最終話 噴水の日


~ 八月二十一日(金) 噴水の日 ~

  本日の発明品 持ち運び式噴水


 ※活潑潑地かっぱつはっち

  すげえ勢い




 善なのか。

 悪なのか。


 こいつの存在は。

 もう、よく分からん。


 でも、今日の発明だけは。

 みんなが嬉しい。


 それはよく分かる。



「……夏休み最後の発明品だな」

「うん。自信作……、よ?」


 随分複雑な形状のシャワーヘッドは。

 霧状に美しい噴水を撒く仕組みになっているらしく。


 暑い日にはそのまま気化して。

 地面に水が溜まる心配もない。


「ミストカーテンの応用か」

「周りも涼しくなるし、綺麗だし。一石二鳥……、ね?」


 これだけの物をこともなげに作ってしまう博士。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 刃物女に許可を貰って。

 店の裏から長いホース二本で水を引いて。


「でも……、ほんとにいいの?」

「水、溜まらねえんだろ? 涼しくなれば凜々花も喜ぶだろうし、むしろ万々歳だっての」


 俺の家の、だだっ広い駐車場に。

 砂利を使ってしっかり発明品を固定した舞浜が手をかざすと。


 刃物女が水道の蛇口をひねって……。


「おお! こりゃ綺麗じゃねえか!」

「ふわっ!? こ、呼吸が……!」


 霧ん中じゃ、傍目八目おかめはちもくだっての!

 苦しいばっかで何も見えん!


 舞浜と一緒に慌てて離れて。

 店の入り口から振り返ってみれば。


「おお。こりゃあ想像以上」

「うん。私も、想定以上……」


 風で流されて。

 多少形が崩れているものの。


 勢いよく噴き出した水が濃淡を作って。

 虚空に見事に描かれたユリの花。


 今日になって、ようやく外に並ぶようになったお客様からも。


 拍手喝采。

 雨あられ。



 歓声を浴びて。

 照れくさそうに俺に隠れながらも。


 皆さんにお辞儀をしてるこいつ。


 誰かのためだったり。

 自分のためだったり。


 この夏休みの間。

 想像を絶する品々を作り続けて来たけど。


 結局のところ。

 ぜーんぶ自分がやりたいから。

 勝手に作ったものばかり。


 それにしても活潑潑地かっぱつはっち

 我が家の屋根ほども舞い上がった水しぶきが。

 風に吹かれて、俺んち飲み込んじまってるけど。


 よそんちだったら。

 またクレームになってたとこだな。


「さ、仕事するぞ」

「うん。頑張ろう……、ね?」


 レジに入って。

 店内にいたお客さんからも称賛される舞浜秋乃。


 ご近所さん、常連さん。

 わざわざ遠くから足を運ぶファンの方。


 みんなに愛されるこの女に。


 善悪なんてものは。

 そもそもないんだろう。


 あるのはただ……。


「大変! おにい、超大変!」

「なんだよ凜々花。ちゃんと列に並べ」

「窓開けっぱのおにいの部屋、湿度二百パーかよって程にビバしっとり!」

「噴水のせいかーーーーーーー!!!」


 慌てて駆け出した俺は。

 そんな最悪の状況にも関わらず。


 申し訳なさそうな顔して。

 慌てて蛇口を締めに行った舞浜の姿を。

 笑いながら見送って。


 びっしょびしょになった部屋から。

 ありとあらゆるものをベランダへ放り出した。



 ひでえ目に遭ったが。

 これだけの陽気だ。

 あっという間に乾くだろう。


 ああおもしれ。


 俺はベランダから。

 しきりに謝る舞浜の姿を見つけて。


 また、楽しくなってひと笑い。



 ――舞浜に。

 善悪なんてものは。


 そもそもない。


 あるのはただ……。



 俺は、もう謝らなくていいよって。

 下に向けて手を振ると。


 舞浜は、大きく頷いて。


 そして。




 再び蛇口をひねりやがった。




「うはははははははははははは!!! ちげえよバカやろう!」


 そう。

 こいつにあるのは、ただ。


 俺を笑わせてえって思いだけなんだろうな。




 秋乃は立哉を笑わせたい 第4.7笑

 =友達の長所と短所を知ろう=




 おしまい♪




 ……

 …………

 ………………



「ふいー! じゃあ、カンナさん。短い間だけどお世話になりました!」

「沢山の事を体験できたこと、心から御礼申し上げます……」

「おお、上りかお前ら」


 めちゃくちゃだった短期バイトも。

 今日で終わり。


 刃物女とは、明日からの旅行も御一緒するわけだし。

 お向かいさんなことは変わらねえけど。


 でも、ちょっとだけ寂しい。

 一つの区切り。


 並んで丁寧にお辞儀した俺と舞浜。

 その肩を、軽くポンと叩いた刃物女。


 そう言えば、こいつに対する印象も。

 バイトを通して。

 随分変わったもんだ。



 四方八方に目が届くし。

 俺たちのミスを瞬時にフォローしてくれたし。


 真面目な話を振ると。

 理知的な返事をしてくれたし。



 お前。

 大したやつだったんだな。



 ……そう。

 思ったんだから。



 バカ言い出すんじゃねえよ。



「お前ら、週二でいいけど一週間前には入る日言えよ? 急に仕事したくなった時は電話くれたら大体入れてやるけど」

「…………は? なに言ってんだ? 短期バイトだって言ったじゃねえか」

「短期だぜ? 試用期間一週間。その後三年間って契約」

「三年間んんん!? 三週間って言ったろうが!」

「ほれ、契約書よく見ろよ。ここに書いてある」

「こんなちっさい字、読むわけねえだろふざけんな! それに三年のどこが短期なんだよ!」

「退職金も出ねえほどの短期間だ」

「高校生活まるっと包んで余りあるほどの長期間だ!」

「まあ、これからもよろしくな!」

「うるせえぞ、この詐欺師女!」


 ふざけんなよ、週に二日もバイトなんかできるか!

 ぜってえもう二度と!

 こいつだけは信用しねえ!


 そう心に誓う俺の隣で。

 この、よく分からん女は。


「こ、これからも頑張ります!」


 握りこぶしで高らかに宣言して。

 俺に深々とため息を吐かせやがった。



 ……ああ、ようやくわかったぜ。


 こいつの長所は。

 俺を笑わせる事。



 そしてこいつの短所は。



 俺を怒らせることだ。





 秋乃は立哉を笑わせたい 第4.9笑

 =友達を名前で呼ぼう=

 2020年8月23日(土)よりスタート!


 嘆くな立哉!

 これは天が定めた宿命なのだから!


 ひとまず、明日からの旅行で。

 棘を抜いて来るがいい!



 今回の特別編はお祭り見物!

 浴衣と屋台と夜と恋!

 綿あめタコ焼きりんご飴!


 花が勝つか、団子が勝つか。

 読者様にはもうバレている気もするぞ?



 ……そして夏休み開始の時。

 二人が胸に宿した小さな願い。


 果たして最後の二日間で。

 叶えることができるのか?

 


 どうぞお楽しみに♪


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

秋乃は立哉を笑わせたい 第4.7笑 如月 仁成 @hitomi_aki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ