第2話帰郷者
この田舎町に住んで三十年になる。田んぼの中に建った何軒かの住宅密集地に、私たち夫婦は住んでいる。
「これからもっとここは栄えますよ」
という不動産業者の言葉とは真逆のまま、時は過ぎていった。しかしそれが別段嫌なことはなかった。娘は他県に嫁ぎ、息子は家を建てたが、盆と正月は実家に帰ってくることを楽しみにしている。二人とも都市に住んでいるので、孫たちは此処ではいつも元気にはしゃいでいた。
数年前、盆が終わり、孫たちの帰ったことに少し安心、かなりの寂しさを覚えながら、夫婦二人での生活に戻った時の事だった。
家の近所を歩いていると、見慣れない少し若い女性から頭をちょっとだけ下げられた。
「あら? 誰だったかしら? 」
見たことのあるような、無いような、年齢は娘に近かったので、私は記憶の中を探った。
「誰かに似ているような、ああ! Qさんの所の」
案の定、娘の同級生だった。確か県外で結婚したよいう話を聞いていたから、会社の関係で盆休みがずれて帰ってきているのだろうと思った。だが、一か月たっても二か月たっても彼女は帰らなかったので、何となく想像がつき、近所話でちらほらと噂を聞くようになった。
「Qさん、離婚して帰って来たみたいよ」私も娘に電話で話していた。
「Qさん? ああ、で、子供さんは? 」
「いなかったみたい」
「それは良かった」
「お前、ちょっと冷たいわね」
「いない方が良かったじゃない、可哀そうよお母さん」
「そりゃそうだけれど・・・・」
Qさんの話はそれで終わってしまった。娘も彼女とはそれほど仲良くはなかった。幼い頃はよく遊んでいたように思うが、大きくなるにつれ、そりが元々合わなかったのか、話題に上ること自体が無くなった。高校は別々で、そのまま就職して結婚したので猶更接点がなく、私も特に印象に残っていることが少ないような子だった。
元気な子でもなければ、ものすごく大人しいという訳でもなく、優しい子、というのも聞いたことがなかった。いつも誰かの後にくっついて、後から遅れてやって来るような子だった。
ただ「急な癇癪」を起こすことがあるとは、幼い頃から聞いていて、それが怖くて距離を置くようになった子もいたという。
だが、ここが田舎で、情報がすぐに口伝えて広がってしまう怖さは、現代でも変わってはいなかった。
「Qさんの娘さんのお舅さんもお姑さんも、凄くひどい方だったらしいわね。急に今までの事の重箱の隅をつつくようなにまとめて言われて、半ば強制的に離婚届をかかされたみたいよ」
「旦那さんは? 」
「親御さんの言いなりで、何にも、全くかばってもくれなかったみたいよ」
「ひどい・・・」
「でもね、本人もちょっと問題があったんじゃないかしら、今の職場で彼女・・・」
SNSでの拡散が社会問題になっているが、近所のこの雰囲気は正直可哀そうな気がした。だが本人に会うと、最初に会った時と全く同じタイミングで頭を下げ、表情も全く同じだった。
「他人の目を気にしない強さがあるのは、それはそれでいいでしょう」
と、噂話をしているうしろめたさのため、私はそう考えていた。
しかし、それを根底から覆すようなことが流れてきた。
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