第13話

「――信じられない。何であんな事をしたのか、理解に苦しむよ」

「俺にとっては、お前の方が理解に苦しむよ」

 

 再度列車の旅を満喫するも、自分の目の前に座る連れの機嫌がどうにも良くなく、ここ数時間の間俺は彼女の睨め付けるような瞳と嫌味を一身に受けていた。

 

 ローグの言わんとしてる事は判る。

 傍から見ても金銭的価値の付けられない程稀有で、その刀身に力を秘めた聖剣を他人に渡すだなんて正気の沙汰とは思えないだろう。神を信仰する者にとっては、背信行為とも取られかねない行いだ。


 まぁ渡してしまったものは仕方がない。それに、譲渡した訳ではないのだ。預けただけで、とは言え、そう弁明した所で彼女の突き刺さるような視線が消える訳ではないのだが。


「それで? 君は、いま何処に向かっているんだい」

「言ってなかったっけか。帝都の方だよ、それなりに長旅になる」

「……ふぅん。例の魔獣について調べるつもりだね」


 今回ばかりは根無し草の放浪旅ではない。混合魔獣キマイラについての調査を兼ね、過去に魔獣を軍事利用しようとした際に似たような個体を作り上げた事のある帝国に行き、事情を詳しく調べてみようと言う魂胆だった。

 因みにこの長距離列車に乗れるだけの金が何故あるのかと言うと、ネライダからお礼の品だと貰った幾つかのエルフ特製ポーションの一部を換金し、その金で乗車していた。


 魔王を倒すような呑気な歩き旅も良いが、今回ばかりは混合魔獣が発生する理由も、その裏の黒幕が居るかどうかも不明なのだ。端的に言えば、急いでる。

 俺の目的を聞いて満足したのだろうか。不意に列車が駅に着き停車すると、ローグも同時に腰を浮かせ、席を立った。


 この駅に降りようとする彼女の腕を掴み、引き留める。


「……なに?」

「いや、お前さ。俺が居ない間に色々と嗅ぎ回ってるだろ。ネライダの件もそうだけど、俺の周りでこそこそ妙な事するのは止してくれ」


 傍で見守り、傍で俺の苦しむ顔を愉しむ事にすると何時かだったか彼女は言った。

 その言葉通り、ネライダの時には俺が彼女に対する疑念を再発させたと同時に、タイミングを見計らったように顔を見せに来た。偶然にしては出来過ぎてるし、そもローグがあのような森の中に居た真っ当な理由など思い付かない。


 仮に俺の交友関係を破壊する為に俺の日常を監視して、その上で知り合いの後ろめたい事実を探り回っているとするなら何とも趣味の悪い事か。

 それが嫌だからこうして彼女に釘を打った訳だけど、ローグは掴まれた自分の腕と俺の顔を交互に見比べると薄く、意地悪い笑みを見せて席に再度座り直してくれた。


「そうかい。そこまで言うなら、もう君の見てない所で嗅ぎ回るのは止めるよ。これからは傍で堂々と君の表情を愉しむ事にしよう」

「は? いや、そう言う事じゃなくて……」

「いいね、楽しみだ。きっとまだまだ君に降り掛かる火の粉はあるだろうに、それを特等席で見れるだなんて」


 獰猛な笑みを見せる彼女は、正しく獲物を見据える狼のようだった。

 何だか発言の裏を掛かれたような気がするが、とは言え魔獣との戦いの際に彼女が居れば心強いと言うのはある。


 再び二人して定期的にゆれる列車の席に腰を落ち着かせ、外の車窓から流れる景色を楽しんだ。かなりの長旅ではあるが、これからの事を考えると束の間の安息であるとも言える。

 変わる変わるに流れ行く景色は二度夜を超え、その間に王国を抜け小さな国である連邦国に入国し、そこからまた国境駅に停車した列車に乗車した。


 手続きの際にはひと悶着あったが、精々が驚いた目で見られ少し乗車するのを待たされたくらいだ。

 車窓から見る帝国の街並みは、王国のものとあまり大差なかった。強いて言うなら貧富の差が激しいくらいだろう。帝国の国土は広く、先の王国との小競り合いや魔獣を軍事利用しようとした際に対する国際的な制裁により、最近は更に貧困に喘ぐ者も多い。


 実際スラム街の辺りはあまりの犯罪件数の多さと、国の法的機関である警察組織の一部の腐敗により、大変な事になっているとかなんとか。

 だがそれでも一応は大国に類する故に、栄えている所は栄えている。


 さて、そんな自分も帝国とはそれなりに縁があり、ローグ曰く昨今は帝国お得意のプロパガンダにより勇者に対する感情の抑圧が国民に対してされているようだが、どれほど効果があるのか。

 まぁ入国を拒否されなかった辺り、彼等のブラックリストには登録されていないようだが――。


 どうやら列車が目的地である帝都に到着したようで、魔道具を通してのアナウンスと共に完全に停止した。

 ローグと共に荷物を纏め列車を降りると、駅の中はかなり混雑しており様々な人達でごった返していた。


 冒険者然とした風格の団体に肩を抱き締め再開を喜び合う人ら。聞き耳を立てずとも聞こえる混合魔獣キマイラの言葉から察するに、地方から逃げ帰って来た者も多いのではないか。

 ふとその雑多な人混みに紛れて、黒の甲冑を身に纏った帝国の兵士が誰かを探すように周囲を見回しているのが見えた。


 誰か待っている人でもいるのだろうかと疑問に思うが、良く辺りを窺えば一人ではなく各所に散りばめられたように大勢居る。

 何となく嫌な予感がしてその場を人混みと共に足早に立ち去ろうとするが、突如として背後に感じた気配に後ろを振り向くと、そこには見覚えのある顔が、俺に向けて伸ばした腕をローグによって阻まれているのが目に入った。


「何の用かな、君」

「……彼に用があるだけ。腕を離してくれる?」

「と言っているけど。知り合いかい」


 か細く囁くようなウィスパーボイスと、狂気を孕んだアルトの声色が交錯する。

 両者共に赤い瞳で俺を見据えるが、ローグの威圧感のある血のような紅い瞳とは違って彼女の瞳は色素が薄く、どちらかと言うと桃色に近い。


 魔術師のローブを身に着ける彼女の肌は太陽の光に触れれば火傷するのでは、と心配になる程に白く、セミロングの髪の色も彼女の肌と似たような色なので、どうにも目を離した瞬間、雪のように消えてしまいそうな儚さがあった。

 こんな雰囲気も、そして外見も少女然とした頼りのないウサギのような見た目の彼女が当代、帝国随一の魔術師なのだから変な話だ。


 尤も実際に戦ってみれば、彼女の化け物じみた力には閉口せざるを得ないのだが。

 

「一応知り合い。で、セージ。何の用だ」


 その名を口にすると、覚えていたのかと胸を撫で下ろすような溜め息が彼女から漏れた。

 セージとの出会いは、帝国が魔獣を軍事利用すると言う陰謀を止めるべく動いた際に相対した人物で、言ってしまえば元々はお互い敵同士であった。とは言えそれもかなり前の話だし、もう事は済んだ後なので今は違うけれど。


 それにあの時は、彼女にも俺と相対する事情があった。

 セージ自身は俺に対して思う事はあるかもしれないけど、俺個人としては不平不満の類は抱いてない。


「貴方が帝都に向かっている情報を聞いたから、お出迎えに来ただけ。どうせ例の件について、私達に事情を聴きに来たんでしょう」

「ああ、そりゃあ話が早い。単刀直入に言うが、あんたら帝国の仕業じゃないよな」

「……こんな所で話すべき事柄でもないし。場所を変えよう、案内するわ。で、そこの亜人デミヒューマン種は何なの」

「ああ、気にしないでくれ! 私は彼の付き人みたいなものさ。面白そうだし、君らに私も着いて行っていいかな」


 悩むような素振りの後、彼女は無言で背を向け何人かの帝国兵士を引き連れ人混みの中を進んで行った。勝手にしろ、と言う事らしい。

 駅を出ると豪奢な大型の箱馬車が俺達を待っていて、その中に入り座り心地の良い座席に身を預けると、帝都の広い道を然程の揺れもなく馬車は進んで行った。


「……それで。あの混合魔獣キマイラの件、帝国は関わっているのか」

「いいえ。まぁ過去の事があるので疑いたくなるのは判るけど、実際に帝国もあの魔獣の襲撃を受けたから」

「自作自演じゃないのか?」

「それはない。魔獣が襲いに来たのは帝都の中央。襲わせるには被害が甚大に過ぎるし、それにその日は丁度あの子――歌姫が、劇場でコンサートを開いていたから。流石に帝国とて、あの子を命の危機には晒せないわ」


 その事を聞いて、彼等に対する嫌疑が多少は薄らいで行くのを感じた。

 帝国には『歌姫』と謂われる少女がおり、言うなれば彼女の存在は帝国にとっても、世界的に見ても希少なもので、曰く魔獣をその声で操れるとのこと。


 実際に俺も、彼女が自身の声を以て魔獣を操っているのを見た事がある。

 あれはおそらく、神の加護を受けた上で歴史的に見ても事例の少ない、調教師テイマーの能力を授かった稀有な存在なのだろう。


 帝国が魔獣を活用しようとした理由は、歌姫のその能力を利用出来れば何処の国にも軍事的に優位に立てると考えたからだ。結果としてその野望は王国により阻まれたが。

 故に、帝国にとっても歌姫と言う存在は酷く価値のあるもので、そのような彼女を自ら捨て駒に扱うような真似は決してしない。


混合魔獣キマイラを、彼女の歌声で操る事は出来たのか?」

「出来なかったみたい。一応彼女も加護を受けた者なのだけど、相手の加護の方が上回ったのかどうか。結果的に帝都に常駐している兵士と私、それに帝国騎士の全員で掛かって直ぐに倒したから。まぁまぁ強かったわね」


 流石にそれはオーバーキルだろうに。俺がエルフの森で戦った感じだと、加護付きの魔獣でもセージが居れば何とか倒せるレベルだ。

 まぁ帝国とて歌姫を失うような事は避けたいだろうし、となると最大戦力を投じるのも判らなくもない。


 そこで今まで外の景色を呆、と詰まらなさそうに眺めていたローグがセージの方を向いた。三度の飯より血を浴びるような戦闘が大好きな彼女の事だ。歌姫がどうこうと言われても、あまり興味が湧かないのか。


「取り敢えずさ。この馬車、何処に向かってるのかだけ教えてくれない?」

「……帝国軍が所有する魔術工房の方に向かってる。そこを見てもらえれば、私共の潔白が証明されそうなものだから」


 魔術工房と言うと魔術に関する技術開発、発展を目的とする魔術師にとっての研究施設のようなものだ。

 確かにそこまで見せて貰えるなら己の潔白を証明出来るだろうが、最先端技術すら扱い研究しているそのような場所をそう易々と見せてもいいのか心配になる。漏洩とか気にしないのだろうか。


 俺の懸念するような顔を見て、セージがふっと笑った。その笑みは外見相応とは言えないが、不意に見せたようなそれは自然と漏れたもののように見える。


「大丈夫。勇者貴方は政治なんかから遠く離れた所に居るだろうし、まぁ見せても大丈夫でしょう。人の所の軍事技術を他の国に教えるようなチクリ魔なら、一人旅の末に魔王を倒そうとは思わないから。貴方ならアポなしでも、特別に私の工房を見せてあげる」

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元勇者さん、ヒモになる。 こたつねこ @kotatukoneko

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