第41話 幕間:ミラカの夏

 日が沈んでしばらくすると、暑さと共に街の喧騒も収まっていく。

 自室の窓から西の空にかかる上弦の月を見上げて、ミラカは思った。


夏中月なつなかづきの7日。今年も、あの方たちが来たのかしら)


 三年前から、毎年夏になると帝都で学ぶ領主の息子が帰省する。二人の学友と共に。そして二ヶ月の休みの間、この領都エランに滞在する。

 その間ミラカたち三は度々、お茶会に招かれるのだった。


(エクロには悪いけど……)


 そのたびに、弟のエクロには女装してもらっている。最初は嫌がっていた本人も、慣れたのか文句は言わなくなった。それでも、いつも居心地悪そうにしている。

 反面、妹のミアラは、学友の一人バトローが大のお気に入りで、「夏のお兄ちゃん」と呼んで慕っている。夕食の時も「今年も会えるかな」と楽しみにしていた。

 そして、自分は。


(……ライサス様)


 ミラカより二つ下だが、幼い顔立ちに浮かぶ利発さは、時折自分よりずっと年上のようにすら思うことがある。身分の違いを感じさせない気遣いに、巧みな話術。

 そうした如才のなさという点では、もう一人の男子と重なる。

 冒険者見習いのケイマル。

 かつて、人さらいに襲われたところを助けてくれた少年。彼もまた不思議な雰囲気をまとっていた。幼いころから父親に鍛えられたというが、それだけではない大人びた内面が感じられる。

 その二人の間で、ミラカの気持ちは揺れている。


(どっちも、手が届かないのは分ってるのに……)


 ライサスは領主の次男。平民の自分とは身分が違いすぎる。

 ケイマルには「心に決めた女性ひとがいる」と、はっきりフラれている。

 それでも、街で見かけるたびに、夏に舘に呼ばれるたびに、心が揺らぐ。切なく、ときめく。


「……ミラカ。ちょっといいか?」


 背後からの声。


「はい、お父様」


 振り返ると、風を通すために開け放っていた戸口に、父親が立っていた。


「先ほど、使いの者が来た。今年も、領主館の茶会に招待したい、と言う事だ」


 どきん。ミラカの胸がときめく。


「はい……いつですか?」

「それがな、明日だそうだ」


 随分と急な話だ。それでも、領主を始めとした貴族は、店の大切なお得意様でもある。


「わかりました。参ります」

「ああ、頼む。支度の方は俺からメイドらに伝えておこう」

「お願いします」


 父親が立ち去ると、ミラカはもう一度窓から半月を見上げる。


(明日のために、今夜は早く寝なきゃ)


 そう思いつつも、寝付くまでが長くなる予感がするのだった。

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