インスタント・コーヒーの日


~ 八月十一日(火) インスタント・コーヒーの日 ~

  本日の発明品

   バリバリバリスタントくん


 ※危急存亡ききゅうそんぼう

  諸葛亮曰く。生きるか滅びるかの瀬戸際。




 昨日は酷い一日だった。


 駅前の個人経営ハンバーガーショップ。

 ワンコ・バーガー。


 その二台のレジ。


 の、うち。


 一台が消えていたから。


「そんな非常事態だってのにお前はいねえし、珍しく店長さんは指示くれねえし」

「珍しくねえだろ。あいつが緊急事態に対処できねえのは今に始まった事じゃねえ」

「まったく……。それよりさ、今日、変じゃねえか?」

「何がだよ」


 なにがも何も。

 客、明らかにすくねえ。


「がらがらじゃねえか」

「お盆前だからな、こんなもんだろ?」

「でも昼の休憩の時さ、ショッピングセンターに行ってみたらかなり混みあってたけど?」

「まじか? ちょっと様子見に行って来る」

「はいはい。暇だから構わん」


 まったく冗談じゃねえ。

 こんなに暇なら、ほんとに客寄せでもしてくれようか。


 俺が、柄にもねえこと考えてる後ろで。

 床にうずくまってなにやら工作してるこいつ。


 舞浜まいはま秋乃あきの


「暇に任せて、またなに作ってんだよ」

「バリバリバリスタントくん」


 くんって。

 ひげ生やしたおっさんじゃねえか。


 そんなおっさんの胸像を。

 キッチンのテーブルに設置して。


 わたわた戻ってくるなり。

 ぽつりと発した一言。


「コーヒー」


 すると、舞浜の声に合わせて。

 おっさんが口をぱかっと開くと。


「うおっ!?」


 一瞬だけ描かれた放物線。

 お湯が勢いよく噴射されて。


 レジの横で待ち構えてた舞浜が。

 見事にカップで受け止めた。


「なにその曲芸!?」

「ヨ、ヨーロッパの巨大弩砲、バリスタをイメージ……」

「バリスタでバリスタ?」

「バリスタでバリスタ」


 なんだかすげえけど。

 また叱られるぞこれ。


 あと。

 下らんことが気にかかる。


「バリ、二つじゃねえか。名前に三つあんのに」

「非直線性抵抗素子。つまりバリスタを回路に使用……」

「知らん」


 お前の天才。

 たまに俺をイラつかせるんだよ。


 しかしこれ……。

 ん?


「ああ、あれか。昨日、テレビでやってた……」

「そう! フレアバーテンディング!」


 バーテンダーさんがグラスとかシェーカーとかで。

 ジャグリングみたいにカクテル淹れるやつ。


「だからって……、これ?」

「へ、変……、かな?」

「変は変だけど、まあ、お湯が来る位置が分かってりゃ失敗しねえか。どうやってお湯出すんだ?」

「コーヒーってこ、ひゃう!」


 説明の途中で。

 またお湯が出たのをカップに受け止めた舞浜。


 結構運動神経もいいんだよな、お前。


「なんだ? どうやって出したんだよ」

「あ、あのね? この装置、コーヒーって声にはんひゃう!」

「うはははははははははははは!!!」


 ああ、なるほど!

 コーヒーって言葉に反応してお湯吐くのか!


 英語使ったら罰ゲームって遊びで。

 アウト! ってつい言っちまうのと似てる。


「うう……、ど、どうやって説明を……」

「わかったわかった、言葉に反応すんのか。すげえよくできてるな」

「き、気を付けて欲しい……」

「じゃあ、あとはコー、おっとと。あれをタンクに入れときゃいいんだな?」

「だ、ダメ……。それでコーヒーが零れたりしたらひゃわっ!?」

「うはははははははははははは!!!」


 作った本人に一番向いてねえ!

 お前、何回繰り返してんだよ!


「ああおもしれえ! でも、お湯じゃどうしようもねえだろ」

「こ、こうすれば万事解決」


 そう言いながら。

 舞浜が、お湯の入ったカップにさらっと入れた粉。


「インスタントっ!? 怒るわお客!」

「だめ?」

「却下」


 肩落とされても。

 ダメなもんはダメ。


 お客、拍手喝さいの後。

 さらさら、はいどうぞって渡されたら激怒するっての。


「ほら、お客が来たから。それかたしとけ」


 未だにしょぼくれたまんまの舞浜は放っておいて。

 俺はレジに入って営業スマイル。


「いらっしゃいませー」

「えっと、パイナップルバーガーのセットで。ポテトとアイスコーヒー」

「はい、ごちゅあちちちちちちちっ!」


 お湯っ!

 ケツにクリーンヒット!!!


 あっついわ!!!


「だ、大丈夫ですか!?」

「へ、平気、です。ええと、ご注文繰り返します。パイナップルバーガーのセットで。ポテトと……、ですね?」

「え?」

「これ! これですね!?」


 メニューを指差して緊急回避!

 お客さんは訳も分からず。

 怯えたように首を縦に振る。


「舞浜! 早くしろ!」

「ちょ、ちょっと待って……」


 ひとまず危機は脱したが危険すぎる!


 そんなところに。

 今度は凜々花と春姫ちゃんが入って来て。


「……私達の学校、柊なんか植わっていたか?」

「先生と木の下で鍋やったんだ! アンコウ、火ぃ入れるとすんげえうめえの!」

「どわちゃちゃちゃちゃちゃ!」


 さあ、みんなもどこにコーヒーが隠れているか探してみよう!


 じゃなくて!


「まああいはまあああああ!」

「ま、待って? スイッチ切ってもお湯が……。何か詰めるから、噴出孔。ヒーターも切って……」

「このおばかあああちちちちち!」


 ちょっと待てそのロボ!

 俺、隣のレジに逃げたのに追尾してきやがった!


 またAIか?

 AIなのか!?



 こんな大騒ぎを。

 さらなる大声が上書きする。


 その声の主。

 血相変えて駈け込んで来た、刃物女が叫ぶには。


「なんで客来ねえかわかった! ひでえ書き込みされてる!」


 そして、散々お湯浴びせられてもだえる俺に。

 カウンター越しに携帯突き付けて来たんだが。


「……うわ、炎上レベル。俺も大やけど中だが」

「くっそ! 対抗手段を……、バカ太郎は休みか!」


 それなりヤクザな商売だったからな。

 マナーが悪いお客も招き入れてたんだ。


 店の感想に書かれた投稿記事。

 事実半分。

 捏造ねつぞう半分。


「これ、まずいんじゃね?」

「いや……、まあ、いっか!」

「良いわけねえだろ!?」

「明日っから二日、休みだろ? こんな噂消えてるって!」

「ほんとかよ……」


 俺から携帯取り返した刃物女が。

 ヘラヘラしながら待たせっぱなしのお客さんに詫びいれてるが。


 二日で噂なんか消えるのか?


 厨房から俺を見つめる栗色の瞳に目を合わせたが。

 舞浜は何も言わずに、ただ茫然と立ち尽くしてて。


 俺にはまるで。

 それ見たことかって言ってる気がしてならなかった。




 危急存亡ききゅうそんぼう

 そんなときが。


 ワンコ・バーガーに迫っていた……。




「お騒がせしたお詫びに新商品を二個! ヒーリングアイスをサービスしときますんで!」

「どわちゃちゃちゃちゃちゃ!」



 危急存亡ききゅうそんぼうは。

 俺の身にも迫っていたことを忘れてた。


 ……AI。

 許すまじ。

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