ビーフンの日
~ 八月十八日(火) ビーフンの日 ~
本日の発明品? はいチーズ
※
思いもよらない災いに遭う
今日も今日とて閑古鳥。
刃物女が言うには。
八月にしちゃ入ってる方だとのことだが。
以前の大繁盛を見た後じゃあ。
いろいろと不安になっちまう。
と、言う訳で。
こうして儲かるためのアイデアを出してやってるわけなんだが……。
「うん、一口目はうめえな」
「そうだねえ。でも、これじゃあ商品としてはダメかな」
「やっぱそうか。……雛さん、油、これ以上押さえるのは無理だよな?」
「だな。味がぼやける」
昨日、仕事あがりに食った焼きビーフン。
ひょっとしたら、ハンバーガーにしたら美味いかもと。
雛さんに作ってもらったんだが。
「油分と水分が致命的だ。どうあってもバンズの邪魔をする」
「だよなあ。いっそのこと、レタスでくるんで出すのもいいかって思ったけど」
「いや、手間の割にインパクトに欠ける。却下だ」
年中、真新しいバーガーを店頭に並べるワンコ・バーガーに。
俺の付け焼刃のアイデアが受け入れられることは無かった。
「でも、美味しい……、よ?」
「お前は幸せな味覚してるよな……」
一口目のインパクトはあれど。
誰もが半分も食べずに一旦包みをトレーに置いてしまうような品を。
ぺろりと平らげて、両手を合わせるこの女。
「良く食えたな、全部」
「だ、だって。美味しかった……」
嬉しいこと言ってくれるが。
でも。
「本人が納得してねえ場合は嫌味になるんだ。覚えとけ」
「で、でもね? ほんとに美味しかった」
「だから……」
「……昨日、保坂君が作ったのよりも」
「ぐはあっ!!!」
まさか、本気で嫌味だったなんて!
もうお前にメシなんか作ってやらん!
とは言うものの。
確かに雛さんの作った焼きビーフン。
俺のより数段うめえ事は事実。
文句はあれど。
何も言い返すことなんかできねえ。
……しかし、この女。
紙ナプキンで口を拭く舞浜。
バイトの間、こいつのことを。
少しは知れると思っていたんだが。
日によって。
俺に親切だったり辛辣だったり。
接客もまるでダメなくせに。
積極的にクレーム対応したり。
今までの印象通り。
さっぱり分からん。
結局、変なやつだって思いが深まったのと。
こいつの美貌が、客を他県からも呼び寄せるレベルだってことを知っただけ。
不思議な女は。
どこまでいっても不思議なまんま。
俺はいつか。
こいつの事を全部理解できる日が来るのだろうか。
……レジカウンターに頬杖ついて。
ため息ついて考えてみても。
答えなんかでやしねえ。
しかも。
咎めるやつもいやしねえ。
「……今日は、ほんとお客来ねえな」
「そう思うんだったら外に出て客寄せしてろ」
この刃物女め。
二言目にゃそればっか言いやがって。
「冗談じゃねえ。他の奴に頼んでくれ」
「てめえしかいねえから言ってるんだ」
「他にもいるだろ。えっと……、あれ?」
そういや。
最近見かけねえ奴がいるな。
「……ピカパー、ここんとこ来ねえな」
「ああ、バカ紫か。来られても困るんだが」
「誰がバカ紫だって!?」
おお、噂をすれば。
見紛うこと無きピカピカの紫スーツ。
超、総支配人が久しぶりに顔出したかと思うと。
嫌味なことをまくし立てる。
「ふん! さすが三流ショップ、今にも潰れそうじゃないかね? もう、とっとと潰れてしまえ、目障りだから」
「なんだとてめえ! うちが大ブレイクしてた間、甘い汁すすってた奴のいうセリフか!?」
「もういらないんだよ、君たちなんか! 私のショッピングセンターは、君たちの浅知恵と違う、まったくのオリジナルアイデアで今日は長蛇の列なんだからね!」
なんだって!?
「おいおいほんとか、ピカパー?」
「もちろんだとも! ……あと、ピカパーと呼ぶなと何度言わせる気だね?」
「ちきしょう、どんな手使ってんだ!」
「はん! そんな事、敵に教えるとでも思っているのかね? さすが三流店舗の三流バイト。考え方が浅はかだね!」
くそう、なんて言い草だ、このお調子もん。
……ん?
お調子もん?
「……そうですね。きっと、超、総支配人の思い付いた超作戦なんて、超俺ごときには思いもつかない超素晴らしいアイデアなのでしょうね」
「わっはっは! ようやくわかってくれたかね? 僕の超! 天才っぷりが!」
「ええ、俺なんかが聞いてもまるで正確に理解などできないでしょうけど、こんな俺でも分かるように教えていただけませんか?」
「お安い御用だよ! 僕が超! 端的に説明してあげよう!」
ふっ。
ちょろい。
「それはありがとうございます。どんな作戦なのです?」
「僕のショッピングセンターに入っている系列店舗、ライバルステーキとライバルうどんで、今日からルーレットで当たりを出したお客様への無料サービスをしているのさ!」
「まるパクリじゃねえか!!!」
呆れたぜ!
それのどこがオリジナル作戦なんだ!?
呆然とする俺をよそに。
こいつは目ざとく焼きビーフンバーガーを見つけて。
包みを開きながら、鼻で笑う。
「ふん! ビーフンなんて低俗な発想だね! こんなものに騙されるような客しか相手にしていないからアイデアもチープなものになるあーん。んぐんぐ、ほうれみたことか、このバンズにまったく合わないと一見思われる安物のビーフンが絶妙な油の甘みと複雑な味付けがもんのすんごくうめえええ!」
…………は?
「よし! 早速パク……、ごほん! 僕のひらめきを商品化しないといけないね! それじゃあ失礼するよ!」
「おい待てピカパー! そんなの作ったら一気に客が離れ……、行っちまった」
せっかく忠告してやろうとしたのに。
聞きゃしねえで、走って出て行っちまったが。
なあ、刃物女よ。
「あの商品、ダメだよな?」
「ああ、ダメだな」
「しかも、無料サービス始めたって」
「あっという間に、うちの二の舞になるだろうな」
だよなあ。
こっちの店に攻撃してたやつらが。
矛先変えて、既に攻撃し始めているんじゃなかろうか。
「……やれやれ。地域全体が冷え込むんじゃねえのか?」
「まあ、こう毎日暑いと。丁度いいかもしれねえぜ」
らしくねえ冗談言いながら。
刃物女が苦笑いしてるけど。
やれやれ。
これじゃあ、舞浜の夢が叶って。
スッカスカな店になっちまうっての。
今も、外に飛び出して行ったあいつが。
小さな子供を二人連れたばあさんを店に勝手に入れて。
椅子に座らせて、タダでお茶とお冷やを振舞ってるけど。
……心の底から幸せそうな笑顔で。
ご近所さんと楽しそうにお話して。
そういう姿が。
似合う女なのは分かる。
分かるが。
それ、ダメだっての。
お前が勝手なことするなら。
俺も勝手なことをさせてもらうぜ。
数時間後には。
また、お前を泣かせることになると思うが。
俺は、やっぱり。
金貰ってる以上。
それに見合った金銭を稼ぎ出さなきゃいけねえって思うんだ。
……
…………
………………
「い、意地悪、保坂君……」
「うるせえ。ちゃんと笑顔で写れ」
なんとか適度な集客の成功。
と言うか。
オムライスで見かけた顔ばっかしだが。
「俺も、ピカパーの事笑えねえや」
俺のアイデアも、結局まるパクリ。
おいしくなーれオムライスに続くネタは。
店員さんとのチェキサービス。
レジに立ってるのは俺たちだから。
必然的に女性客は俺と。
男性客は舞浜と撮ることになる。
そう思っていたんだが……。
「…………お前、女にも人気あるのな」
撮影台に立ちっぱなしの舞浜が。
女性客に腕を組まれてはいチーズ。
「よし。その調子で頑張れ」
そして俺がかけてやった労い聞いて。
首、回りだすんじゃねえかって程左右に振ってるけど。
そんな間にも。
かっちりスーツの男性客が。
「すいません! オムライスをケチャップとチェキのサービス付きで!」
新商品を注文してきた。
「まいど。千五百円になります」
「け、けちゃっぴーちゃんとも撮れます……、よ?」
舞浜は、必死の抵抗をするも。
あっさりきっぱり否定された。
「いいえ!」
「うう……。では、こちらに……」
「夢のようですよ! 雛さんと一緒に写真撮ってもらえるなんて!」
「「え!?」」
……いや。
確かに『店員と』って明記してあるけど。
まいった。
これはただじゃすまない予感。
「ひ、雛さん。ご指名です……、よ?」
まるで舞浜みたいな口調で厨房に声かけると。
とんだ
エプロンで手を拭きながら現れた般若が。
視線で俺を殺そうとしながら。
撮影台に立ってくれはしたんだが。
この日以来。
俺は雛さんと顔を合わせる度。
舌打ちされるようになった。
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