創生の巌 ~ 武蔵野今昔がたり
からした火南
創生の巌 ~ 武蔵野今昔がたり
武蔵野台地の中程に、浮船がごとき
東西二里半を超えるこの丘には
ふたつの人造湖の
もしくは、近隣の火山より飛来したものではないかとも考えられる。二万年の昔、富士の山と箱根の外輪山は永きに渡り、噴火を繰り返し噴煙を吐き続けていた。武蔵野の扇状地にも火山灰が降り積もり、厚い層を成している。噴火の激しき
しかしながら、百尺という常軌を
一千五百年の昔より、巌に宿る者が在る。
その者は
巌に宿る神は、武蔵野に昇る月を好んだ。
武蔵野には元来、
だが
「久しいな……」
そう言って、
「ミシャクジか。珍しい」
「月を愛でておったら、ふとお主を思い出しての」
「
ミシャクジと呼ばれた童女は、古くよりこの地に住まう土着神が一柱である。
「
「
そう言うと下草に積もる落葉の上に腰を下ろし、岩肌へと寄り掛かる。晩秋の夜風に冷えたミシャクジの体に、陽光の
「して何用だ」
「用など無い。逢いに来ただけじゃ」
そう応えると
奥多摩の尾根より昇った月はすでに高く、この小高い丘の頂からも梢の向こうにその姿がはっきりと見えた。丘の下へと目を移せば人の
「ここの眺めも変わったものだの。前に来た時は、夜が夜として在ったはずじゃが……」
「前は確か、江戸の世であったか」
「あの頃の
三百年程前にミシャクジが訪れた時、武蔵野では盛んに新田開拓が行われていた。
武蔵野の大地は厚い火山灰に覆われ、その下には多摩川が運んだ砂礫が広がっている。つまり土地が水を蓄えず地下へと流れ去るため、開拓には新たなる用水が必要であった。丘の南側には
萱の茂る野原を
その頃の肥料と言えば
見渡す限りの萱原は、人の営みの中で雑木林や畑地へと姿を変えた。しかしこの里の風景も、二百年の
「のぉ、デエダラよ……」
巌に宿る神には、
「もう、人の世には関わらぬのか?」
寄り添ったまま目を閉じ、デエダラに尋ねる。
「……関わらん。
ミシャクジは改めて、眼下に広がる家々の
「武蔵野の
溜息に混じって、ミシャクジの口から不平が
「……何処へも行かん。武蔵野は美しい、今も変わらずな」
静やかなデエダラの
「この風光の何処が美しい! お主が好んだ萱原に昇る月は、もう二度と見られぬのだぞ!」
ミシャクジの
「人の営みは、
「野を焼き、林を拓き、奇妙な住処で地を埋めようともか?」
「林を造って二百年、
「そうであろうが、しかし……」
「ミシャクジよ、お前は雑木林の里を好んでおったな。あの林とて人の手で造られ、人の手で支えられたもの。人の造りし物と自然の釣り合いが、お前の目に好ましく映ったのであろう。造り生もうとする営みは、何物にも代え難い。今は釣り合わずとも、やがて
「この国を造ったお主が言うのじゃ、きっとそうなのであろう。とは言え、
そう言って再び目を閉じる。遠くの
「この月とて、無論お前とて我とて、変わらぬではなく
不意に
やがて
「
目を閉じたまま、デエダラの声に身を任せる。寄り添う岩肌からは、変わらず温もりが伝わってきた。
十六夜の月は
(了)
創生の巌 ~ 武蔵野今昔がたり からした火南 @karashitakanan
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