あおいそら

宇佐美真里

あおいそら

夏休みが始まってもう十日が経つ。

はらりとカレンダーを一枚捲るのと同時に、鬱陶しい梅雨は明けた。

梅雨が明けた途端、もう既に朝の気温は三十度を越えていると、

女性キャスターがテレビの中で言っていた。

日中は更に気温が上がるらしい。


今日は八月一日。十日ぶりの登校…。



一学期最後の日、あの日はまだ梅雨の最中だった。

空にはどんよりと雨雲が立ちこめ、

灰色の隙間にだけ、僅かな青を覗かせていた空。


ものごとには何にでもきっかけというものがある。

一学期最後の日…それが私にとってのそれだった。

終業式をやり過ごせばクラスメイトとは四十日もの間、

顔を合わせないことになる。

ほとぼりを冷ますにはちょうど良い時間…。


私はその最後の日に、

一念発起してカレに自分の想いを告げた。

それが十日前、一学期最後の日。

校門の手前、自転車置き場にカレが現れる頃には

灰色の空はより暗くなり、鬱陶しく雨が降り始めた。

梅雨空の下、傘を差しながらようやく伝えられたあの想い…。

制服がびっしょりと背中に張り付いたのは、

梅雨のせいばかりではなかった。


伝えたい想いのはずなのに、

逃げ出したい思いでいっぱいだった…。


「どう応えたらいいのか分からないな…突然過ぎて。でも、ありがとう」


それだけ言うと校門を出て、雨の中走って行った

カレの自転車を見送るうちに、雨はいつの間にか止んでいた。

空は…ほんの少しだけ青い隙間を増やしていた。

終業式をやり過ごせばクラスメイトとは四十日もの間、

顔を合わせないことになる。

ほとぼりを冷ますにはちょうど良い時間…。


でも、うっかりしていた…。

登校日というものを私はすっかり忘れていた。

ほとぼりを冷ますにはまだまだ短い時間…。

しかしこの十日間は同時に長過ぎる時間でもあった…。



晴れやかな空には、ぽつんとひとつだけ雲が浮いている。

梅雨明けした空に浮かぶ中途半端な雲…。

私はうだるような暑さの中、重い足取りで学校へと向かった。

十日ぶりのクラスメイトたち。

ホームルームでは先生が言っていた。

「残りの夏休みを、何事もなく無事で過ごすように」と…。

そう…何事もなく、ほとぼりだけを冷ます時間…。

夏休みどころか私は今日この日を

何事もなく過ぎ去って欲しいとさえ思った。


ひっそりと…教室からクラスメイトが減っていくのを待つ。

カレとは顔を合わせないように…。

ゆっくりと席を立ち、私は最後の一人となって教室を出る。

残り三十日…ほとぼりを冷ますにはちょうど良い時間…。

そう…何事もなく、ほとぼりだけを冷ます時間…。

一学期のことなンて、みんな忘れてしまえばいい。

そんなことを思い、校門の脇…自転車置き場を抜けて行く。

十日前…ようやく伝えられたあの想い。

逃げ出したい思いでいっぱいだった、あの自転車置き場。


「なぁ!?」

後ろから声がする。一瞬、振り返るのを躊躇する。

「一緒に帰らないか???」


振り返った目の前にいるカレ。

そのさらに後方には、雲ひとつない青い空。

ひとつだけ空に残っていた小さな雲も、どこかへと消えていた。


朝のテレビでは言っていた。

今朝の気温は三十度…。日中は更に気温が上がるらしい。


火照る頬を冷ますには、まだまだ時間がかかりそう…。

どこまでも晴れ渡る青空を見上げながら、

私はこの夏の本番を実感した。



-了-

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