パイナップルの日


~ 八月十七日(月) パイナップルの日 ~

  本日の発明品

   もえキュンメイド・けちゃっぴーちゃん


 ※強談威迫ごうだんいはく

  要求に従わせるための脅し




 駅前の個人経営ハンバーガーショップ。

 ワンコ・バーガー。


 その二台のレジ。


 隣のレジの横に。

 ちょこんとしゃがんでいるのは。


『イラサイマセゴシジンサマ』

「もう、あまりのことに驚くことすらできん」


 身長十五センチほどの、しゃべる人形。

 メイド服に兎耳が可愛い。

 もえキュンメイド・けちゃっぴーちゃん。


『オイシクナアレモエモエキユー』


 抑揚のない機械っぽい声が。

 逆にお客のハートを掴む。


 そんな。

 ハート型ケチャップ提供ロボだ。


 絶対、ネット上で見つけたキャラをそのまんま3D化させたんだろうが。


 著作権が心配になるほど。

 クオリティーが高い。


 そんな萌え人形が。

 ケチャップボトル抱えて。


『イラサイマセゴシジンサマ』


 カクカクとレジ横でお辞儀なんかしていたら。

 話題にならないはずはない。


 ……と。


 俺は思うのだが。


「オムライス下さい! ケチャップサービスを舞浜さんでお願いします!」

「ひいっ!?」


 開店から今まで。

 十五人が注文したオムライス。


 五人は女性客だったから俺がハート書いたんだけど。


 残り十人の男性客の内。

 八人がハートを書いてとお願いする相手は。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 今も、泣く泣くハートを書いて。

 そんな姿を見たお客をキュン死させてるが。


 また炎上するから。


「舞浜。あざといの禁止」

「そ、そんなの狙ってない……」


 日本の未来が心配になるほど。

 お客は口をそろえて『最高のご褒美』と。

 舞浜の中途半端なハートマークを称賛する。


 でも。


「今回の発明、よくできてると思うんだけどな……」

「萌えの定義って、分からない……、ね?」


 意外にも声のかかる機会の少ない。

 もえキュンメイド・けちゃっぴーちゃんの頭を人差し指で撫でながら。


 俺は再び。

 日本の未来を案じてため息をついた。



 ……未だにアンチが騒いでるせいで。

 それなり空いてるけど。


 それでも最低限はお客を確保できたこのアイデア。

 まあ、これくらいなら文句言われねえだろ。


「いやはや、よくやってくれたぜ。じゃあ廃材裏に捨てといてくれ」

「了解」


 お客さん、少ないから。

 俺は暇を見つけて作り置き棚を解体した。


 勝手はわからねえが、構造は分かる。

 店長さんに貸してもらった電動ドリル使って。

 何とか分解することが出来たんだが。


 こいつを抱えて更衣室からぐるりと裏に回るの。

 さすがに面倒になって来た。


 俺は、最後の一抱え。

 鉄くずと共に堂々と正面へ。


「こら! そっちから出るやつがいるか!」

「どうせお客は常連さんだけだ。いいよな?」


 俺は了承のニュアンスしか感じない笑い声を浴びながら。

 自動ドアを開いたところで。


「おっと、いらっしゃいませ。どうぞお先に」


 丁度入って来たおっさんに道を譲ると。


「えっと……。すいません、持ち込みいいですか?」


 今まで対応したことの無い言葉をかけられた。


「え? どうなんだろ。カンナさん! 持ち込みっていいのか?」

「おお、いいぜ! でも、一人一品くらいは買ってくれよな!」

「……だ、そうです」

「よかった……! みんな、入れるってさ!」


 そしておっさんの後ろから。

 お母さんと男の子が入店したんだが。


「お父さん! でもこれ、どうやって切るの?」

「そうだよな、困ったな……」


 男の子が抱えているそれは。


「パイナップルぅ!?」


 ……まるまんま一個。

 どうしてそんなの持って来た?


 さすがに見かねた刃物女が。

 レジから出て来てパイナップルを持ち上げると。


「しょうがねえな、切ってきてやるよ」

「ボク、見てていい?」

「おおいいぜ! でも両手はずっと顔の横でお日様マークだ! 約束できるか?」


 刃物女が、顔の横で手をパーにして開くと。

 男の子は真似して。

 大喜びでついていく。


 ……さすが商売人。

 柄でもねえ事、簡単にしてくれやがる。


 まあ、俺もケチャップでハートとか。

 柄にもねえことやってるけどな。


 厨房では、雛さんが軍手をはめて。

 調理用とは別のまな板と包丁出して。

 パイナップルを切り始めてる。


 すると男の子は言うこと聞かずに手を出そうとするから。

 刃物女が慌てて両手掴んでやがる。


 ……なにがお日様だ。

 最初っからそうすりゃいいのに。


 俺は苦笑いと共に自動ドアから外に出て。

 外階段の下にゴミを置いて振り返ると。


「すいません! これ、ここで食べていいですか?」


 また。

 パイナップル抱えた客に声をかけられた。


「……どうぞ」

「よかった! でも、どうやって切ろうか」

「私、ハサミなら持ってるよ?」


 おいおい。

 何の冗談だ?


 さすがに二度も続いたら。

 何か理由があるって考える方が自然……。


「すいません! ここで切ってもらえるって聞いたんですが!」


 またかい!


「はあ。どうぞ」

「店員さん! これ、こちらで持ち帰り用の袋を貰えるって……」

「好きなだけ持って行ってください」


 いやいやいや。

 来る客来る客揃ってパイナップルって。


 何が起きてるんだこれ?


「おおい、刃物女! なんかおかしい……、あれ?」


 妙なオーダーばかり受けて。

 わたわたしてるのは舞浜だけ。


 あいつはどこ行ったと探してるうち。

 恐らく隣のレストランから。

 町内中に響き渡るほどの罵声が聞こえて来た。


「こら! なにがパイナップル狩りだ! 自分とこの客は自分で責任もて!」


 パイナップル狩り?

 なんだそれ?


 にわかには信じがたい単語を耳にして。

 一瞬呆然としたが。


 ふと、下らんことが気になって。

 俄然興味が湧いてきた。


「なあ、舞浜。パイナップルってどう生るんだろ。木からぶら下がるんだっけ?」


 そんな質問に。

 舞浜は返事もせず。


 そわそわおろおろ。

 落ち着き無くしたハムスター。


 そうだった。

 こいつの好奇心、小学生並みだったな。


「……見に行きてえんだろ? いいぞ」


 そんな言葉に弾かれるように。

 外へ飛び出した舞浜は。


 店を飛び出してから十分後。

 頬を上気させて帰って来たんだが……。


「……狩ってきちゃったのね」


 こいつの手には。

 ぶらぶらとパイナップル。


 文句はあれど。

 怒るのは、なんか忍びねえ。


「しょうがねえヤツだな。じゃあ休憩入れ、切ってやるから」

「あ、いらない。口の中、イガイガってするから苦手」

「じゃあなんでもいできたんだよ! どうすんだこれ!?」

「…………はっ! いいこと考えた!」


 食わねえのに持って来たパイナップル。

 雛さんに頼んでカットしてもらって。


 カウンターに置いたかと思うと。

 なにやら説明書きをレジに張り付ける。


 そこに書かれていたのは……。



 『オムライスのハートサービスは

   ケチャップ:けちゃっぴーちゃん

   パイナップル:舞浜

  が、担当します!』



「うはははははははははははは!!! そこまでしてやりたくねえのかよ!」

「べ、別に他意はないのよ?」

「うそつけ!」


 なんて悪知恵が働くんだ。

 強談威迫ごうだんいはくだよ、オムライスにパイナップル乗っけたい奴なんかいるわけねえ。


 丁度そんなところに来た男性客が。

 説明書き見て、目を丸くさせながら。

 オムライスを注文。


 いつもと違ってようやく人心地。

 落ち着いて接客した舞浜が。

 最後に人形を手に持ってオムライスの上に掲げると。


「では、サービスはこちらのけちゃっぴーちゃんが……」

「ま、舞浜さんで!」

「うそっ!? ……あ、あの、でも私はパイナップルを……」

「舞浜さんで!」

「うはははははははははははは!!!」


 は、腹いてえ!

 目論見外れて、泣く泣くパイナップルをハート形に並べるこいつの顔!


「くくっ……! すげえおもしれえ……! ほれ、セリフはどうした!」

「お、美味しくないでしょうけど、萌え萌え…………、むり」

「うはははははははははははは!!!」


 残念ながら、効果はねえだろ。

 俺はレジの下にうずくまった舞浜からパイナップルを取り上げて。

 厨房に持って帰ろうとしたんだが。


 女性客から呼び止められた。


「あの、店員さん?」

「ん? ああ、はい」

「あたしにも、オムライスをパイナップルで下さい!」

「…………え? …………舞浜から?」

「はい!」




 なんだか。


 いよいよ日本の未来が心配になって来た。


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