百物語

 大学の登山愛好会、総勢7名で七ヶ岳に行くことになった。御来光を望むのが目的なので、昼食を済ませてから登山を開始する。あまり山登り経験のない1年生もいるので、中間地点にある山小屋まで余裕をもって約4時間。フラップ付きのキャップと防寒着は愛好会のロゴ入りで、全員がお揃いだ。登山前に体調を確認し、レインウェア、靴下、グローブと、持ち物の最終チェックも抜かりない。多少、雨になりそうな微妙な天気。小石や雨が靴に侵入しないようミッドゲイターを装着する。


 途中休憩を取りながら、4時間を少し回るくらいで山小屋に到着した。夕食を終え、明日の工程を確認していたところで窓を叩く大粒の雨の音がした。急激な天候変化で、明日の御来光は拝めそうにない。私たちはスケジュールにかなりの余裕を持たせて調整していたので、急遽、山小屋に2泊してから山頂を目指すことにした。8時には消灯で暗くなってしまうのだが、全員が足止め状態。管理人さんにお願いをして、私たちは百物語をすることにした。

 宿泊客は、私たちの他に夫婦が二組。お誘いしてみると、楽しそうだと二組とも乗り気だ。管理人さんが「気を付けて使ってね」と太い蝋燭を持ってきてくれたので、全員で蝋燭ろうそくを囲むように円を描いて座った。


 たいして怖くもない話に大げさにリアクションしながら66話目が終わったところで、「私も入れて下さい」と一人の女性が入って来た。よほど山登りに慣れているのか、一人で登ってきたのだという。渇ききらない髪の毛をタオルで拭きながら円座に混じった。100話も話が続くだろうかと心配していたが、幽霊話の好きなメンバーが何人かいて、思いの外、短い話でどんどんと話の数が増えていった。

 いよいよ99話目が終わったところで、貴方も一つ話をしてみませんか、と後から入って来た女性に声をかけてみた。すると、それまでだまってみんなの話を聞いていた彼女は、ガタガタと震えながら100話目の話はせずに終わったほうが良いのではと言う。暗いし、雨風の音は激しいし、一人は心もとないので輪に入ったものの実は恐い話が苦手なのだという。百物語は、百話終わると本物の物の怪が現れるというから怖い、涙目でそう訴える彼女を見て、何となくこのまま止めても良いかなと思ったときだった。やおら彼女は中央の蝋燭ろうそくに近づくと


「さっきから貴方の肩に手が乗ってるの、誰も見えていないんですか?」


そう言って蝋燭ろうそくを吹き消した。

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