怪談の日


 ~ 八月十三日(木) 怪談の日 ~

  本日の発明品 味付きかき氷


 ※牛刀割鶏ぎゅうとうかっけい

  大したことねえことすんのに大げさな方法使う




「クララちゃん! クララちゃん! もうちっと頑張っておくれ?」

「いやあ。ここまで暑いと無理だろ」


 朝から回しっぱなしだってのに。

 外気温の上昇に勝てずに悲鳴を上げてるクララちゃん。


 凜々花の声援を受けて。

 その細身で頑張ってくれてるけど。


 さすがに記録的ってほどの猛暑には敵わねえよな。


「吹き抜けの家っておしゃれだけど、暑さ寒さに弱いなあ。親父の部屋のクーラーもつけっぱなしなのにこの体たらく」

「なんだか、僕が使えないように聞こえるんだけど……」

「そりゃそうだろ。朝からクララちゃんの直下でグダグダ寝転がってるくせに。仕事しろ」

「だから、今週いっぱいは夏休みなんだってば!」


 この引きこもりに頼っててもしょうがねえ。

 凜々花が、赤い顔でボーっとして。

 パンツいっちょってかっこで床に伸びてるし。


 今、十二時だから。

 あと四時間は確実に暑いまま。


 さすがになんとかしねえと。



 …………こいつの、嫁の貰い手が無くなる。



「よし、凜々花! 涼しくなること話そう!」

「ふえ? ちめたいもんしりとり?」

「あれは頭に血が回って余計暑くなるだろが。そうじゃなくて、怪談とか」

「おお! 凜々花、そういうの求めてた!」


 急に起き上がって。

 素っ裸のままダイニングに来た凜々花と入れ替わりに。


 俺は雑巾で。

 凜々花型にびっしょり濡れた床を拭く。


「ほんと中学生とは思えんよな。……お前、麦茶飲んどけ。貧乏飲みで」

「ちびちびで? おっけーおっけー! そしたら凜々花、麦茶お化けの話したげるな!」

「ねえよ。……いや、ちょっと気になるな。教えてください凜々花さん」

「うんむ! 麦茶飲んでっからね?」

「はいはい」

「ごきゅ、ごきゅ、ぷっはー! んで、麦茶お化けは……」

「ちょっとずつ飲めってばよお前は!」


 まあ、こいつが腹壊すなんて事ねえだろけど。

 それにしたって、たった三歩ですべて忘れるお前の鶏頭が心配でならん。


 いや、大食らいで暴れん坊で。

 この知力の低さ。


 豪傑系な気がしてきた。


「あのね? 夏のキャンプ場で水道の水で麦茶冷やしてたらね?」

「現代怪談か。いいね」

「そのまんま、冷やしっぱなしの流しっぱなしで寝てたらね?」

「おお」

「キャンプ場の人が、誰じゃこらあって麦茶ボトル振り回して、お客を次々と……」

「まあ待て張飛。まずは怪談の定義を学んでから蛇矛だぼうを振り回してもらおうか」


 怖いけどさ。

 それ、ジャンル違う。


「怪談って、どんなん?」

「幽霊系のお化けが出てくる話のこと。チェーンソー系じゃなくて」

「おお、そっちのな! あるある! かき氷おばけって怪談があるんだ!」

「ねえよ。……いや、ちょっと気になるな。教えてください凜々花さん」

「うんむ! かき氷お化けが氷削ると、必ず誰かが突き飛ばされて怪我をするって言う……」


 怪談を話しながら冷蔵庫前から戻って来た凜々花は。


 三歩以上歩いて椅子に腰かけると。


「…………かき氷食いてえ」


 鶏頭を再び発揮した。


 ああ、もう読めた。

 こいつにかき氷お化けのこと聞いても。

 ぜってえ『何の話?』ってトサカをかしげるに決まってる。


 でも、舞浜を笑わせるネタのヒントになるかもと。

 仕込んでおいたこいつを披露できるな。


 予め、イチゴシロップを溶かした水を凍らせたもの。

 こいつを削るとどんな感じになるのか。


 美味かったらそれでよし。

 マズかったらネタになる。


「ほら。凜々花がハンドル回してみろ」


 ピンクの氷が出てきたらびっくりするだろう。

 そう思って、かき氷器をテーブル向こうに座る凜々花の前に置いてやると。


「えっ!? 凜々花、祝ご解禁!?」

「お前、削ったことなかったっけ」

「ねえ! うひょう! なんかのご褒美か!?」

「そうだ。お前、もう夏休みの宿題終わらせたんだろ? 偉いから、ご褒美だ」

「な、なんてこった……! だったら、冬休みの時にも同じ作戦を……!」

「凍えるわ」

「よっしゃテンションあげあげでぶるんぶるん回すかんな! おにい、見とってや! ん変っ身!」

「ちょ、ちょっと待てい!」


 お皿セットしてねえし!

 両手でハンドル掴んでるけど、そのまま回したらかき氷器横転するわ!


 慌ててテーブルに身を乗り出して。

 かき氷器の足を押さえつけながらお皿をセット。


 何とか凜々花の変身前に危機回避出来たと思ったんだが。


「説明しよう! 変身した凜々花は天界から授かった三つの力のうちひとつ、秒速一万回転でかき氷ハンドルを回せる能力を解放することができチェストー!」


 凜々花は両手でかき氷器の上に付いたハンドルを握りしめて。

 それを、きっと思いっきり手前に引きたかったんだろう。


 テーブルの縁に足かけて。

 力に任せて踏ん張ったもんだから。

 結果としてはテーブルクロス引き状態。


 かき氷器と凜々花はその場に残り。

 テーブルと俺はつき飛ばされたというわけだ。



「ぐはああああああ!!!」

「おにい! 一体、誰にやられた!?」

「…………かき氷お化けの仕業ではなかろうか」



 もう、絶対。

 お前にかき氷は削らせねえ。



 それで婚期が遅れようとも。

 知らん。

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