2話

「ハァ…東京の満員電車ってきついイメージあったけど、想像以上にきついなー…」

ハルは仙台では自転車で通学していた為、朝のラッシュを経験した事が無く、今日が初めて経験する通勤ラッシュだった。

まだ職場にも着いていないのに、既にハルの顔には一日分の疲労が出ている。



「人が多すぎて、うまく案内も見えないし…。出社時間まで、結構余裕はあるけど早く向かった方が良いなこれは。っいよ!っそい!」

身長の低いハルはつま先立ちになったり、時折ぴょんぴょんと飛んだりしながら、出口を指示する案内を頼りにして歩いた。


ハルの会社の最寄り駅は、東京でも人出の多さ上位に食い込む新宿駅だった。

朝の極端に人出が多くなる特性に加え、新宿駅構内が迷路と呼ばれているほど複雑な構造をしている為、正しい案内をなかなか見つける事ができず、ハルは新宿駅を脱出するのにかなりの時間を要してしまった。


「初日はある程度早めに出社しておきたいんだよなー…」

ちらっと手元の時計を気にしながら、一言呟いた。

まだ、余裕はあったものの、早めに出社して第一印象を良好にしておきたいハル。スーツ姿のサラリーマンたちの合間を縫って、先ほどよりも足早に会社に向かった。



Googleマップを頼りに、迷いながらもなんとか会社の前に到着し、再び時計を確認すると、始業開始時刻15分前になっていた。


「結局こんな時間かー、一番最初に出社したかったのに。」

早速ビルの扉を開き、面接で何回か来ているが、フロア案内を見て自分の勤務先の階数を改めて確認する。

「えっとー、ふぃるむびじょん…しーおー…えるてぃーでぃー。5階だ。」

たどたどしく、鉄板に英語で刻まれた「Film vision Co., Ltd.」の社名を読み上げ、エレベーターに向かい5階のボタンを押す。

他の階には止まることなく、スムーズに5階に到着しドアが開いた。


一歩進み、エレベーターから出て、数か月前の面接ぶりに会社の入口に立つ。

「今日からここが私の職場…」

前に来た時と同様の緊張と、今回はそこに少しの期待が加わって、ハルは少し浮足立ったような感覚を覚える。

早速、摺りガラスで出来たドアの前に移動し、付属している鉄製のドアノブをぎゅと握って一言。


「よし、行くぞ…!」


体重を前に倒して、勢いよくドアを開く


「「ゴン”ッ!」」


が、ドアは開かずハルは自分の頭を摺りガラス製のドアに勢いよくぶつける。


「痛ったぁあ”ーっ!!!っづー!!」

「なんで、鍵かかってるのー!?」


頭を抱えて、半泣きになりながらその場にうずくまるハル。


前に面接で来たときは、このドアにはオートロックの類はかかっていなかったし、そのまますんなり開けたのを覚えている。「はっ」と手元の時計を確認し、スマホの時間も確認し、出社時間15分前を切っている事を再び確認する。既に会社に誰か居てもおかしくない時間だとハルは思った。


「フロア間違ったかなー」と呟くが、エレベーター向かいの壁には鉄製で大きく象られた「Film vision Co., Ltd.」の文字が飾られているし、そもそも面接の時に見た入口の景色と変わりはない。

「うーん」と先ほどぶつけた箇所を片手で撫でながら悩んでいると、摺りガラスの奥から人の姿が近寄ってきているのにハルは気づいた。


ハルはすっとその場から立ち、髪を手で整え、その人物がドアを開けるのを待った。

ドアの真ん前まで寄って来た所で、奥に居る人が女性という事が分かったが、身長がかなり高めで、華奢な体格をしている。


「「ガチャ」」


ドアの中部についていた鍵が開く音がし、摺りガラス越しの人物はドアノブに手をかけ、体重を前に倒し、勢いよくドアを開ける。


「「ゴン”ッ!!」」

が、さっきのハルよりも大きめな、ドアに頭をぶつける音が響く。


「え?」


気の抜けたハルの声を打ち消すようにして


「痛っつ!!!!」

という叫び声が、摺りガラスの奥から聞こえる。

叫び声ではあったが、その声質自体は少しクールで清涼感のある声だ。


そのクールな声質に反して、「あー…」「うー…」と弱々しい声を出す主は、片手で頭を押さえながらその場にしゃがみ込み、「「ガチャッ」」という音と共に、ドア下部に着いていた鍵を開けた。


その場から立ち上がり「ごめん、ごめん」と言いながらドアを開け、ようやくハルは摺りガラスの奥の人物と対面した。


日本人形のようなストレートな黒髪をしていて、前髪が眉毛が隠れるあたりの所で、水平方向にばっさりと切られている。背中まで伸びた後ろ髪は毛先まで綺麗だった。また、容姿端麗で切れ長の目をしていることも相まって、クールビューティーな印象を醸し出していた。


「モデルみたい…」


愛くるしい顔つきのハルとは、対照的なクールな顔つきを持つ目の前の人物に、ハルは無意識にひと言こぼしていた。


「え??」

と怪訝な顔をしてその人物はハルを見る。

その訝しげな表情から、ハルは自分が言った言葉にようやく気づき、慌てて取り繕う。

「あっ、えっとすみません急に変な事言って…!」

「わたし、今日からここで働かせて頂く佐藤ハルって言います、よろしくお願い致します!」


目の前の人物は一瞬驚いて、その後腕を組みながら考え込むポーズを取った。

「いわて、むむ…福島か…。いや!山形から来た新卒の女の子!」


ハルはやや自嘲気味に「あっ、いや。今挙げた県全てに囲まれた宮城です…」

と否定した。


「あー、そうだったのか、ごめんよ。ちょっと寝不足で、脳が若干寝てるみたい…ハッハッハ…はぁ」

クールな顔に似合わず、疲れ気味な笑顔でハルの目の前の人物は言った。


「あ、そいえば、私は美坂 凛と申します。一応エグゼクティブディレクターって役職をやってるよ。」

「これからよろしくね、新米プロデューサー君。」

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