3話

「えっ、えっと?ああ!新米プロデューサーって私の事か!」

と驚いた表情でハルは言った。


「えぇー、なんでびっくりしてるの!応募した時とか、面接の時とかに担当する仕事内容について説明が無かった??」

ハルに続いて、美坂も驚いた表情になりハルに質問した。


「ありました…!ただ、こんなことやるかもっていう、ざっくりとした内容だけ聞いていて、職種名も聞いていなかったので…」

「てっきり、アシスタントって名の付くような職種だと思ってました」

とハルは美坂に言う。


ハルが去年の秋に応募した求人では、「チャレンジ枠」との記載があって、求める人物の記載や会社情報の記載が主で、実際に任せてもらえる仕事内容は非常にざっくりとしていた。


編集とかディレクション系の仕事に携わりたいと思っていたハルだが、最終面接の際に「制作系の職種はスキル的に厳しいので、スケジュール管理とか最初は任せると思う」とは社長に言われていた。

ただ、作る仕事に”関わることが出来る”なら、それで良いと思っていたので、今日まで職種を聞くことも無く、職種名に対しても特に興味を持たず、なんとなく「進行管理」か、「アシスタント○○」という肩書がつくのかなーと思っていた。だから美坂に「プロデューサー」という名前で呼ばれた際に反応できずにいた。


「プロデューサーって、プロデュースするんですよね…。どんなお仕事内容になるんでしょう…」


ハルはドラマとか映画の中に出てくるプロデューサーを想像した。

色々と統括してて、とにかく偉そうなイメージが漠然と浮かんだので、新卒でいきなり大役を任せられるのではないかと少し不安になり、美坂におどおどしながら尋ねた。


ハルの質問に対して、美坂は少し考えた後、ニマニマした表情で、はぐらかすような回答をした。

「うーん…ま、色々だね。いろいろ。ふふっ」

「とにかく、立ち話も何だし中入ろっか」


美坂はハルに手で案内して、後ろからついてくるよう指示した。

ハルは美坂の後ろからついていくが、身長差がある事もあり、ハルからは正面の様子が分からない。

面接の際に利用した会議室の前を通り抜けてから先は、ハルが初めて見る景色だった。だが正面は見えないので、周りをきょろきょろしながら進んだ。途中カメラやドローン、機材等の置き場が視界に入り、ハルはそれだけで気持ちが高揚した。

改めて、この業界に入ったんだと認識する事が出来た。


「OFFICE」と扉に書かれた部屋に入ると、室内はそれぞれ島ごとにデスクが分かれ、デスクの上にはmacやデスクトップパソコンが並んでいた。また内観は、コンクリート打ちっぱなしの地面に、ところどころ観葉植物が置かれていた。上部を見るとわざとダクト剥き出しで、おしゃれな間接照明等が並んでいたりして、オフィスというより今風なカフェにも見えた。


「オフィス凄く綺麗ですねー!」

ハルは美坂の横からひょっこり顔を出して言った。


「ありがとう。社長がそこらへん凝り性でね。まぁ、ああいうのが無ければもっと綺麗に見えるんだろうけど」

少し呆れたような表情で、美坂はすぐ脇のデスクの上を指をさした。

大量の資料で山が出来ており、所々雪崩のように資料の束が崩れている。また大量の資料の山の隣には、飲みかけのエナジードリンクの缶やコーヒーの缶があちこちに置いてあった。


「あと、ああいうのも…」

そう言って美坂は正面を指差し、ハルも指さしたほうを見る。

そこには、かなり横に長めの革製のワインレッド色のソファが置いてあり、ソファの上には2m程の大きさの丸まった毛布が置いてあった。

だがその毛布が、寝返りを打つようにして動いたので、ハルは驚いてのけぞり、叫んだ。


「うわっ!!!え!?なんですかあれ?」

「あれはヒトだ。うちの会社のディレクターで私の部下」

美坂はそう言うと、綺麗な眉間にシワを寄せてずかずかと毛布に近づいて行った。


「ほら、起きろ。おーきろ、山森。そろそろ始業時間だぞ」

毛布をはがして、美坂は山森という人物の頭にトントンとチョップをしている。毛布で隠れていてよくわからなかったが、その苗字に似合った大柄の男性という事が分かった。手探りで頭上の眼鏡を手に取り、眼鏡をかけている。


「ふぁい、わかりまひた。」

まだ、寝ぼけているようで、分かりましたと言う割には、目を閉じ二度寝の体制に入ろうとしている。


制作会社のイメージはざっくりと掴んでいたが、実際に会社で寝泊まりする人って居るんだとハルは少し驚いた。ハルは山森の方に駆け寄っていって「おはようございますー?」と挨拶をする。

近くで見ると、顎に無精ひげを生やしているが、優しそうな顔つきをしているのが分かった。


目を閉じたままではあったが、山森はハルの声に反応し「ん?」と訝しげな表情をする。

その後何かに気づいたような顔をして

「あれぇ、あっ秋田から来た新卒の子か~!」と言った。


「みっ、宮城です…!」

先ほどもしたやり取りに、ハルは苦笑いをしながら応える。

「あっ、ごめんごめん…!ちょっと寝起きでまだ脳が起きてないみたいだ…がっはっはっは。」

山森は後頭部をなで、大声で笑いながら言った。

ハルはついさっきあなたの上司も同じこと言ってましたよ…と心の中で呟き、つられて愛想笑いをする。


「えっと、僕は山森道弘って言います。ディレクターやってまふ…ふぁ…。これからよろしくね」

山森はハルに向かって、あくび交じりに軽く自己紹介をした。

「はい、私は佐藤ハルって言います。よろしくお願い致します山森さん!」


お互い挨拶を済ませたところで、スタスタという足音と共に何人かの社員がハル達の居る部屋に入ってきた。

それぞれ「おはようございまーす」と挨拶をし、新顔のハルを見て若干気に留めたりするが、ハルの方にわざわざ寄ってくること等なく、自分のデスクに向かっていく。一人を除いて。


その人物は、ハルの事を以前から知っているようで、オフィスに入り次第、明るい表情で手を振り、声をかけながら近づいてきた。

「おっ、ハルちゃんだよね!無事出社してるね」


ハルもその人物を知っている為、一度軽く頭を下げてから笑顔で挨拶をする。

「お久しぶりです、小鳥遊社長!」

「ちょ、そんな畏まらなくていいって、小鳥遊でいいよ…!社長だけど、社長って柄じゃないから…ははは」

ハルの言葉に少し照れながら小鳥遊は言った。


確かに小鳥遊からは、”社長”という重々しい雰囲気を一切感じなかった。むしろちょっと仲の良い先輩のような、気軽に話しやすい雰囲気を感じる。男性だが中世的な顔つきで年齢も比較的若く、ゆったりとしたラフな服装をしているから、話しかけやすい人の雰囲気を纏っているのだとハルは思った。


その為、ハルが小鳥遊の事を苗字で呼ぶのに躊躇いはなかった。

「分かりました…小鳥遊さん!」

「うん、そっちのが個人的にはしっくり来るよ。今日から宜しくねハルちゃん」

「はい!」


元気よくハルが返事をした後、小鳥遊は「じゃあ、このまま軽く皆に紹介しちゃおっかな」と言って、部屋の中央にハルを誘導し、「はいはい、皆きいてー」と言ってから、ハルについて皆に紹介をし始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クリエイティブの舞台裏 たまねぎ @onionfly

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ