娘にエロ漫画家だとバレそうな件について

酒井カサ

第「ゑ」話:謎の職業X

「ねぇ、お父さんのお仕事ってなあに?」

「えっ」


 辺りが茜色に飲み込まれる夕暮れ時。

 娘はパソコンの後ろから顔を出して問いかけてきた。

 僕はとても困った。困り果てた。何を隠そう僕の仕事は……


「……エロ漫画家じゃないよね?」

「ま、ま、ま、ま、ま、まさかぁ~。そんな訳ないだろぉ」


 エロ漫画を描くことだった。

 大人を愉しませて飯を食うお仕事だった。

 成年誌で月刊連載を持つ正真正銘のエロ漫画家だった。

 言い逃れは出来ない。

 だが、しかし、娘に対して『僕たちが住む一軒家は、エロ漫画の収益で出来たエロエロ御殿なのだよ』と告げる事も出来なかった。

 僕は初めて娘に嘘をつくことに決めた。


「そ、それより、なんでお父さんがエロ漫画家だと思ったのかな?」

「だって、クラスメートのタカシ君が『や~い、お前のとーちゃん、エロ漫画家~』っていじめてくるんだもん」


 な、なんて余計な事をしてくれるんだ。そのタカシって奴は。

 親の顔が見てみたいぞ。本当に。心の中で憤慨した。


「それは酷い。他に何か悪口を言われたりしたか?」

「えっと『お前のと~ちゃんに【先週号の《触手大明神》めっちゃ捗りました】って伝えておいてくれ』って言われたの。意味はよく分からなかったわ」


 ま、ま、まさかの愛読者!? 愛読者かよ、タカシ君。

 お前、小学生だろう!? DSだろ!? 任●堂ダブルスクリーンだろ!?

 最近のガキは未来に生きているのか? 未来(フューチャー)融合(フュージョン)なのか? そんなの禁止制限に決まっているわ! 僕の漫画は十八禁じゃ! 是非も無いわっ!


「た、タカシ君は他になんて?」

「う~んと『ゐろヱンピツ先生のせいで性癖が歪みました。責任取って下さい』とも。訳が分からないよ」


 ぺ、ぺ、ぺ、ペンネームを娘にバラすなバカ野郎っ。娘が検索したらどうするんだよ。

 娘が『ゐろヱンピツアンチスレ』の常連になっちゃうだろっ。

 あと、その年で成人誌ばかり読む奴の性癖なんて最初から歪んでいるだろっ!

 別の意味で親の顔が見てみたいわっ。どんな英才教育を施しているんだかっ。

 それはそうと、ご愛読ありがとうな。タカシ君。


「でも、おかしいよね」

「な、何がおかしいのかい?」

「だって性癖って【性質上の癖や偏り】を示す日本語だよ。性癖が歪むという使い方はおかしいよね。お父さん」


 そ、そ、そ、そうだったのか!?

 てっきり性的な嗜好のことだと。四十年間生きてきたけど、初めて知ったわ。

 担当編集者からツッコミを喰らうことも無かったから、正しいと思っていたぜ。

 というか我が愛娘賢くないかっ!?


「いや、お父さんがエロ漫画ばっかり描いているせいだと思うけれど」

「そうだよな……。お父さん、ちょっと反省」

「そうよ。エロ漫画ばっかり描いてないで、たまには家族サービスしてよ」

「お前の言う通りだな。……ってアレ?」


 まさかとは思うが……。

 僕の仕事がエロ漫画家ってばれてないか? コレ。

 ああ、終わった。思春期に突入する娘の事だ。もう二度と口を利いてくれないだろうな。

 視界がぐにゃんぐにゃんと曲がっていく。


「……なあ、お父さんの仕事、本当は知っているだろう?」

「まあ、そりゃあね。お父さんがエロ漫画家の事も。お母さんが元有名コスプレイヤーだって事も、ね」


 なんだ、知っていたのか。聡い娘だな。

 なにげに嫁がコスプレイヤーだった事もバレているし。


「黙っていてすまなかった。お父さんは正真正銘のエロ漫画家だ」

「……悪いと思っている?」

「ああ、お詫びに一つ願いを聞こう」

「え、本当!? じゃあ……」


 途端に目をキラキラと輝かせて娘はポケットから一枚の写真を取り出した。

 クラスメートと思われる男子が二人移った写真。地元のサッカーチームのユニフォームをまとい、笑顔で抱き合っている。

 娘はとびっきりの笑顔を浮かべ、上目遣いでこう告げてきた。


「二人を題材にしたBL同人誌が欲しいの。18ページ。扉絵はカラーで」


 ――今回の件で学んだ教訓。

 「カエルの子はカエル」だということ。

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