交通信号設置記念日


~ 八月二十日(木)

  交通信号設置記念日 ~

  本日の発明品

    駐車場の満車表示灯


 ※延頸挙踵えんけいきょしょう

  皆様のご来店を心よりお待ちしております




 誰にだって良いところがあって。

 誰にだって悪いところがある。


 清濁あってこそ。

 人は人足り得る。


 でも、良し悪しなど誰が決めるのか。

 清濁はどこが区切りなのか。


 誰かにとっての善行は、誰かにとっての悪になりうる。


 清すぎる水に魚は住めない。



 ……果たして彼女の本質は。


 良い人なのか。


 悪い人なのか。



 ~´∀`~´∀`~´∀`~



「すげえなあ」

「すげえよな」


 駅前の個人経営ハンバーガーショップ。

 ワンコ・バーガー。

 

 そこから二つほど離れたブロックに作られた。

 巨大ショッピングセンター。


 広大な駐車場を持つが。

 繁忙期には満車になって。

 空き待ちの行列ができる。


 そこに目を付けた。

 近隣で、土地を持て余していた人たちが。


 空き地を駐車場にしてみたものの。

 案内表示も無くて車は来ないという状況。


 最悪なこの状態を。

 解消する一手とは。


「…………タダであげたのか?」

「ああ、宣伝費としちゃべらぼうに安いからな」


 舞浜が作った。

 駐車場の満車表示灯。


 これを、ショッピングセンターの親会社に勤める。

 お袋が監修して、設置工事をしたんだが。


 表示灯には、近隣駐車場の空き状況も詳細に表示されていて。


 お客さんもショッピングセンターも。

 そして駐車場のオーナーも幸せになる画期的なアイデアなんだ。


 まあ、ついでに。

 満車表示の下半分に。


 ワンコ・バーガーの宣伝が入っていたりするのはご愛敬。



 ……この発明品。

 舞浜が、炎上前から。

 クレーム対策の一環としてコツコツ作ってきたものなんだが。


 どうやって設置したものか相談された時。

 すぐにお袋の顔が頭に浮かんだものの。


 話を持ち掛けるのには。

 反対だったんだ。


 理由は一つ。

 商売敵の宣伝なんてするはずねえから。


 でも。

 お袋は意外にも。

 二つ返事で引き受けてくれたんだ。


「みんな幸せだから……。保坂君のお母様もオーケーしてくれたんだよ、ね?」

「いいや、違う」


 お客様ファーストで、その上。

 地域の皆様にも幸せになってもらいたい。


 お前の発明は、そんな思いから作られたんだろうが。


 残念ながら。

 お袋は儲けファースト。


 近所に何かと話題の店があるなら。

 そこへ投資することは損にならないと。


 ガチで言い切ってやがった。


 そんなお袋の、ネコの皮。

 この炎天下でよく羽織っていられるな。


「以降、保守やトラブル対応は弊社が引き受けますが……、ほんとにこれを無償でいただいてもよろしいのですか?」

「ああ、かまわねえよ? ほとんど金かかってねえし」

「しかしシステムとハードウェアの材料費と人件費。莫大な金額になると思うのですが」


 猫を被ったまんまのお袋と。

 いつも通りの刃物女が。


 ショッピングセンターの駐車場入り口で。

 『空』表示の満車表示灯を見上げながらビジネストーク。


「うんにゃ? 人件費だけだな。バカ太郎、プログラムだっけ? 何時間かかったんだ?」

「さ、さ、三時間……」

「バカ浜は? あの信号何時間で作ったんだよ」

「全部で十五時間……、かな? 材料を拾って来るのにも少しかかってる……」

「ってことで、三万もかかってねえから」


 この二人、かつては似てるなあって思ってた時期もあるんだが。


 こうして見ると。

 真逆だな。


 一瞬、頭を抱えかけたお袋だったが。

 慌てて猫を被り直して。


 刃物女と契約成立の握手をする。


 そうだよな。

 いくら相場が分からねえ俺にでも。


 無料であげていいような物じゃねえってことだけはよくわかる。


 ――満車になったら。

 自動で他の駐車場の状況と道順を表示するシステム。


 そのあたりのプログラム的なサムシングは。

 小太郎さんが一人でやったらしいけど。


 それにこの表示板。

 舞浜が一人で作ったようなんだが。

 ほんとに拾って来たゴミから作ったの?


 なにもんなんだよお前。


「でも……。しばらくは、役立たず……、ね?」

「まあな。ショッピングセンター、大炎上してるし」


 こんな表示板、笑い種ってほど。

 駐車場はガラガラだ。


「消火にどれだけかかるやら。どうなんだよ、お袋」

「あんた、知ってたんならすぐに教えなさいよ」

「……落ち着いてるってことは、それほどでもねえってこと?」

「ウチには情報戦専門の部署もあるからね。それでも何日かは客足も遠ざかるでしょ」


 具体的にどの程度お客が減るのか。

 それはよく分からねえが。


 この場にいねえピカパーが。

 絞られてるってことだけはよく分かる。


「よし! この件は以上! そんじゃ、東京に戻るから」

「おいこら。凜々花に会ってけっての!」

「そんな時間ねーわよ。既に十五分押し」

「じゃあ二十二と二十三、空かねえか?」

「無理ね。じゃあ後はよろしく!」


 シュタっと手をあげて。

 車に滑り込んだかと思うと。

 あっという間に走り去るお袋を見て。


「……ドライなお袋さんだな」


 さすがの刃物女も。

 目を丸くさせてやがる。


「ほれ、こっちも帰ろうぜ。いつまでも店を空けとく訳にいかねえし」


 そう言いながら歩き出した瞬間。

 ふと感じた違和感。


 …………どうしてだろう。

 多分、この夏休みが始まる前は。


 そんなこと思わなかったはずなのに。


 俺は、ぴたっと足を止めて。

 表示板へ振り返る……、フリから急反転。

 舞浜の手元に首をぐりんと向けると。


「……なんだその手に持ったリモコン」

「こ、これは……、テレ、ビの、ね?」

「ほう? 舞浜家のテレビは『空』と『満』の二局しか映らないんだな?」


 俺は、舞浜からリモコンを取り上げて。

 表示板へ向けて『満』ボタンを押したら。

 案の定、表示が切り替わった。


「お前、『満』表示にしたままにして、車で来た客を追い返そうとしてやがったな?」

「そ、そんな、こと、しない、よ?」

「目がビート板掴んで逃げてってるじゃねえか」

「こ、これはバタ足の練習……」


 誤魔化そうったってそうはいかねえ。


「だったら目ぇスイミングさせてんじゃねえ。それよりこれ、どうやって空車に戻すんだ?」

「え? 『空』のボタンで戻る……」

「押してる間はな。離したら『満』に戻るぞ?」


 舞浜にリモコン渡して、待つこと三十秒。


「こ、壊れた……、かも」


 頭が痛くなる結果が返ってきた。


「小太郎さん、すいません。直せます?」

「ショッピングセンターに置いてあるパソコンからリセットかければ直ると思うけど……」

「すまねえ、刃物女。そういうわけだから、小太郎さんだけおいてくけど構わねえか?」

「いや? もう一人必要だろ」


 おお。

 確かに、リモコン押しっぱなしにしておくやつが必要だ。


「じゃあ、舞浜に……」

「いや、こいつが戻らねえとオムライスのサービスが始められねえからな」


 …………おい。



 こうして俺は。

 座ってても良いじゃねえかと気付くまでの一時間。

 リモコンの『空』ボタン押したまま。

 炎天下に立ち続けた。


 だから。

 皆様のお越しを。


 延頸挙踵えんけいきょしょうしております。



 ………………

 …………

 ……


 

 善なのか。

 悪なのか。


 散々悩まされてきたが。


 俺は一つの結論に達することが出来た。


 こいつは。

 それが自分の欲望だから。

 他人に親切にして。


 しかもその代償に。

 誰かに迷惑をかける。


 さらには。

 迷惑かけてることに気付かない。


 そういうやつなんだ。

 


 ……とは言ったものの。

 どんな人間だって。


 大なり小なり。

 他人に迷惑をかけるもの。


 だったら、これだけ一生懸命。

 夏休み中、ほとんど寝ずに発明ばっかりして。


 誰かに迷惑かけてることも知らずに。

 誰かの為にと頑張ってきたこいつを。



 誰かが褒めてやらなきゃならねえのかもしれない。



 俺は日焼けした肌を厨房のクーラーで冷ましながら。

 オムライスをフロアに運ぶ刃物女に声をかけた。


「……そうだ。お前に頼みてえことがある」

「やなこった」

「散々儲けさせてやったんだ。ボーナスのつもりで、二十二と二十三、空けといてくれ」

「だから嫌だって…………? いや、旅行か? どこ行く気だ?」


 俺は、なるべく気を引く算段を立てながら。

 まずは目的地を口にすると……。


「行く!」


 あっという間に。

 大物を釣り上げることに成功した。


「久しぶりだぜ! あいつ元気してっかな!」

「なんだ。現地に知り合いいるのか?」

「おおよ、早速連絡取るか!」


 よし。

 これで足は確保。


 その足も喜んでくれるなんて。

 なんというウィンウィン。


 舞浜よ。

 みんなが幸せになる方法ってな。


 こうやるもんだぜ。

 分かったか?


「……カ、カンナ君!? 土日に出かけるなんて、お店はどうする気だい?」

「わっはっは! あたしはこいつに頼まれただけだぜ? 文句があるならこいつに言え!」



 …………うん。


 すまん、店長。


 なるほど。

 やっぱすべてが丸く、なんてものは。


 この世にねえのかもしれねえな。

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