ショートショート/1,000字

春秋 好

団十郎

 小さいころから、いろいろな動物を飼ってきた。質量の小さい順番に挙げると、ネオンテトラ、ピラニア、ミドリガメ、ハムスター、オカメインコ、九官鳥、ダックスフント、柴犬、セント・バーナード……あとは忘れた。

 ハムスターと柴犬は、何度も家族として一緒に過ごしているが、ぽつりぽつりと寿命を迎え、高校生になるころには飼っているペットはいなかった。


 社会人になりたてのころ、やっぱり犬が飼いたいと思い、新聞のさしあげます欄を通じて1匹の柴犬をもらい受けた。引き取りに向かった先には生後2ヵ月ほどの子犬が5~6匹はいたように思う。元気に飛んだり走り回ったりする子犬たちの中で、隅っこで大人しくしていた茶色の子犬をもらい受けた。当時、歌舞伎役者に熱をあげていた私は、恐れ多くも「団十郎だんじゅうろう」と名前を付けた。


 犬を猫可愛がりする、というのもおかしな表現だが、家にいる間は子犬の団十郎を片時も離さなかった。懐に入れ、頭に乗せ、寝る時は抱いて寝た。

 身体が大きくなってくると、留守番で家の中に置いてくることが多くなった。ある日、家に帰ると団十郎の姿が見えない。当時は両親と同居していたのだが、家の中を探すと2階に上がってすぐの兄の部屋にうずくまっていた。兄は社会人になって家を出たので、普段は使っていない部屋だった。


 団十郎、どうした?


 近寄ると、鼻をクンクンと鳴らす。何だか臭いなぁ……と部屋を見渡すと、部屋の隅に大量の下痢便が広がっていた。かわいそうなことをした。いつもは散歩の際に排便をするのだが、家族がいない間に急に便意をもよおしたのだろう。尿意を感じた際は、ワンワンと吠えて散歩を催促するので、家の中にトイレを用意していなかった。そんなことがあってから、団十郎は外犬そといぬになった。

 長い距離ではないが自由に走れるスペースを確保し、お腹が冷えないようにと犬小屋には厚めのタオルを敷いた。


ダーッ。ダーッ。


 夏のある日、玄関先から子どもの声がするので覗きに行くと、小さな女の子が団十郎の前に座り、かき集めた土を団十郎の頭からかけていた。ビクターの犬の置物のように微動だにせず、目をつぶったまま吠えもせずに。大人にも子どもにも優しい犬だった。

 足の裏を蜂に刺されたり、散歩で家の前を通りかかった大型犬に噛みつかれたりとエピソードは絶えなかったが、そんな団十郎も肺癌で約16年の生涯を終えた。

 抱きしめる腕の中で命が消えた日の事を、私はいまでも忘れない。

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