竜の長

 この世界は様々な次元を行き来する際の、中継点として機能するような絶妙な位置に存在しており、ムシケラの王やガラス玉の介入、鏡面世界の誕生。なによりユーゴという異邦人の訪れなど、かなり色々な面倒事が発生する。


 それ故、普通に考えると滅んでもおかしくはないのだが、ユーゴが超特大の免疫機能として活動しているため、表向きは平穏無事だった。


 なにせ余程も余程でなければ、剥き出しのブラックホールが光速で殴り掛かって来た時点で消滅する上に、権能の類も効果が殆どない理不尽さだ。彼と対峙した者達は泣いてもいいだろう。


 しかし忘れてはならない。


 一応ながらもそんな怪物に死因を押し付けることが出来た存在を筆頭に、この世界に住まう者達も尋常ではない。雑魚として片付けられようが、比較対象が悪すぎるのだ。


 例えば……最盛期真っただ中にいた全ての神々を敵に回し、それに加えて願いを現実に押し付ける超越存在を相手にしてなお、引き分けに近い形まで引き摺り込んだかつての最強種族の代名詞とか。


 ◆


 文明の名はなくただ機械生命体とだけ自らを認識して、全身が赤い流体の金属で構成されている人型が、鏡のような光沢をもつ銀の球体を観察していた。


「変化は?」


「ない」


「この異常なエネルギーの抽出に成功すれば、飛躍的な発展を望めるが……」


 機械生命体がとある次元の狭間を調査中、偶然発見した球体は様々な文明を侵略してきた彼らでも未知のもので、非常に高いエネルギーの塊であること以外は謎だった。


 そう、侵略である。


 最早機械生命体は誰もルーツを知らない命令に従って、有機生命体に対して侵略を仕掛けており、今はこの未知の物体を活用しようと企んでいたのだ。


「次の実験は?」


「電気的な刺激を与えてみる」


「分かった」


 ただこの球体に関してはあまり上手くいっておらず、様々な実験が行われている最中だった。


 パチリと伸びたアームから電気が奔り、球体の表面を僅かに刺激した。


 運が無いと表現するべきか。雷とは戦神が持つ最も一般的な力であり、とある種族を地に叩き落とすため頻繁に使われたものだ。


 それを思い出すような刺激は、球体をこれ以上なく活性化させた。


「反応があった!」


「数値が上昇しているぞ!」


「な、なんだこれは⁉」


 反応があったことに喜ぶ機械生命体だが、その反応は瞬く間に消失して代わりに焦りが生まれる。


 モニターに映し出される数値は異常の一言であり、とてもではないが制御出来ないエネルギーが活性化していた。


 キイイイイイイイイイイイイ。


 耳障りな高音が発せられた次の瞬間、球体を保管していた施設は巨大な爆発を起こす。


「緊急出動! 緊急出動!」


 この異変を感知した金属生命体の軍が、何があってもいいように展開した。展開したが……手に余った。


『オ、オオ、オオオオ』


 爆発した施設の上空で銀が光る。


 長大な翼。はっきりとした四肢。獣ではなくどちらかと言うと人型。裂けた様な黄色の瞳。銀色に輝く鱗に尻尾。鰐のような頭部。


 山程度はある巨体。


 古代のエルフがここにいれば即座に撤退しただろう。


 紛れもなく頂点種の中の頂点。


 主神殺しに参加し、神々に牙を突き立て、戦神と殺し合い、主神の長子からも逃げ切った超越者。


『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』


 かつての恐怖の代名詞が天に向かって吠える。


 防御に特化し過ぎていた特殊個体ではなく、殺すという本来の能力を持った者。


 竜達の長。


 その一柱。


 古代のエルフ達から無敵竜とまで評された、ギラが人工太陽の光を浴びて輝いた。


『我ら以外、全て滅ぶべし!』


 ギラの目には有機物が一切存在しない金属の大地、天まで伸びる建築物、そして金属生命体が映る。


 そんなことは竜の長には関係ない。


 ただ自分達以外の全てに戦いを挑み、滅ぼし、勝利することこそが竜の宿願だ。


 その点では金属生命体と全く同じ思考であり、余人が見れば勝手にやってくれ。出来れば相打ちで頼むと言われるような存在だった。


「攻撃開始!」


『蠅如きが!』


 音速を容易く超えるシャープな見た目の戦闘機から青白いビームが発射され、ギラの体表に着弾する。鉄筋コンクリートのビルを容易く貫通するビームを受けて、生物が無事な筈がない。


 問題だったのは、果たして生物の分類に当て嵌めていいのか分からない怪物が相手だったことだ。


 ビームが着弾したギラが一瞬だけ光ると、そっくりそのままのビームがギラの体表から発射され、寸分の狂いもなく戦闘機に返って来た。


『ゴミめ! 塵芥め! 無駄! 無意味!』


 爆炎を発しながら戦闘機が墜落すると、地上からもビームの嵐が巻き起こりギラに着弾。しかし、その全てが吸い込まれるように霧散すると、再びギラの体から発射される。


 魔法反射能力。どころの話ではない。


 遠距離攻撃全反射能力という、概念や権能としか表現出来ない力を持つギラは、古代の戦場に現れればそれだけでエルフの軍勢が攻撃を中止した怪物だ。


 そのため戦神達が肉弾戦を挑んだが、結局仕留めることは出来ず取り逃がしてしまった。


『不遜! 滅べ!』


 しかもこの竜、反射した攻撃をある程度の間だが記録することが可能で、今は自らの力でビームを発射してビルの間を飛び回っている。


 そうなると切断された軍事施設が地表に落下し、戦車や兵士達を押し潰してしまう。


「なぜ攻撃が効かない⁉」


 金属生命体が驚愕している最中もビルは盛大に崩れ落ち、多種多様な戦闘機が地表に墜落し、彼らが築き上げた戦争文明としての形が壊れていく。


 ギラが街のような場所を一直線に飛翔すると、それだけで壊滅的な更地が出来上がり、あちこちで炎が吹き上がる。


 その有り様はまさに地獄でありながらも、今まで金属生命体が作り出してきた光景と何ら変わりがなかった。


 壊れる。壊れる。壊れる。


 燃える。燃える。燃える。


 形ある物はいつか壊れる。それが今訪れていた。


『オオオオオオオオ!』


 ギラの体からビームが発射され続ける。


 十。五十。百。


 もっと増える。


 攻撃をされればされるほどギラの体が輝き、それの応じて反撃も過剰なまでの火力になる。


「こ、こんな馬鹿なことが……」


 機械生命体のくせに呆然としている個体がいた。


 馬鹿なもなにも、今まで行ってきたことが自分達に返っているだけの話だ。


『っ⁉』


 その時ギラが、懐かしい気配を感じて動きを止める。


 それは次元を移動するために用いられる巨大な門のような装置であり、ギラはそこから故郷の空気を感じ取った。


 しかも起動する寸前であり、帰巣本能のようなものに従ったギラは捻じれる空間の渦に飛び込んだ。


 その余波で装置は役目を終えると壊れたが、ギラにすれば知ったことではない。


 運が悪かったとしか言いようがない。


 かつてはいなかった存在を察知しろなど無理な話だ。


『オオオオオオオオオオオオオオオ!』


 またしてもギラが吠える。


 懐かしき星々。懐かしき大地。懐かしき空気。


 それを味わったギラは、全身からビームを発射して喜びを表現した。遠くに見える街へ直撃するだろうが大した問題ではない。


 青白いビームが黒にかき消される。


 認識は不可能。


 パンッと乾いた音が響く。


 頭部が爆散したギラの体が地表に落下する。


 地面に着弾する前にもう一度乾いた音が響く。


 ギラの胴体が丸ごと消失した。


 更にもう一度。


 僅かに残っていた羽と尾が消える。


「急にビームとかなんだコラ」


 ギリギリ。有人惑星で許されるギリギリの質量を保っている黒い靄が、怪物の中の怪物が塵となった竜の長に悪態を吐いた。


 それで終わりだった。終わらせることが出来るのが怪物だった。


 まさしく……触れるべからず。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

その男に触れるべからず ~過去にやらかし過ぎた最強男の結婚生活 反省しているので化け物呼ばわりは勘弁してください~ 福朗 @fukuiti

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ