10-X3

 これは思いもよらぬことだ、フェリタドラは素直に驚きを発する。


「……ほう」


 目の前で行われている準決勝第1試合。

 ここまで3試合を御家の名前で勝ちを盗んだ恥知らずだ、4度目も当然の権利だと威光をひけらかして潜り抜けると思っていた。

 その予想が外れたのだ。


 少年が斬りかかる、少女は回避する。

 少年が力んで斬りかかる、少女は事も無げに回避する。

 少年が気勢を上げて斬りかかる、少女は僅か一歩で回避する。

 少年の怒りが奇声と化すも、少女は気にした風もなく蝶のように舞う。


 もはや舞台上の争いは模擬戦とも思えない。

 例えるなら逃げる女に未練たらたら、必死に追いかける哀れな道化の芝居。

 ここが劇場であれば観客席の応援を一身に集めるのは女、野次を全身に浴びるのは男だっただろう。


(歌劇の演目に使えそうね)


 青天の霹靂、武術の疲労会に現出した番狂わせの笑劇は程なく終了した。

 追いすがった道化が突然ゼンマイの切れた玩具のように倒れ込んだからだ。理由はわざわざ考えるまでもない、未熟さ所以の疲労である。

 無様にも地面にひれ伏した道化を前に踊り切った少女は息ひとつ切らさずに佇んでいる。一太刀も浴びせることなくドゥーガン・コートラドに土を付けた少女。


「……ユニーク」


 人知れず評する、少女が為した断罪の手段に感心したからだ。

 回避の技術が高かったのもある。如何に相手が精彩さを欠いた未熟な剣であろうと受け止めや受け流しを用いず避け続けるのは困難。それを少女は避けに徹し、間合いを見切ることで紙一重の見切りに至った。なかなか出来ることではない。

 しかしフェリタドラが真に感心したのは決着の付け方。


 彼女が考えていたドゥーガンへの制裁は一撃決着。

 技術披露の場とされた模擬戦である、その意を受けたフェリタドラは一定時間の打ち合いを選択した。対戦相手の技術が如何ほどか、教員に示せるだけの機会を与えて競り合いをする時間を置いたわけだ。

 3試合続けて行った配慮、1分前後の技術披露をドゥーガンには与えず一太刀で叩き伏せる。これが彼女の想定した処断方法。

 問答の余地はない、彼には見るべきものが何もない──これら事実を以って強烈なメッセージとするはずだったのだが。

 ドゥーガンの対戦相手は彼の行いに対しての因果をより際立たせた。


(彼女は一太刀も浴びせず、剣を合わせることもなく、彼の実態を周囲に知らしめる形で未熟さを露呈させられた。教員からの叱咤も併せてこれ以上ない形)


 分を弁えず、己が程度の不足を権力で補った独りよがりの末路。彼の為した浅慮が彼ひとりに跳ね返る決着。それに楽観主義が入って可能性は低いと思うのだが、


(わたくしが頭から抑えつけるよりは、まだ自らを振り返る機会足りえるかもしれない……)


 上位者からの処断ではなく身の丈に収まる自滅、少女のつけた始末はフェリタドラには成し得ない地位であり持ち得ない発想。

 自分よりも妥当かつ穏当な解決策を実施、完遂させた相手に称賛を送ったのは当然だった。


 ──無論、買いかぶりである。

 アルリーが可能な限り当たり障りない決着を望んで考えていた合間にドゥーガンの体力が尽きただけの真相。

 しかし起きた事実だけを列挙すれば、虚名を求めた伯爵家嫡男が実態を暴露されて惨めに沈む。己の器に見合った過剰も過不足もない、実に因果応報な決着に落ち着いたのだ。


 全ては偶然、しかし神ならぬ大公家令嬢に森羅万象を読み解く力はなく。

 はたまた奇妙な縁の糸が幻想を紡いでしまった。


 見事な裁きを下した少女、次なる決勝で剣を交える相手の素性。

 フェリタドラ・レドヴェニアは見知っていた。歴史無き男爵家の一粒に過ぎない少女の顔を、名前を。

 大公令嬢は知っていた、御家の授けた密命において遂行した役割を、ブルハルト家にまつわる暗殺未遂事件にて果たした騎士道精神の担い手を。


「ユニーク」


 学園入学に意義を見失っていた彼女。

 普段と変わらぬ社交の場としか機能しないと気落ちしていた箱庭に、僅かなる興味が芽吹いた。

 新芽の名前は奇縁。


******


「では、わたしは槍を使わせていただきます」


 フェリタドラは対戦相手の申請に目を細める。観客席から愚かな伯爵令息を見た時とは違う、笑みを抑えた結果だ。

 今まで剣を振るっていた少女が彼女を前に槍を選ぶ。


(つまりわたくしを本気で倒しにかかる、そういう意思表示ですわよね?)


 彼女は大公家の令嬢、王族に次ぐ地位にある者。彼女自身が何を求めなくとも腰が引け、または道を譲られる、そんな立場にあった。仕方ないと思う反面、どこか寂しさを覚えていたのも事実。

 皆が見るのは看板であってそれ以上でも以下でもない、そして最初から頭を下げる。真正面から向き合う人間は多くない、決して多くない。

 数少ない対象、第2王子も入学は来年だと言う。消沈した彼女の前に今。

 

 地位に伏さず、侮らず、剣に有利を取れる槍を選んだ少女がひとり。

 故に、故に。

 同世代から本気で挑まれる、滅多にないシチュエーションに昂りを覚えたのだ。


「ユニーク」


 だからこそ、緩む頬を引き締めて彼女は好んで同じ場所に立つ。

 使い慣れた剣の技よりも、目線を合わせる武器を。


「では流儀を合わせ、こちらも槍を選ばせていただきましょう」


 必要以上に笑っていないだろうか、品位を欠いていないだろうか。

 この時、滅多にない心配を抱えながらフェリタドラ・レドヴェニアは木製の槍を構えたのである。


******


「では決勝戦、はじめ!」


 まずは探りの一刺しを、そう目論んだ初撃は等速の迎撃によって中間地点で弾かれる。ビリビリと震える木槍と両腕に伝わる衝撃。

 確かな手ごたえに浮足立った心は喜びの重しを得る。目の前の少女はどこまでも本気、勝ちを奪いに来たのだと!

 一度行き違った槍は交代で、または早鐘打つ心臓の鼓動めいて間断なく互いを攻めたてる。槍試合は直線的な一点決着、槍捌きが攻撃と防御のひねり動作を同時に意識して揮う必要がある。一瞬の交錯が勝負を決めるからだ。


 3合、4合と槍を交えて重さを受けて、フェリタドラの悪戯心が鎌首をもたげる。これは模擬戦、それも技量を披露するための武器合せの場。決して相手を打倒するのが目的の試合ではない。

 ないのだけど。


(──もう少し)


 はじまりの1分、模擬戦の真意を踏まえた彼女は相手の力量に合わせて打ち合うことに努めていた。技量を見るというのは相手方も含めてのことだと承知していたためだ。

 自らに役目を任じ、それに相応しい行動を取る。大公家令嬢に生まれた彼女にとってはごく自然な、当たり前のことだった。

 これまでの4試合、全ての対戦相手は手抜きこそしなかったが彼女に勝とうと気概を持って挑んだ者も皆無。ゆえに彼女も役目に応じて剣を振るったのだが。


(もう少し、力を入れてみようかしら?)


 フェリタドラも年頃の少女である。興味から発した稚気ともいうべき理由で槍合戦に楽しさを見出していたのかもしれない。

 槍を握る手、振るう腕、支える体幹、大地繋ぐ脚の全てに力を加えていく。

 徐々に、徐々に、一合一合、突きを放ち敵槍を弾く度に魔力を巡らせる。水の一滴一滴をコップに足すように、僅かでも着実に嵩が増すように。

 それでも彼女の槍は届かない、互角の力によって相殺されるのだ。


(もう少し、もう少し)


 ──ここに不幸があったとすれば。

 彼女にとって比較的使い慣れない槍を振るっていたことと。

 対戦相手の少女が1分以内に決着を付けようと図った点だろうか。


 突然、そう突然に。

 互角に交わしていたはずの一撃が迎撃されず、少女が紙一重で回避する選択を採ったのだ。顔横を通り抜け、槍先が少女の髪を貫いて、見事に透かされた彼女の槍が掴まれたとの認識が走り抜けた時。


「ッ!!」


 つい。

 ほんの一瞬にせよ。

 本気の力を槍に篭めてしまった。


 大公家の秘奥『紅蓮』。

 魔力による肉体強化、その応用で「武器に魔力を通して威力を増す」運用法。ゲームの姫将軍が『戦争編』でランクS魔術を行使、無双を極めた凶悪スキル。

 武器を掴まれたと察した瞬間、つい反射的に発動させたその力は。


 ただ木槍の矛先が触れているだけで、少女の髪を寸断してしまっていた。


「そこまで!」


 鋭い一声が試合の中断を申し付ける。その声は、姿はどこまでも威厳に満ちて自信に溢れた大公家令嬢そのものだっただろう。


 見た目では誰にも分からなかったかもしれないが。

 この時、フェリタドラ・レドヴェニアは。

 近年になく非常に慌てていたのだ。


(ああああ、わたくしってばなんてことを!!)


 貴族にとって長髪は一種のステータス、手入れの煩雑さから使用人を伴える立場の者が好んで伸ばす傾向にある。彼女も例に漏れず、黄金を燃やしたような赤と称えられる髪を背中まで流しているのだが。

 『紅蓮』の穂先は溶けたバターのように、真っすぐな橙色の髪を断ち切ってしまっていた。


「最後の一手には本気が感じられたわ、ユニーク」


 頭の中でどのようなお詫びの品を送ればいいのか、迷い悩む様子を微塵も滲ませずにフェリタドラは踵を返した。

 失意や動揺を覆い隠す、気付かぬフリをする、これくらいの取り繕い能力を上級貴族は求められるが故の自然なる行動。

 しかし心中は穏やかならざるものを抱えることもある。喜びも悲しみも当たり前に感じることもある。差があるとすれば、せいぜい我慢の許容量が高いだけ。


 大公家令嬢もまた、中身は年相応の少女たる一面を有するのだった。


******


「そういうのやめてェェェェ!!」


 後に残されたアルリー・チュートルは自らの断ち切られた髪を顧みて、歴史の修正力めいた反動の可能性に慄いていた。

 彼女はロミロマ2のイベントを通じて姫将軍にも可愛らしい一面、例えば外見の凛々しい美しさにそぐわない甘い物好きな私人の姿を知っている。優雅なティータイムを過ごしながら、心から甘味を楽しんでいる可愛らしさを誰よりも理解している。

 「ゲームのイベントで見た」との理由で姫将軍の隠された一面を誰よりも知っていると言っても過言ではない立場だった。


 ただそれでも、いやだからこそと言うべきか。

 ロミロマ2の重度ファンたる視点から、イベントで覗き見たプライベートな箇所以外の姫将軍は完璧超人だと信じ切っているのだ。


 ここはゲームならざる人の生きる世界。

 アルリーはそのことは何度も噛み締めながらも、今回の一件が単なるケアレスミス、人ならば普通に起こし得るミスの産物だと曇ったファン目線から理解する日はまだ先である。




********************

次回より新編となります。


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没キャラ令嬢はヒロインのフラグを折って戦争編を回避できるか 真尋 真浜 @Latipac_F

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