難聴じゃない。お前のしゃべりが悪いんだ!

ちびまるフォイ

聞こえなくても見えていたい

「いらっしゃいませ。何を握りますか?」


「~~~のぉ、~~~~でぇあ」


「えっ?」

「~~~~~ッ!!」


客の言葉は独特なイントネーションで聞き取れない。

方言とも違う粘着質なしゃべりは言葉を濁していた。


「もういい!!」


去り際の捨て台詞だけはしっかり聞き取れた。


「もうちょっとはっきりしゃべってくれよ……」


やっと調理場に立てるようになって、

寿司職人としての晴れ舞台を大いに飾りたかったのに。


そんなもやもやを抱えながら家に向かう電車へと乗る。

疲れからか一瞬だけ眠ってしまった。


「あぶない。寝過ごすところだった」


窓の外を見ても夜が深くてどこを走っているのかわからない。

駅名を確かめるために耳に神経を集中させる。


『マモナク~~、アチャリメス、アチャリメス』


「はっきりしゃべれやぁぁぁぁーーーー!!」


思わず叫んでしまった。

電車から降りると駅員がすっ飛んでくる。


「~~~~~!! ~~~~~!!!」


早口に加えて怒りで言葉尻が乱暴になっている二重苦で、

キツめの方言がますます聞き取りづらさを加速させる。


「~~~~~~~だ! わかってるのか!」


「聞き取れるかい!!」


などと口答えした結果、も一度説教のワンコーラスを聞くこととなった。


昔から目がよかった。

近所に越してきたマサイ族の部族よりも遠くの物が見え、

前髪を2mm切った女子の変化にも気づくほど繊細。


類まれな観察眼の犠牲なのか、耳から入った情報を理解するのは苦手だった。


「~~だ、わかったか?」


「親方。口で話すんじゃなくて、紙に書いてもらえませんか?」


「ああ!? 今話しただろ!?」


「言葉じゃ消えるんですよ!」

「このマニュアルバカが!!」


"こんにちは"と話されるとまず脳内で文字に変換される。

字面になったものを見て何を言ったのか理解する。


そんなまどろっこしいことでしか聞き取ることができない。

なので、ふいに訪れる地方の客や滑舌悪いおじさんにはことさらウケが悪い。


「ねぇ、映画一緒に見ましょうよ」


「いいね。日本語音声の日本語字幕をやってる映画館探すよ」


「……なんで?」

「そうじゃないと内容理解できないだろ?」


頭おかしいと思われるので映画館には行きにくくなるし最悪だ。

そんな幼少からの悩みを引きずっていると、見慣れないスーパーの前に立っていた。


『字幕スーパー:ふぉんと』


自動ドアをくぐると棚にはいくつもの文字が並んでいた。

あっけにとられていると、店員が試食販売のように文字を売っていた。


「新商品の字幕です。おひとついかがですか」


「字幕……? 字幕を売っているんですか!?」


「ええ、うちは字幕スーパーですから。おひとつどうですか」


「それじゃ……」


小分けにされた字幕のひとつを受け取る。


「……なにも変わりませんけど」


「鏡を見てください」


そういう店員の口に合わせて胸のあたりに文字が浮かんで消えた。


「い、今! 店員さんの言葉が! 言葉が文字に!」


「字幕スーパーですからね。あなたも出ていますよ?」

「え!?」


姿見の前に立つと、自分にも自分が喋った言葉が字幕となって浮き上がっていた。


「フォントは洋画とかに使われるフォントなんですよ。

 いかがですか、読みやすいでしょう。新商品なんです」


「いやそれよりも字幕が出たことに驚いています」


「商品を買えばあらゆる言葉に字幕が出ますよ」

「ほんとですか!?」


迷わず字幕を買った。

これまで耳でしか得られななかった情報も目から得ることが出来る。


「新人、お前なんか急に物覚えがよくなったな」


「親方の指導のたまものです」


「てやんでぃ。おべっか使うんじゃねぇ」


言葉だけでの指導でも文字が出ると一気に理解が深まる。

耳から入る情報でも文字にすると差も出るので「鮭」と「酒」を誤解することもない。


「字幕がある生活って幸せだ!!」


すっかり寿司職人としても自身を取り戻した。

これでどんな客から注文されても怖くない。


すると、以前に「もういい!」とキレ帰った客がやってきた。


前は聞き取れなかったが今度は字幕スーパーがある。

同音異義語だって間違えることなく、魚を調理することができる。


「いらっしゃい。なにをさばきますか?」


客はねっちょりとした口を開いた。


「~~~のぉ、~~~~でぇあ」


「また聞き取れないのかよ!!」


耳から入る情報はバグって聞き取れないうえ、

頼みの字幕スーパーも強烈な滑舌の前に文字化けを起こしてしまった。


客は怒ってアームロックかけてくるし、

親方からもげんこつを食らうしでその日は散々だった。


俺は字幕スーパーへと文句を言いに向かった。


「いらっしゃいませ」


「いらっしゃいましたよ!!」


「どうしたんですか。語尾に(怒)の字幕がついてますけど」


「ここで買った字幕が不良品だったんです!

 肝心なところで文字化け起こして使い物にならなかったんです!」


「なるほど。それってもしかしてすごく滑舌が悪い人じゃなかったです?

 もしくは聞き取りにくい喋り方をする人、とか」


「……そうですけど?」


「なら字幕スーパーじゃ無理ですね」

「開き直るのかよ! 先に言ってほしかった!」


「なまりや方言、滑舌の悪さや、若者の独特の略語、イントネーション。

 言葉に含まれる多くの要素を字幕スーパーではカバーできないんですよ」


「そうなのか……過信してました」


「ですが、字幕ウルトラならそれすらもカバーできます」


「なんですと!?」


「字幕ウルトラはあらゆる言語やイントネーションも字幕にしますし、

 心の声から言葉にならない声も字幕にしてくれます!!

 これさえ手に入れればもう耳からの言葉に悩むこともないです!!」


「そういうのが欲しかったんです!!!」


俺は迷わず購入した。

なんて商売上手な店員なのかと舌を巻いたが、

自分がカモにされたことよりも良いものが手に入った喜びが勝った。


寿司のカウンターを隔てた調理場に立ってあの客を待った。

ガララ、と引き戸を開けて客がやってきた。


「いらっしゃいませ。なににいたしますか?」


「~~~のぉ、~~~~でぇあ」

"今日入ったいいのを、適当に握って"


「見える……! 字幕が見えるぞ!!

 これが字幕ウルトラの力なのか!!」


古代エジプトのヒエログリフよりも解読困難な

おじさんの言葉も字幕がつくようになった。


一気に視界がクリアになった気がして包丁を握る手に自信が満ちる。


「へい! 最高のを握りますね!!」


いけすから一番脂がのってイキがいい魚を取り出す。

もっとも美味しい部位に狙いをつけて、包丁を入れた。


そのとき、視界全部を覆うほどのバカでかい字幕が出た。



"ギャアアアーー!! 痛い! 殺さないでぇぇぇえーーーー!!!!"



これが寿司職人としての最後の日になった。

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