激動の時代へ

第42話 帝都進出

「これが……帝都レクアサンダリアか」


 揺れる馬車の荷台に立ちあがって、コニルは夢中でその姿を目に焼き付けた。

 国名と同じく、建国の英雄レクアサンダルの名を冠した首都。

 たった今越えて来た峠から見下ろす。緩やかな丘陵を下った先の平原は、春の盛りで鮮やかな新緑と群生する花々に彩られている。

 その向こうに、視界をほとんど埋め尽くす街並みが広がっていた。

 帝都を取り巻く城壁は、地平の彼方から彼方まで続いていた。その中に立ち並ぶ無数の建物。高い尖塔が立ち並ぶあれは、大聖堂だろうか。

 そして、街並みの奥、帝都の中心と思われる場所にそびえたつ王宮。西ユグドラシアの全土を統べ納める、皇帝の住まう場所だ。


(前世の東京とは、また違ったスケール感だな)


 単純な広さや建物の高さでは比べようもない。

 東京は、切れ目なく周囲の市町村とつながって広がっていた。しかし、帝都は城壁と言うはっきりした区切りがあって、それでも全てが見渡せない。

 鉄とガラスの超高層ビルに対して、石造りの建物はどっしりとした重量感を伴ってそびえ立っている。


「今日からここで暮らすんだ」


 住み慣れた領都エランを出て、はるかに大きな都市、帝都での生活が始まる。


(なんたって、あの三姉弟ともメンドクサイ教導師とも、縁が切れたしな)


* * *


 メリッド商会が帝都へ進出すると決まって、友人知人たちに別れを告げた。その反応は様々だった。

 メリッド氏が本店を帝都に移すと宣言したその日。コニルは一日、メリッド氏の挨拶回りに連れ回された。必然的に、お得意先でもある景福縫製へも。

 店主同士の長々しい挨拶の応酬の間、部屋の隅で子供同士の会話が始まる。


「ふーん。じゃあ、あんたいなくなっちゃうのね」


 ミラカは相変わらずだが、ここ何年かで随分と当たりが和らいだ感じがする。


「それで、その……ケイマルは?」

「ん、あいつはずっとここだってさ。魔物狩りで腕を磨くんだと」

「……そうなんだ」


 まだあきらめてないのか、とコニルは薄い目になった。


「コニル、達者でな」

「ああ、エクロもね」


 そのエクロも変わった。以前のように敵意を向けてくることこそ無くなったが、その代り陰のある表情が増えた。

 何か悩みでも、と思いはしたが、メンドクサイ事に決まってるのでずっと放置してきた。


(もっと話せば、仲良くなれたかな?)


 少し後悔はあるものの。


(ま、来世のどこかで挽回できるさ!)


 楽観的なコニルは、まさにその来世の一人がエクロの悩みの種なのを知る由もない。


「コニルお兄ちゃん、いなくなっちゃうの?」


 そして、ミアラは変わらない。たどたどしかった口調はしっかりしてきているが、会うたびに混じりけのない好意を向けてくれる。


「そうなんだ。お兄ちゃんも寂しいよ。元気でね」


 そこだけ、ちょっと湿っぽくなってしまった。

 やがて、あちらの「大人同士の話」が終ったので、コニルは景福縫製を後にした。

 それからメリッド氏に付き従って、主な取引先を回ったのち。


「コニル、君もお世話になった方々に挨拶してきなさい」


 そう言われて、コニルがまず向かったのはニオール夫妻の家だった。出迎えたのはソリアンひとり。


「御免なさいね。トレスクは今、『癒しの小道』に出かけていて」


 真昼間なので、薬か治療の方だろう。恩人であるニオール師の名誉のために、コニルはそう心の中でつぶやいた。

 そして、帝都へ行く話をすると。


「まぁ、それなら私たちも帝都への赴任を願い出ますわ」


 目を輝かせて喜ぶソリアン。


「ここの暮らしにもすっかり馴染んだけど、やっぱり実家のある帝都は別格よ」


 いつも聖女のように楚々とした彼女にしては、かなり世俗的なセリフが聞けた。


(ああ、やっぱり素敵だなぁ)


 そんな彼女に、あらためて胸キュンなコニルだが、残念ながら人妻である。


(帝都には……未来の花嫁との出会いが待ってるんだ)


 そう言い聞かせて、ニオール家を後にしたのだった。

 その後は中央広場へ行って、屋台のオッチャン・オバチャンたちに挨拶。串焼きとかピタとか飲み食いして、店に戻った。

 夕食の時、満腹で食が進まないコニルを、こちらに残る組になったグーヴィアン――徒弟の最年長だった彼も、今年、正規の店員になった――が冷やかした。


「景福縫製の彼女との別れで、胸が一杯なんだろ!」

「……それ、冗談にすらなってないからね」


 その夜のCQタイムでケイマルに告げた時は、「そうか、頑張れよ」と、そっけないが励ましの言葉。


(でも、ここを離れるともう、こうやってクーポンで話せないんだよなぁ)


 それがコニルにはちょっと寂しい。


(まぁな。でも、帝都には他の転生者が何人もいる。立場上、身分を明かさない奴も多いけど)

(……陰から見守ってくれる、てことか)


 心強くはあるが、面と向かって話せるケイマルみたいな相手ではないらしい。

 そんな気持ちを感じ取ったのか、ケイマルの言葉が脳裏に響く。


(向こうに行けば、新しい出会いが沢山ある。友達とも、彼女ともな)


 なんて素晴らしい励ましの言葉! と、コニルはちょっと涙目になった。


(ありがとう、ケイマル。そろそろ寝るよ)

(そうだな、おやすみ)


 そうして眠りに着いた、翌朝。

 希望に燃えるコニルを乗せて、帝都進出組を乗せた馬車が領都エランを後にしたのだった。


* * *


 そして、今。

 いよいよコニルは帝都レクアサンダリアの門をくぐる。

 それがこの世界の、激動の時代の幕開けだとは知らずに。

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転生クーポンあげます! ~魂のリサイクルとセルフ伏線で異世界を救えって?~ 原幌平晴 @harahoro-hirahare

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