成人式
成人式の振袖姿を、家族はしきりに褒めてくれた。継母が成人式で着たという、大切な振袖である。青地に鶴や松の文様があしらわれていて煌びやかだ。
「美奈子は和風美人だから、着物が本当に似合うわね。」
と継母が涙を浮かべながら微笑む。血の繋がらない私に、先祖代々受け継いだ振袖を譲ってくれたこと、またこうして褒めてくれることが心から嬉しかった。
「私もお姉ちゃんみたいなお着物着たい!」
香奈子が騒ぐ。もう八歳だ。生まれたのが昨日のことのように思える。大声でわあわあ言うから、周りがこちらに視線を向けて笑う。少し照れ臭い。
「四人で記念写真を撮ろう!」
と、父はコートのポケットからスマートフォンを取り出す。
「娘の晴れ姿をスマホで済ませる気?美奈子や香奈子が小さい頃は無駄に高いカメラで撮っていたのにねえ。」
と継母が父をからかう。
「いやいや、最近のスマホは性能が良いんだよ?それに、二人とも赤ちゃんの頃は可愛かったんだけどなあ……」
「ちょっとお父さん、それどういう意味?今でも私は可愛いつもりだけど?」
私が父にツッコみを入れると、継母と妹が腹を抱えて笑い出す。つられて父もくつくつと表情を崩した。
―幸せな家族だ。
心が温まる。私たちは、きっと世界で一番幸せな家族だ。
◆
テレビのニュースでは成人式の様子が放映されている。私は暗い気持ちでそれを見つめる。何もなければ、美奈子はもう二十歳だ。今年の成人式に参加しているはずだった。
振袖姿の参加者たちが、インタビューに答えている。後ろには娘を愛おしそうに見つめる両親の姿。本当なら、私もここに立っていたはずなのだ。美奈子の晴れ姿に涙を流したり、一緒に写真を撮ったり、そんな当たり前の日常を過ごしていたはずなのに。どうして……。
無力感に苛まれていた時、テレビの映像に目を疑った。
四、五人の女の子グループが、スマートフォンで自撮りをしている。その真ん中でピースをする女の子の顔がはっきりと画面に映し出された。
青地に鶴と松が描かれた振袖。からし色の帯。黒髪に白い牡丹を模した髪飾りが映える。細くて華奢な鼻は私の、そして切れ長の目は夫の面影を残している。
間違えるはずがない。私の娘だ!美奈子だ!
涙が頬をつたっていく。ニュース番組が終わっても、肩を抱いたまま嗚咽が止まらなかった。ひとしきり泣いた後、スマホを取り出して、佐々木さんに連絡を取った。
やっと、美奈子に会えるのだ。長年待ち望んだ愛娘との再会が、ようやく果たせるのだ。
今の私は、きっと世界一幸せだ。
◆
間違いなく、映像の女性は世良美奈子ちゃんだった。
「警部。準備が整いました。」
「分かった。警戒を怠るな。」
「はい。……それと、美奈子ちゃんのお父さんにも、やっと連絡が取れたそうです。今こちらに向かっています。」
「そうか……。」
容疑者の自宅に到着する。容疑者の妻と娘も暮らしているらしい。
時刻は午前五時。まだ眠っている時間だろう。呼び鈴を何度か鳴らすと、二階の灯りが点いた。玄関口に人が近づく気配がする。
十九年。ここまで来るのは、本当に長かった……。
「こんな時間に、どちら様ですか……。」
男が現れた。
「警視庁の佐々木です。」
警察手帳を見せる。佐々木たちの目的を察したのか、男は抵抗するわけでもなくその場に座り込んだ。
十九年前、当時一歳の世良美奈子ちゃんが行方をくらました。母親が目を離した一瞬の出来事であった。何者かがベビーカーからさらったものと思われた。佐々木警部は新米刑事時代からこの事件を追っていたが、目ぼしい手掛かりはなく、捜査は難航していた。
「魔が差したんです……あの白くて滑らかな肌を自分のものに出来たらって……すべすべで、本当に凄くて……だって女の子の赤ちゃん、可愛いでしょ……?」
「……。」
佐々木は男を無理矢理立たせると、手錠をかけてパトカーに押し入れた。
世良美奈子ちゃん(1) 夏木郁 @Natsukiiku
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