専売特許の日


~ 八月十四日(金) 専売特許の日 ~

  本日の発明品? 萌え萌えキュン


 ※雷霆万鈞らいていばんきん

  もんのすんごい勢いを表す最上級




「なんとか終わりそうか?」

「に、日曜日には、終わりそう……、かも」


 宿題、頑張っているようだから。

 今日は小さなご褒美。


 わざわざ家まで迎えに来てやったこいつは。

 舞浜まいはま秋乃あきの


 バイトに向かう道すがら。

 昼下がりの、焼き尽くされそうな日差しの中で。


 髪はぼさぼさ。

 足取りもふらふら。


 ぐったりしつつも。


 こいつは握りこぶしと共に。

 力強く頷いた。



 ……よっぽど祭りに行きたいんだな、お前。 


 まあ。

 俺も誰かと祭り行くの、家族以外じゃ久しぶりだから。


 こう見えて。

 テンションは最高潮。


 どれだけ忙しくっても。

 張り切って仕事できそう。



 気合十分で自動ドアをくぐって。

 おそらく、お昼のあわただしさが未だに続いているであろう店内を見渡せば……。


「何の騒ぎだ?」


 店内に客は一人もいなくて。

 その代わりに。


 小太郎さんと刃物女の声が。

 事務室から響き渡る。


「バカ太郎! 泣き言はいいから何とかしろ!」

「むむむ、無理です! こんなの消火しきれない!」


 まさか、火事!?


「舞浜! 外に出てろ!」


 俺は、鞄に入れておいたタオルを水で濡らして。

 顔に当てながら事務室に飛び込んだんだが……。


「……ああ。そっちの炎上」

「なに落ち着いてやがるんだ! てめえも手伝え!」

「いや。消火作業なんてどうやったらいいのか分からん」

「へ、下手な消し方すると何倍にもなって返って来るから、手は出さないで……」


 パソコン三台並べて。

 小太郎さんが凄い勢いで作業してるけど。


 どうやら、刃物女が適当なこと言って。

 まともに取り合わなかったせいで。


 不満を書き込んでた連中があちこちに飛び火させて。

 弾けたらしいな。


「……ホームページは無事なんですか?」

「む、む、む、無理。今、完全封鎖して近場から消火中……」


 画面見る限り。

 こんな小さな店相手に。

 いくつもアンチスレが立ってるように見えるんだけど。


 雷霆万鈞らいていばんきんって感じか。


「やれやれ。これじゃしばらく客は寄り付かねえだろうな」

「だから落ち着いてんじゃねえ! お前は客寄せしてこい!」

「そいつは逆効果だ。こういう時は、下手に前に出ねえ方が得策だぜ」

「くそっ! なんか逆転の手はねえのか!」


 そんなのねえだろうよ。

 だから、頭そんなに掻き毟るな。

 ハゲるぞ?


 俺がここにいても。

 できる事ねえし。


 ひとまず制服に着替えようと事務室から外に出ると。


 既に着替え終えてた舞浜と鉢合わせた。


「お前、外に出てろって言ったのに」

「うん、ありがと。でも、雛さんが落ち着いて座ってたから……、ね?」


 そんな言葉に。

 ひらひらと手を振った雛さんは。


 厨房で、呑気に椅子に座ってた。


 ……さすが舞浜。

 冷静な状況判断。

 論理思考。


 やっぱこいつ。

 俺より頭いいよな。


「えっと……、状況分かるか?」

「うん。でも、よかったかも……」

「は?」


 俺は、舞浜が言ってる言葉の意味も分からず。

 呆然と、レジ前に立つその横顔を見ていると。


「あらあら。久しぶりにお店に入れたわ」


 なにやら嬉しそうな声が。

 カートを押しながら入って来た。


「い、いらっしゃいませ……」

「あら、新人さんなのね? 私、昔はここでよくお茶をご馳走になってたのよ?」


 舞浜は、わたわたとメニューを手に。

 お婆さんを椅子に座らせて。

 その場で注文取り始めたんだが。


「……あいつ」


 その、ひきつった笑顔は。

 緊張を隠しきれていない笑顔には。


 どこにも仮面が見当たらなかった。



 ――そうか。



 お前がずっと言ってた『ダメ』ってやつ。

 それは店の事とか考えてたわけじゃなかったんだな?


 多分、舞浜がやりたかった仕事。

 こういう感じの仕事が出来ねえことを。


 『ダメ』って言い続けてたんだ。


 誰にでも親切な舞浜が。

 今まで、クレーム対応に奔走してきた舞浜が。


 心から望んでいたものは。


 儲けは度外視。

 でも、誰もが幸せでいられる。


 そんな空間。


 そして、そんな世界で。

 楽しく仕事をする自分。



「まさか、お前が炎上させたわけじゃあるまいな」


 俺の独白に、雛さんは一つ吹き出すと。


「かも、しれないな」


 シャレにならねえ言葉を残して。

 調理の準備に入った。



 ……でもな、舞浜。

 これは俺にとっての『ダメ』。


 商売は商売。

 そういう訳にゃいかねえんだよ。


「おい、刃物女!」

「なんだ!?」

「……いい考えがある」

「早く言え! どうすりゃいいんだ!?」

「それだけ炎上してたら一瞬で拡散するだろうよ」


 ピンチを大チャンスに変えるって程のネタじゃねえが。


 まあ、これくらいがちょうどいいだろ。


 俺は、嬉しそうにレジに戻って来た舞浜に。

 一言だけつぶやいた。


「今度、なんでも一つ、言うこと聞いてやる」

「……………………不穏、ね」



 ……

 …………

 ………………



 昔っから、この店で見かける顔が七割。

 残りが新顔さん。

 夜なのにほぼ満席。


 実に妥当。

 さすが俺。


 こんな田舎じゃ。

 滅多に見れんサービスだ。


 そりゃ食いつくさ。


「オムライス下さい! ケチャップサービス付きで!」

「た、助けて……」


 待ち行列は、できても一グループ。

 まさに理想形。


 ただ、難点は。


「オムライスを三つ、ケチャップサービス付きで」

「……はい、喜んで」


 俺が振るった剣が。

 諸刃だったってことだ。



 ……ひと皿千円。

 文句を言う程じゃねえが。

 それなり高い。


 未だ炎上してる話題の中心は、無料になるサービスと。

 お客のマナーが悪い事。


 そこにこんなネタ投下しても火勢に影響が出るほどじゃなく。


 でも、しっかり拡散する。


「ほら、オムライスあがったぜ」

「保温棚、邪魔だよな」

「ちきしょう……! もう、これ取っ払うか!」


 厨房とレジの間に挟まった保温棚。

 バーガー用に、斜めに滑る形になってるから。


 刃物女は、オムライスをわざわざ手で運ばなきゃならねえのが不満らしく。


 ふくれっ面で仕事してやがる。


「……では、ケチャップサービスしますね。お嬢様のために、おいしくなーれ」


 女子三人グループさん。

 きゃあきゃあ言いながら、空いたばかりのテーブルに着いたんだが。


 仕事と分かっていても。

 自分で言い出したことでも。


 ハートマークとかセリフとか。

 寿命が縮む。



 だが。

 間違いなくこいつの方が。


 俺よりも被害は大きいだろうな。


「お、おいしくなーれ、萌え……、も…………、むり」


 バイト始めた頃に戻ったな。

 レジの下に逃げるんじゃねえ。


「あ、すいません。こいつ、限界だったみたいで」

「いやいや、むしろ最高の調味料! お仕事でやってる感がまったく無いガチのおいしくなーれなんてご褒美でしかありません!」

「そりゃよかった。千円になります」


 俺が、隣のレジの分を清算して。

 レシートを渡すと。


 お客は半分だけのハートマークが乗ったトレーを。

 嬉しそうに抱えて、空いたばかりの席に着いた。


「…………お前の専売特許、こういう形で喜ばれるんなら構わねえだろ?」

「い、意地悪、保坂君……」

「でも、これならお前がずっと言ってた『ダメ』じゃねえんだろ?」


 お客さん、みんな嬉しそうにしてるし。

 そのためのサービスが出来るんだ。

 なんも文句あるまい。


 そんな俺の言葉に。

 舞浜は半べそ顔を向けながら。


 ぽつりとつぶやいた。


「これは、別の『ダメ』」

「うはははははははははははは!!!」


 俺は、隣のレジからぽんぽん足を蹴とばされながら。


「お嬢様のお口に合いますように。おいしくなーれ」


 嬉しそうにはにかむ婆さんが注文したオムライスに。

 ハートマークを大きめに書いてやった。



 …………うん。


 すげえ照れる。

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