俳句の日


~ 八月十九日(水) 俳句の日 ~

  本日の発明品? 和室


 ※花鳥諷詠かちょうふうえい

  ホトトギス派の基本理念。

  自然界、人間界における『四季』をそのまま客観的にうたうって意味。




 駅前の個人経営ハンバーガーショップ。

 ワンコ・バーガー。


 そこに。


 信じがたいものが生まれていた。


「お前さあ……」

「ば、バックヤードで見かけたから……、ね?」

「ね? じゃねえ」


 どうして保管されてたのか知らねえが。

 店の奥に転がってた。

 畳引っ張り出して来て。


 フロアに座敷席作っちまったこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 どういうわけか、近所のばあちゃんたちが。

 当たり前のようにちゃぶ台囲んで。


 お茶やら漬物やら。

 商品でも何でもねえもの頼んでやがるが。


「こら舞浜。サービス過剰だっての」

「で、でも、頼まれちゃうとあげたくなる……」

「また、刃物女に叱られ……、おっとっと」


 噂をすれば現れた刃物女が。

 ショッピングセンターの偵察から帰って来るなり。


 怯える舞浜見つめながら。

 ぽつりとつぶやいた。


「……なんとなく思ってたんだ。やっぱそっくりだな」

「え? ……ど、どなた、と?」

「その座敷席、しばらく午前中は出しといてくれ。あと、ばあさんたちは昔のルール通りだからな! 一時間に一品、何か買え!」

「じゃあ、いつものを人数分いただける?」

「久しぶりだな、アレ作るの……。おい、ヒナ子! ちょっと厨房借りるぞ!」


 そして厨房に入った刃物女が。

 バンズもハンバーグも横向きに半分に切ったバーガー作って。

 ピザみたいに八つになるよう包丁入れると。

 皿に乗せて、割り箸とタクアンつけて俺に持たせた。


「うわ、手間かかるな」

「半分バーガーだ」

「へえ。これ、いくらするの?」

「五十円」

「は?」


 え?

 こんな手間なのに!?


「……半分だから?」

「うるせえな! どんどん持ってけ!」


 よっぽど作り慣れてるのか。

 刃物女が面倒な作業を手早くこなす中。


 俺は三度の往復で。

 居並ぶ皆さんにやたらコスパのいい品を配って歩く。


「あらあら、懐かしいわねえ」

「お肉食べるのも久し振り」

「お兄ちゃん、しばらく見ないうちにかっこよくなったわねえ」

「お嬢ちゃんは、お花はどうしたの?」


 誰かと勘違いでもしてるのか。

 変なこと言いながらバーガーを箸で食って。


 そして狭苦しいちゃぶ台に。

 短冊やら筆ペンやら並べだす婆さんたち。


「ちょっと! なに始める気だよ!」

「俳句大会よ?」

「お隣りで毎朝やってるのよ? でも、しばらくお休みって言うからねえ?」

「ねえ? じゃねえ」


 俺は指示を仰ぐべく刃物女へ振り向いたんだが。

 あいつ、ネコみてえにでかいあくびしてレジカウンターに頬杖ついてやがる。


 黙認なのか?


「ああ、そうだ。その子供にソフトクリーム作ってやれ」

「まじか」


 全てがおかしいと思いながら。

 百五十円するソフトクリームをタダで男の子に渡してやると。


 婆さんから声をかけられた。


「お兄ちゃんもやってみる?」

「いや、俺は仕事中なんだが」

「じゃあ、お嬢ちゃんは?」

「そいつだって仕事……、おいこら」


 気付いた時には。

 もう座敷に正座して。

 短冊に筆ペン向ける舞浜の姿。


「お前、俳句なんか詠めるのかよ」

「…………願い事書くんじゃない、の?」

「七夕か」


 呆れる俺をよそに。

 ばあちゃんたちが、あちこちから説明し始めたんだが。


 同時に言われても分かるわけねえだろ。


「とにかく、書いてみればいいわよ」

「そうそう。習うより慣れろ」

「で、でも。何を書いたらいいのか……」


 あわあわするばかりの舞浜だったが。

 そんなこいつの背中を押した一言は。


 一番よぼよぼとした婆さんが。

 タクアンしゃぶりながら教えてくれたこと。


「俳句はの? 最近覚えた新しいことを詠むん。だからワシら、まいんち散歩しちゃあ、おてんとさんから新しいこと教わるん」


 ……おお。

 なんか深いな。


 舞浜にも、婆さんの言葉が正しく伝わったのか。


 力強く頷くと。

 さらさらと筆を走らせた。


「……できた」

「どれどれ」


 そしてちゃぶ台の上に。

 舞浜が、すっと置いた短冊に書かれていたのは。



 塩化鉄

  水と混ぜれば

   コロイド溶液



「うはははははははははははは!!! 水酸化鉄作ってんじゃねえ!」


 俺は爆笑だけど。

 婆さんたち、きょとんとしちまってるっての!


「な、何か違う……?」

「え? お前、これ笑わせるために書いたんじゃねえの!?」

「だって、最近覚えた……」

「うそだろ? どうなってんだよお前の中の小林一茶」

「あらあら。これじゃあ、季語がないわねえ」

「お前もうそだろ?」


 真面目に評価すんな。


「ど、どう作るのか教えて欲しい……」


 改めて訊いた舞浜に。

 またもや同時に婆さんたちから返事が届く。


「心が小さく震えたことを書くのよ?」

「悲しい、嬉しい、綺麗、幸せ、残念、可愛い、好き、切ないとかを詠むの」

「見た人が同じシーンを思い描いて同じ想いを抱くように詠みなさいな」


 そう、一言で言えば花鳥諷詠かちょうふうえい

 でもこいつにそんなの理解できるのか?


 不安でしかない力強い頷きと共に。

 舞浜が詠んだ二作品目。


 

 幼子が

  なめるアイスと

   手の甲と



「……おいおい。上手いな」

「上手いわねえ!」

「あ、でも……」

「ケンちゃん! あらやだ!」

「うはははははははははははは!!!」


 婆さんたち。

 慌てて男の子の手をティッシュで拭き始めた。


 お前。

 向かいに座ってる子のことをそのまんま書きやがったのか。


「いやはや、ちゃんと理解できてるのか怪しいもんだが。ほら、仕事しろ」


 俺の言葉に腰も上げずに。

 舞浜は、もう一枚短冊を手にすると。



 仕事中

  畳の冷たさ

   背徳感



「そう思うなら働けばかやろう。あと、ちょっと違う」

「なに……、が?」

「その背徳感を、背徳感って書かずに伝えるのが俳句なんだよ」

「な、なるほど。どう書く、の?」


 こいつ。

 意地でもサボる気だな?


 じゃあ、ぐうの音も出ない程叩きのめしてくれる。


 俺は短冊貰って。

 舞浜の達筆に見劣りしねえように出来るだけ丁寧に。


 畳にあぐらかきながら。

 筆を走らせた。



 尻の根を

  抜くに抜きかね

   冷や畳



「あら上手!」

「お兄ちゃん、やるわねえ!」


 いや、こんなの上手かねえよ。

 でも舞浜を悔しがらせることはできた。


 これで真面目に仕事するだろう。

 そう思っていたんだが。


 ……俺はその時。

 舞浜の新しい一面を知ることになった。


「……まさかの負けず嫌い」


 こいつ、短冊を手元に積んで。

 腕組みしながら長考し始めやがった。


「おいこら、そんなことしたら……」

「そうだな。バカ浜がこうなった責任とって、お前が二人分働かないといけなくなるよな」

「おいこら」



 こうして刃物女によって。

 外に立たされることになったわけなんだが。


「おばあちゃんによる楽しい俳句教室やってまーす」


 今日は思いの外。

 結構な客を集めることが出来た。


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