配布の日


~ 八月十二日(水) 配布の日 ~

  本日の発明品 英単語和訳装置?


 ※轅下之駒えんかのこま

  束縛されて自由にできずに苦しむ




 お墓参りに行って。

 爺さん婆さんの家に寄って。


 約束していた、名物の蕎麦と。

 もうひとつの土産を持って。


 ツクツクボウシの声もうるさい夕刻。

 足を運び慣れたご近所さんを訊ねると。


 顔を出してきたのは。


「よう、春姫ちゃん」

「……これはこれは。なんとタイミングのいい」

「良くない! ほ、保坂君。今日は都合が悪いから、明日……、ね?」


 奥の方の部屋から。

 なにやら慌てた声が聞こえて来たんだが。


「……あがっていくといい」

「えっと、武士の情けはいらん案件か?」

「……そうなるな」


 なるほど、理解できた。


 そういうことなら。

 俺も春姫ちゃんチームに加わらねばなるまい。


 春姫ちゃんらしい、流麗な仕草で出してくれたスリッパに足を通し。

 金髪に促されつつ向かった先は応接間。


 そこの扉を開くなり。

 俺は単刀直入に問いただした。

 

「さて、何ページ終わっているか聞こうじゃないか」

「ひゃ、百六十五ページ……」

「……もの、宿題でもなんでもない論文を提出する気でいたらしい」


 ほんとお前ってやつは。

 なんで宿題の内容を勝手に変えたんだ?


 どうやら、出された課題にはまったく手を付けていなくて。

 春姫ちゃんに叱られていたこいつ。


 床に正座しながら。

 寂しそうに俺を見上げる栗色の瞳の持ち主は。


 舞浜まいはま秋乃あきの


「そんな顔したって知らんよ」

「た、助けて……」

「もう、夏休み半分終わってるぞ?」

「き、きっと保坂君も一緒のはず……。毎日バイトしてるし……」


 まあ、お前の場合。

 連日の発明のせいで勉強してる暇ないんだろうけど。


 だからと言って。

 同類にされたら困る。


「俺は毎日五時間勉強してる」

「ひうっ!?」

「それ以外の時間で、既に宿題を終わらせた」

「ひうっ!?」


 やたらショックを受けてるお前には悪いが。

 敵をよく見てから攻撃を仕掛けるべきだったな。


「時に、春姫ちゃん」

「……うむ」

「宿題は?」

「……最初の週に、全て終わらせた」

「と、いうことは。凜々花も?」

「……私に遅れること一日」


 多数決という言葉に照らすならば。

 この地では賢者が称賛されるべきではなく。

 愚者が非難されるべきだろう。


「よし。この場は俺が引き受けた」

「……では、頂戴したお蕎麦を調理して来るとしよう」

「そいつは温蕎麦にした方が美味いから。作り方は裏に書いてある」

「……了解した」

「さて、それじゃ舞浜。お前がやるべきことは分かるか?」

「ワ、ワサビの栽培?」

「一から作ろうとすんな! ほれ、一番簡単な英語から手を付けるぞ!」


 俺の定位置となった舞浜の隣り側。

 おそらく、親父さんの場所と思われるパイプ椅子に腰かけると。


 こいつは渋々席に着きながら。

 いつも通りのわがままを口にする。


「ご、ご褒美は……?」

「お前はどうしてふたこと目にはそれなんだ。蕎麦、食わせてやらんぞ?」

「そ、それは約束違反……」

「いいから、ぶつくさ言ってねえで。メシができるまでの間、できるだけ進めるぞ」


 たかが英単語三十個。

 その意味を調べて英文にしろって課題。


 まるで一学期の復習だし。

 さすがに蕎麦が出来るまでに全部って訳にはいかねえが。


 ほとんど終わることだろう。


「じゃあ、課題の用紙開いて。……ん?」


 あれ?

 もう、単語の意味は全部書いてあるじゃねえか。


「なんだ、もう半分出来て…………、はあ!?」


 いや、これ。

 ひとつも意味合ってねえし。


 合ってねえどころか。

 日本語として成り立ってねえのがいくつもある。


「これは何の真似だ?」

「え、えっと……、代数……」

「数学!?」


 舞浜が口にしたバカな言葉。

 でも、その意味を考えてるうちに。


 はたと気づいて。

 慌てて英単語と訳とを見比べる。


 ……舞浜よ。


 お前、ずらりと並んだ英単語の。

 同じアルファベットに同じひらがな代入して。


 パズルみたいにして解いたってわけ!?


「うはははははははははははは!!! 無理がある言葉ばっかりだけど、全部なんとなく意味が通じる!」

「三日かかった……。超難問英語パズル」

「どっちかっていったら国語だろうが!」

「そしてこれが、対応表」

「ぜってえ何の役にも立たないぞ、表にまとめたって!」

「ずっと脳内変換してたから、もうアルファベットがカナにしか見えない」


 やっぱ天才だなこいつ!

 そんでやっぱり大バカ野郎だ!


「おもしれえけど、こんなもんダメに決まってるだろ。どうしてせっかくのパラメーターボーナスを『バカなの?』に全部振った」

「パラ……? そ、それは分からないけど。でも、努力の結晶……」

「却下だ却下!」


 しょんぼり、肩を落としながら。

 課題に消しゴムをかける舞浜。


 こいつの天才は。

 きっと、轅下之駒えんかのこま


 学校なんて括りに縛り付けてちゃいけねえものなんだろう。


 だから、バイト先で。

 思いっきり翼を広げて。


 毎日嫌ってほど叱られるのに。

 好きなだけ発明してることが。


 楽しくて仕方ないんだろう。


「…………きっと、大人になったら。この解き方で評価してくれるところが沢山あるさ」

「そ、そう? それは、楽しみ……、ね?」

「だから今は、嫌なことも我慢してやる!」

「は、はい!」

「お前は、英語のノート持って来い」

「科学実験のアイデア帳の事?」

「俺が渡した試験対策ノートの事!」


 丸写しになっちまうが。

 あれには単語の意味も例文も載ってる。


 さすがに今回ばかりは面倒だ。

 覚えさせることは二の次。

 宿題終わらせることだけを目標にしよう。


 慌てて二階へ駆けていく舞浜の背中を見送って。

 そのまま、消しゴムかけてる途中の課題へ目を落とす。


 ……しかし。

 今更だが、消すのもったいねえな。


 半分かた消しちまったけど。

 写真撮っとこ。


 変な言葉ばっかりとはいえ。

 よくもまあここまで考えたもんだ。


「えっと、『D』は『は』。『I』が『で』……」


 変換表使って。

 もう、消しゴムかけて消しちまった単語を読んでみると。


 disease。

 ハデグンシグン。


 派手軍師軍って。


 攻め放題に見えるけど。

 絶対孔明の罠だ。


 streaming。

 グラタンシキデスネ。


 ingがデスネで統一されてて。

 なんか、腹立つ。



 そんなパズルゲームの解答を。

 感心しながら眺めていた俺の耳に。


 ぱたぱたと。

 階段を下りるスリッパの音が届く。


 ……今のうちに。

 もう一つのお土産、出しておくか。


「あ、あの……、ね?」

「なんだ。ノート失くしたのか?」

「ち、違くて。ノートはある……」


 椅子に座りながら。

 もじもじと俺を見る舞浜。


 何か、言いづらいことでもあるのか?


「なんだよ。怒らねえから言ってみろ」

「あ、あの……。やっぱり、ご褒美が欲しいな、と」

「くっ! 怒らないって言ったてまえ怒れねえ!」

「そ、そこまで怒らなくても……」


 でも、まあ。

 今回に関してはお前だけにご褒美ってわけじゃなく。


 友達と過ごす夏のイベント。

 中学時代に夢見てたものの一つを。


 俺も体験したかったってわけなんだが。


「じゃあ、期末テストん時より気合入れろ」

「え? ……そんなの、無理、よ?」

「もしも自力で宿題終わらせることが出来たら……」

「む、無理……」

「そこに連れてってやる」


 俺が指さしたのは。

 テーブルに裏返しにしておいたチラシ。


 この辺り、どこでも配布されてるヤツだから。

 見たことくらいあるはずなのに。


 舞浜は、チラシを表返すなり。

 俺の腕を握りしめて大興奮。


「ぴょこぴょこ飛び跳ねるな」


 可愛いっての。

 頬がゆるむわバカたれ。


「だ、だって! これ……!」

「そうだな。この辺りじゃそれなり有名なんだ」


 チラシの見出し。

 でかでかと書かれた英単語。

 俺たちは、同時にそいつを口にした。


「Festival!」

「バングラデッシュ!」

「はあ!?」


 俺が、熱でもあるのかと舞浜のおでこに手を当てると。

 同時に舞浜が変換表を指さして。


「…………バングラデッシュ」

「うははははははははははは!!! ほんとだ!」


 信じられない奇跡が起きた変換表を見つめながら。


 俺は心配になって。

 もう一度舞浜の熱を測ってみた。


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