結末の読めない本屋
周りの人間は、僕のことを
「僕はワーカホリックではありません。それを言うならワーク・エンゲージメントと言ってほしいですね」
『お茶を飲みながら読書なんて、なかなか洒落た時間の過ごし方だな』
店のドアを開けると、ドアベルが頭の上でチリンチリンと涼し気な音を立てて響いた。煎りたてのコーヒー豆はエエチオピア・モカあたりだろうか、焙煎の香りに混じって甘い花の匂いが鼻孔をくすぐる。
「奥の読書スペースで試し読みもできますよ」
カウンター席が3つ並ぶカフェスタンドの向こう側から、店主と
案内された店の一角には、座り心地の良さそうな薄いグレーのカウチソファがあり、形の異なる大小様々なクッションが無造作に並んでいる。天井は高く、カウチソファのひじ掛けの横には、シェード部分がステンドグラスでできた背の高いスタンドライトが立ち、柔らかな光を放っている。壁に面した部分にだけ色が映り込み、美しい色のパズルが壁に掛けられているような錯覚を起こさせる。
ソファに腰を下ろすや否や、
「ねぇ、このお話読んで!」
赤ずきんの絵本を両手に握りしめ、小さな女の子が僕の膝に飛び乗って来た。多少、驚きはしたが、まぁ良かろうと絵本のページをめくる。
『むかしむかし あるところに 赤い頭巾をかぶった ……かぐや姫がいました?』
おかしな絵本だなと思いつつ読み続けると、かぐや姫は家に帰ると老夫婦にこき使われていて、竜宮城でのパーティに参加できず悲しんでいるところへ魔法使いが現れて……と話がめちゃくちゃだ。30分ほど読み進めたが、なぜか薄い本はいつまでも終わらなかった。
「最後まで読めなくて、ごめんね」
絵本を綴じて彼女に返すと、本を抱きしめてにこりと笑った。
「小さなお子さんも来るんですね」
帰り際、店主に声をかけると彼は目を細めて静かに笑った。
「お会いなさったか。いたずら好きな本の妖精が、たまに来るんですよ。結末までたどり着かなったでしょう?」
後日、同じ店を探してみたものの見つけることはできなかった。
ショートショート/1,000字 春秋 好 @kou007
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