コインロッカーベイビー

毒の徒華

コインロッカーベイビー




「×××駅で起きている連続殺人の続報です。本日未明、×××駅にて30代女性の頭部などが切断された遺体が発見されました」


――まただ……


「これは男性の犯行ですね。被害者は若い女性ばかりを狙っています」


――違う……


「何故犯人は駅に遺体を運ぶのでしょうか?」

「自己顕示欲が強いのでしょうね。自分の犯行を見せつけている」


――何もかもが違う……


このニュースキャスターたちは、真相を知らない。

私は知っている。

これは猟奇殺人でも、連続殺人事件でもない。


『コインロッカーベイビー』のせいだ。


私は部屋のテレビを消して立ち上がる。

随分外は暗く、電気をつけていない私の部屋もカーテンの隙間から入ってくる街灯の光でしか物を視認することができない。

しかし、その光でも部屋にある鏡で自分の顔が見えた。鏡を見ると、自分の死んだような顔が映っているのが見える。

クマは出来ているし、髪の毛もボサボサだ。しばらく手入れなんてしていない。白髪がチラホラと見える


「行かなきゃ……×××駅のコインロッカー……」


怖いという感覚がもうない。

私は、この一か月の間に何もかもを失ったのだ。

もう何も、失うものなんてない。




◆◆◆




【一か月前】


左近さこさん、ショックかと思いますが……妊娠は絶望的です」


産婦人科の医師は私にそう言った。


「そんな……手術とかで……どうにかならないんですか?」


隣に彼もいたのに……医師は淡々と事実だけを述べる。


「残念ですが……手術をして改善されるという問題ではないですね。これは卵管の――――」

「………………」


医師の話なんて、全然頭に入ってこなかった。

絶望的な気持ちで診察室を出ると、彼も同じように暗い顔をしていた。何も話さなかった。

私が重い口を開いて話を始めても、彼は全然口を開こうとしない。


「違う医師を探すから。あんなの嘘。あの医者はヤブなだけ」


彼は何も言わない。


「次はもっと有名な、権威のある医者のところに行こう?」


彼は何も言わない。


「絶対子供、できるから。ね?」


彼は、ようやく口を開いた。


「ごめん……純子じゅんこ。俺、どうしても子供が欲しいから。別れよう」


「え……」

「医者の話聞いてただろ? お前は子供を作る機能が欠落してるんだって言ってた。検査も沢山したし、ヤブとかそんなんじゃないと思う。俺は家族がほしいんだ」


――嘘だ。そんなの、嘘だ。悪質で、陰湿で、どうしようもない、嘘だ。


そう思おうとしたけど、それは現実だった。

彼は私の前から去った。

連絡しても、電話は繋がらないし、メッセージも返ってこない。

子供ができないことを二人で悩んでいた時間は何だったのだろうか。

些細なことだと思っていたのに、子供をずっとほしがっていた彼は簡単に私を捨てた。

ずっと、籍を入れてくれない彼は「子供ができたらな」と言っていた。彼は、薄々不審に思っていたのかもしれない。

医者に行くのを勧めてきたのも彼だった。

まるで、産業廃棄物のように、私は彼に


棄てられた。


そこから、なんとか妊娠する方法を探した。

良く解らない医学の話ばかり見ても、彼に棄てられたときのことを思い出して辛さが増すばかりだった。

しかし、ある検索ワードで引っかかった『コインロッカーベイビー』の噂は私の気持ちを動かした。


数十年前、とある駅のコインロッカーに、バラバラにされた胴体だけの赤ん坊の死体が入っていたそうだ。

四肢と頭部はそれぞれ同じ駅の異なる場所に隠されていた怪奇事件である。

それから駅には赤ん坊を模した沢山の人形が、亡くなった赤ん坊の冥福を祈るために置かれるようになったという。

その人形の一つを、23時に赤ん坊が亡くなっていたコインロッカーに入れて閉じ、「私の子になって」と言ってから開くと胴体だけになる。

無くした赤ん坊の頭部と四肢を全部見つけると、どんな困難な不妊症でも治るらしい。


まことしやかに囁かれる噂が×××駅の怪談として載っていた。


しかし……「私の子になって」と言ってから一時間以内に、人形を完成させないと自分がバラバラにされてしまうらしい…………――――


私はずっとその噂を信じていなかったが、最近その×××駅でバラバラ死体が頻繁に見つかるようになった。それも、比較的に若い女性ばかり。

それを見て、私は確信したのだ。


『コインロッカーベイビー』の話は本当だと。




◆◆◆




【現在】


もう私は、バラバラだった。

これからの人生が。私の気持ちも。

だから身体がバラバラになることなんて怖くない。


そう思って私は×××駅にきた。

そう大きな駅でもない。1時間もあればすぐに人形の四肢や頭を見つけられる。


22時45分。


噂のコインロッカーの場所は、普段人が通らないような暗い場所にある。

まだ終電も間近だというのに人の姿はほとんどなかった。

その場所は立ち入り禁止の黄色いテープが張ってあったが、私は黄色いテープの存在を完全に無視することにした。

私はまず、コインロッカーに入れる人形を取りに行った。そこはコインロッカーからそう離れていない場所だ。

人形の周りには、誰が手向けたとも解らない花が今でも手向けられていた。

人形は、せいぜい30センチくらいの子供が遊ぶようなビニール製の簡単な柔らかい身体に、安っぽい人形の服が着せられている。髪は茶髪で短く、赤ん坊を模しているだけにあまり生えていない。

目はクリクリとしている典型的な人形の目をしていた。

やけに不気味に見える。

私はそれを、コインロッカーに持って行く。

3段のコインロッカーの一番下、左から5番目。そこに赤ん坊の胴体が入っていた。

周りには誰もいない。

コインロッカーを開けて、私はその中に人形を入れる。

バタン……と扉を閉めて、息を吐き出した。


――子供が欲しいの……彼に戻ってきてほしい……


そう一心に願って、私は口を開く。

腕時計が指す時間は22時59分。


「私の子になって」


そう言い終わると、コインロッカーの中からゴトン……と音がした。

その音を聞いて背中がゾクリとした。

それに、赤ん坊の笑い声のような声が聞こえた。

後ろを振り向くが、子連れの親子などどこにもいない。誰一人いなかった。


「………………」


恐る恐る私がコインロッカーを開くと、そこには胴体だけになっている人形が入っていた。


「!」


――本当だったんだ。本当に……これで子供ができる……!


恐怖なんて、すぐにふきとんだ。

私はその胴体だけの人形を持って人形の四肢を探し始める。


まず初めは、目についたコインロッカー全てを開けてみた。順番にカチャン……バタン。カチャン……バタン……と開けては閉めていく。

人形の身体のようなものは何もなかった。あまり大きくないから、慎重に探さないといけない。


「ないな……」


次に目についたのは、ゴミ箱。

ゴミを漁るのは気が引けたけれど、私は構わず缶のゴミ、ビンのゴミ、燃えるゴミの中を順番に見ていく。


すると、人形の右足のようなものが見つかった。


「あった……!」


――なんだ、簡単じゃない……


私は右足を人形の胴体に嵌めた。ぴったりとはまる。

時間はまだ23時07分。

この調子で探していけばすぐに見つかる。


次に探したのはトイレの中。

貯水掃除用具入れや、便器の裏、トイレットペーパーなどが入っている場所などを調べるが、見つからない。

トイレの中をもう一度見て、貯水タンクの中を見ていないことに気づいた。


「よいしょ……」


重い蓋をずらして一つずつ中身を確認する。

奥から二つ目の便器の貯水タンクの中、人形の右腕が見つかった。


23時18分。


――こんなところに……


濡れているその右腕を人形に嵌める。

少し時間が気になり始めた。


――まだ大丈夫……


駅は、誰もいなくなっていた。

まだ終電があるはずなのに、駅員すらいない。静まり返っていて足音一つ聞こえない。


――なんで誰もいないの……?


私は駅の改札の周りをくまなく調べ、人形の身体がないことを確認すると、改札を出てみた。バーが私を遮ることなく、なんなく通過することができた。

周りには何もない。

ベンチの裏を確認してみるが、そこにもない。

展示の棚を見てみるが、そこにもない。


23時29分。


もう半分だ。少し焦り始める。

キョロキョロと辺りを見渡すと、ふと植木が目に入った。

何の植物か私には解らなかったが、その中を覗くと人形の左腕が植木と共に生えるように置いてあった。


――よし……これで半分以上……


エスカレーターや階段を一段一段見つめて確認する。

あと頭部と左足だけ。

怪談を登って行くと、電車が停まっていた。誰も乗っていない。光だけがついている。

どこに行くのかも書いていないその電車は発車する気配はなかった。

その中に入って、座席の下の部分、網棚の部分を見ていく。


「あ……」


網棚の上に左足があった。

それを人形に嵌めると、頭のない不気味な人形が出来上がる。


「あとは頭だけ……時間は……」


23時41分。


まだ頭部を探すのに時間はあった。


――子供ができたら……どこに一緒に行こう……


電車の中をくまなく探しながら考えた。

消火器の場所、緊急停止レバーの近く、車掌室。順番に見ていく。


――名前は……どうしようかな……


電車の中にはどうやらないようだった。

私はホームの線路の内側に降りて頭を探す。


――いじめられたりしないかな……


自分の子供の遠い未来のことまで、考えてしまう。


――学校はいいところに通わせて……塾はなにがいいだろう。女の子だったらピアノ、男の子だったら何かスポーツをさせてあげよう……


私は夢の中にいた。

線路の内側には人形の頭部がない。


23時51分。


次第に焦り始める。


――もう探してないところなんてないのに……


私は移動するにも小走りになり、駅のありとあらゆる場所に目を向けた。


――もしかして、天井?


天井に張り付いている様子はない。

今までは視線の下ばかり探していたから、上も見なければならない。

しかし、電車の上などは登れないし、高い場所にあったとしても身長の低い私は取ることはできない。


23時55分。


――どこ……どこにあるの……!?


あと5分しかないという焦りが私を襲う。

そして、バラバラになるという現実が急に私に恐怖を芽吹かせる。

バラバラになって死ぬ……それは絶対的な事実だった。

それが今、現実になろうとしている。


23時57分。


見つからない焦りによって絶望に打ちひしがれ、私は天を仰いだ。


――もう駄目……


すると、監視カメラの上に、何か丸いものが乗っているのが見えた。

人形の頭部だ。


「あった!」


しかし、手が届かない。

私はトイレにモップがあったのを思い出した。

走ってモップを取りに行く。

間に合わなければバラバラになってしまう。

私は掃除用具入れの扉を乱暴に開けて、一心不乱にモップを掴んだ。

そして監視カメラの場所まで走る。

モップの柄を使って、私は人形の頭をひっかけて落とした。


ゴトッ……


そして私は急いで頭を拾って持っていた身体だけの人形に嵌める。

心臓が破裂しそうになりながら、私は腕時計を見た。


23時59分。


――間に合った……!!


歓喜に打ち震えていた。

これで子供ができる。彼も戻ってきてくれる。思い描いていた未来が現実になる。


「マ……」


なにか、声が聞こえた気がした。

辺りを見渡すが、やはり誰もいない。

聞き間違いだろうか。


「……マ……マ……」


その声は、私が持っている人形からした。


「ママ……」


人形の手足がグネグネと動き出す。

そして私の腕にがっちりと掴まる。


痛いほどに。


「ママ……ママ…………ママ……」


ギリギリ……


凄い握力だ。

私の腕がミシミシと音を上げる。

そのおぞましさに、私はこれから何が起きるのか予感した。


「なんで……!? 時間には間に合ったはずなのに……!!」


その不気味な人形を振りほどこうとするが、人形はしっかりと私の腕にしがみついている。


ブチ……ブチブチッ……


腕が、おかしな方向にねじれていく。


「いやぁああああああああっ!!!」


ブチブチブチブチブチッ……ボトッ……


腕が千切れるさ中、駅の時計が見えた。

私の、もう私の腕ではない腕についている、血まみれの腕時計は23時03分。

駅の時計は


23時05分だった。




◆◆◆




不妊治療の為の薬を服用しながら、女はニュースを見ていた。


「警察関係者は連続殺人として捜査を進めています……」


ニュースキャスターは淡々とその凄惨な事件を報道していた。


「女性の方はご注意ください。×××駅では今も捜査が続いており、立ち入りが制限されている箇所があります」


そして映像がコインロッカーの場所を映した。


「ここは数十年前に『コインロッカーベイビー』と呼ばれている事件があった場所ですね」

「そうなんですよね……記憶に残っています。あの事件は衝撃的でした」

「最近ではコンビニに遺棄する親もいますからね……」

「そうです。まったく遺憾に思いま――――」


そこまでニュースキャスターが言ったところで、女はテレビを消した。


「コインロッカーベイビーか……」


子供を切実に欲しいと思う人間がいる反面、望まない子供をコインロッカーに破棄する親がいるというその不条理に、女は静かに怒っていた。


「なんで私は子供ができないのに……こんなにほしいと思ってるのに……」


そこに、友人から着信が入る。



「もしもしー?」

「どうしたの?」

「ニュース見た? 連続殺人の話」

「見た見た。ほんと怖いよね」

「あれってさ、コインロッカーベイビーの仕業なんだって」

「さっきニュースキャスターが言ってた事件?」

「そうそう。どういう噂かって言うとね……――――」


友人は楽しそうに噂の話をした。にわかには信じがたい話だった。

なによりも、不妊症が治るというくだりが特に。


「なにそれ、あるわけないじゃん」

「でも、成功した人はいるんだよ? 本当に妊娠したんだって!」


友人との電話が終わって、女は考えていた。


――私も……行ってみようかな……


×××駅の、人気のないコインロッカー。

一番下の段。

左から5番目。


コインロッカーベイビーの入っていたその場所に……――――




おわり



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コインロッカーベイビー 毒の徒華 @dokunoadabana

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