1話
あちこちでパラパラとページをめくる音や、パソコンに向かってカタカタとタイピングをする音に交じって、「はぁ…」という小さなため息が聞こえる。
スマホで新着のメールをチェックしていた佐藤ハルの声だ。
大学の講義が終わり、バイトが夕方から控えている為、大学校内の図書館で空きの時間を潰していたところ、先日面接を受けた企業から選考結果が返ってきたらしい。
が、ハルの表情を見る限り、結果は芳しくないようだった。
「もうこれ以上はお祈りされたくないぃ…」
スマホを頬で押しつぶすように、机にうつ伏せになりながら呟く。
ハルは現在大学4年生で就職活動中だった。
仙台に住んでいるハルだが、応募は東京の会社を中心に受けていた。
理由としては、仙台で自分のやりたい仕事がなかなか見つからなかったから。
昔からプラモデルや絵を描くことが好きで、特にミリタリーなプラモデルをいじってる所を姉に見られては「女の子なのに…」と度々呆れられていた。
その都度、ハルも「趣味に性別は関係ない!」と一蹴してきたが…。
とにかく昔から分け隔てなく、”作る”ということに対して関心を持ってきた。
仕事に関しても、デザインしたり何か作ったり、クリエイティブな仕事をしたいと、そうざっくり考えていた。
ただ、そういった仕事が出来る会社は、東京や大阪等、大概が日本の中心地に集中するので、受けている会社も8割が東京の会社だった。
「やっぱり、学校とかでスキルを身に着けたりしてないとダメなのかなー…」
作ることに関心を持ってきたハルだが、周りに流されやすい性格から、一時期専門学校や美大に進学しようと考えていたが、両親からの勧めで、県内の普通の大学に進学していた。
そのため、学部は作ることとは全く関係ない経済学部で、趣味としてたまにadobeのソフトをいじって作品を作ったりはしているが、だからといって何か特筆してデザインのスキルを持ち合わせているという訳では無かった。
だから、中々自分が採用されないこの状況に納得してしまっていた。
売り手市場という状況で、11月半ばに差し掛かっているこの時期に、内定が出ていないこの状況は精神的に削られていく。
まして、周りの友人が売り手市場の煽りを受けて、夏前にはほとんど決まってしまっているのだから、ハルの自尊心は、もうかけらも残っていなかった。
「「ブルブルブル」」
完全にマイナス思考に浸っていたハルの頬の下に敷いていたスマホが、突如激しく振動した。誰かから着信がかかってきたらしい。驚きながらハルは携帯を手に取り、通話が出来る外に駆け出す。
「はい、もしもし佐藤です!」
「あっ、はい。先日の面接の際はありがとうございました」
「…えっ、はい。…ハイ?」
「えっ、あっ!!ぜひ、はいっ!!」
ハルの表情は明るかった。
*** ***
季節は春になった。
東京の春は想像していた通り暖かく、カーテンや窓を開き、柔らかい陽の光をハルは直接浴びていた。
「やっぱ、日当たりのいい部屋にして正解だね。うんうん。」
ハルは去年の冬。やっとの思いで都内の映像制作会社から内定をもらい、この春から東京に引越しをして、人生初の一人暮らしを始めていた。
「よーし、初出社だし、早めに会社に着くようにしなきゃ…!最初が肝心なはず!」
冷たい水道水で顔を洗い、歯磨きを済ませ、トーストとハムエッグの朝ご飯を食べる。
私服で出勤とは聞いていたが、初日という事もあり、シャツにワイドなトラウザーパンツを履き、比較的綺麗目な恰好に着替える。
卒業祝いとして両親から貰った、シンプルだが素材の良い黒のハンドバッグを持ち、誰も居ない部屋に向かって一言呟く。
「行ってきます」
ハルの社会人生活一日目が始まった。
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