして、猫耳にツインテールをしたメイドにして巫女で妹なツンデレ探偵とその兄。それぞれの思惑が交錯する中、連続殺人事件の幕が上がる。ツンデレ探偵・寒田甘子は一目見た時から、犯人が気になっていた――」
探偵が犯人に一目惚れするのか?それは、少し面白いかもしれない。
「しかし、犯人だという証拠もなく苦悩するツンデレ探偵。つい犯人に向かって冷たい態度をとってしまう」
「読者からしたら『わかってるくせに~』と思うわけですね」
違うだろ!!ツンデレの意味が違うだろ!!何で一目見て犯人がわかるんだよ!おかしいだろ。その状況からして、殺人事件が起きる前だろうが!!なんだこのぼけぼけコンビ!担当も作者もぼけでよく本ができるな!
「無情にも次の殺人が起きてしまい、遂にツンデレ探偵は決意する。全員を居間に集めて、犯人を告発することを――」
次の犠牲者が出る前にしろよ。
「猫耳で家猫から得た情報を元に、犯人を追いつめるツンデレ探偵。悪足掻きして逃げようとする犯人を回転ツインテールでブロック、メイドお盆アタック、巫女札で調伏。そこで決め台詞を言う――
『あ、あんたなんか犯人だと思ってないんだからね!』」
どっちだ!!
「決まりましたね」
決まってねえよ。全くもって決まってねえよ。ここは担当がしっかりするところだろうが。
「あ、でも。ちょっと待ってください」
「ん?何かある?」
「最後に妹が足りません」
「あ、また忘れてた」
どうでもいいとこツッコむんじゃねえよ!重要なのはそこじゃねえ。ていうか、徹頭徹尾おかしくて駄目だということに気づけ!
「逃げようとする犯人を回転ツインテールでブロック、メイドお盆アタック、巫女札で調伏。そこで決め台詞を言う――
『お、お兄ちゃんなんか犯人だと思ってないんだからね!』」
兄さん、犯人になった――!!
「すばらしいです。さすが先生」
もう駄目だ、こいつら。
「プロットは要りませんので、すぐにそれで書き始めてください。締め切りはいつもの通りで。締め切り厳守ですよ、先生。ツンデレ探偵なんて、ワクワクしますね。読むのが楽しみです」
「いやあ。担当さんのおかげ、おかげ。ツンデレ探偵なんて、俺一人じゃ思いもつかない」
ツンデレ、ツンデレって、ツンデレの意味も知らないくせに。
ツンデレっていうのは、ツンデレっていうのは……
『芥川龍之介の『羅生門』に出てくる老婆はツンデレである。今までこの『羅生門』が下人側から描かれているために、注目されることはなかっただけのことである。老婆は颯爽と現れた下人に一目惚れをしてしまい恋に落ちるが、年齢の差とあまりの気恥ずかしさから逃げ出してしまう。逃がすまいとする下人の強引さに、老婆は胸を高鳴らせ、それでも嫌だと身を揺する。しかし、下人が太刀を抜き目の前に突き付けた時、老婆は悟るのだった。下人はヤンデレだと。顔は紅潮し、緊張から喉を震わせ、老婆はゆっくりと自分自身のことを語る。心の中では、勘違いしないでよね。脅されて話しているだけで、あたしのことを聞いてほしいわけじゃないんだから、と思っていたはずである。この話のクライマックスは何と言っても老婆の服を下人が剥ぐところであり、最後にようやくデレた老婆は下人に身を任せ――』
読書感想文を提出した翌日、彼は先生に呼ばれた。
「どうして『芥川龍之介とツンデレ』なんて書いたんだ?」
「俺にもよくわかりません」
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