お姉さん


 僕は裕太ゆうた、8歳。小学校3年生。妹がいて、いつもこの公園で遊んでいるんだ。妹の名前はさち、4歳。砂場が大好きなんだけど、よく見ていてあげないと、うっかり道路に飛び出しそうになることがある。お散歩している犬とか、猫とか、同じぐらいの小さい子とか、とにかく車とか自転車とか気にしないで道路にピョンって飛び出しちゃうんだ。お父さんもお母さんも、僕が妹のことをよく面倒みてあげてるって褒めてくれるから、しっかり守ってあげなくちゃと思っている。


 桜が咲いたころから、高校生ぐらいのとっても綺麗なお姉さんを見かけるようになった。僕、好きになっちゃったみたい。朝、決まった時間に公園の前を通るので、思い切って「おはよう」って挨拶してみようと思ったんだけど、僕の妹が「お兄ちゃんは私以外の人と仲良くなっちゃダメ!」って駄々をこねるから、声をかけられずにいる。毎日、見てるだけ。


 何日か前の夕方、少し陽が暮れてきたころ、お姉さんが公園のぶらんこに一人で座ってたの。雨がポツポツ降って来たけど、ずっとブランコに乗ったままユラユラしてた。僕は滑り台の下で妹と雨宿りをしていたんだけど、チラチラ見てたら、お姉さんのほっぺが濡れてたんだ。全然楽しそうじゃなかったし、きっと悲しいことがあったんだろうなと思って、僕、ポケットからハンカチを取り出してお姉さんに差し出してみたんだ。お姉さん、何も言わずに立ち上がって、公園から出ていっちゃった。僕のハンカチ、汚しちゃいけないと思ったのかな。


 次の日の朝、いつもの時間にお姉さんが公園の前を歩いていったから、勇気を出して、お姉さんに「おはよう」って声をかけてみた。お姉さんは僕の顔を見て驚いていたけど、子どもだからか何も言わずに駆け足で行っちゃった。もしかしたら恥ずかしかったのかもしれないな。


 2~3日経って、いつもの時間にお姉さんが歩いてきたんだけど、目を離したすきに妹が公園から飛び出して、目の前の横断歩道の真ん中まで行っちゃったんだ。向こう側を散歩している犬を触りたかったのかもしれないね。スピードを出したまま車が走ってきたから、思わず僕が「危ない!」って大声で叫んだら、お姉さんが気づいて妹を助けてくれたの。そのあと叫び声がして、人がいっぱい集まって来た。救急車も来たんだよ。

 お姉さんは、それからずっと横断歩道の真ん中にいる。「おはよう」って挨拶できるようになって、僕、すごく嬉しいな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る